この照らす日月の下は……

BACK | NEXT | TOP

  74  



 あちらはどうなっているのだろう。そう考えていればギナが迎えに来た。
「やっぱり馬鹿は馬鹿なのね」
 フレイが吐き捨ているようにそう言う。
「三年近く会っていなければ、親しくしていた友達だってかわるのに」
 一方的な感情を押しつけまくっていた相手とのそれが昔と変わらないと考えているなんて、と彼女は続けた。
「ともかく、昨日打ち合わせした通りよ。お前と月にいた《キラ》はいとこ同士。あの子が死んだことでカリダが錯乱し、その結果お前が《キラ》になった。あいつのことは知らぬ存ぜぬで通せ」
 それは納得した話だ。しかし、とキラは思う。
「できるでしょうか」
「何。多少のことはヘリオポリスのことはあの艦でのことを盾にごまかせよう」
 任せておけ、と彼は笑った。
「お前はあの男に対する苦手だという気持ちを隠さずにいればよい」
 後は自分たちがなんとかする。ギナのこの言葉にキラは小さくうなずく。
「大丈夫だ。このような茶番は今回だけよ」
 あの男の妄執はここで徹底的にたたきつぶし、二度とそのようなことは考えないようにしてやろう。そう言って彼は笑った。
「手加減はなしですよね?」
 フレイが目を輝かせつつ問いかけてくる。
「当然であろう。手加減する理由などないからの」
 むしろ自分たちにとってあれは害悪にしかならないのだ。どうして手加減しなければいけないのか。彼は言外にそう告げる。
「二度とこちらに関わらぬようにさせねばならぬしな」
 さて、行くか。そう言いながらキラの肩に手を回す。
「……大丈夫よ。あちらには姉上もカナードもカガリも、ラクス嬢もおる。あれをお前に近づけるようなことはせぬよ」
「はい」
 気乗りがしないという表情でキラはうずく。
「万が一、あれはまともになったとラクス嬢が判断すれば、会話ぐらいはできるようになるかもしれんな」
 その可能性は限りなくゼロに近いだろうが。ギナはそう心の中でつぶやいていた。

 このままキラが来るまで放置しておけば取り返しのつかないことになるのではないか。ラウはそう考えながらアスランを見つめる。
「……ふむ」
 やはりそれしかないか、とやがて彼は結論を出す。
「ミゲル」
 そのまま隣にいる部下を呼んだ。
「何でしょうか」
「不本意だが、これ以上、サハクとの関係を悪化させるわけにはかないからね。あれを縛り上げてくれないかな?」
 そうささやけば、彼は「あぁ……」と小さなつぶやきを漏らす。
「ディアッカ達に手伝わせますが?」
「そのあたりは任せる」
 手早く終わらせるように。そう告げればミゲルは小さくうなずく。そのままさりげないそぶりでディアッカとイザークの方へと移動していく。
「それですめばいいが……」
 麻酔銃でも用意しておくべきだったか。それとも、と思いながら視線をラクスへと向ける。
 その瞬間、なぜかしっかりと視線が合う。
 意味ありげなほほえみとともにさりげなく腰に手を触れたのはどうしてか。疑問に思いながら失礼にならない程度に視線を向ければ、スタンガンが装備されているのが確認できた。
「……なんとかなりそうだが……」
 別の意味で後が厄介なことになりそうだと思う。
 もっとも、それらはアスランの自業自得なのだから仕方がない。ここの映像データーを譲ってもらえばこちらの潔白は証明できるはずだ。だからかまわないだろう。
 そんなことを考えていたときだ。
「何をするんだ!」
 アスランの叫び声が周囲に響く。
「隊長命令だ。あきらめろ」
「お前にこれ以上、暴走されるとまずいんだよ」
「ザフトの軍人として見過ごせない言動をとっているお前が悪い」
 そんなことを言いながらミゲル達は手際よくアスランを縛り上げていく。それなりに訓練をさせておいてよかった、とラウは心の中でつぶやいた。
「万が一、サハクと決裂と言うことになれば、オーブからの輸入が滞りかねないんだぞ。そうなれば、市民の生活に大きな影響が出る。その責任がとれるのか、貴様は?」
 イザークの言葉は正論だ。
「……キラを俺から取り上げようとする方が悪い」
 しかし、アスランはそれを聞き入れようとはしない。
「お前は自分さえよければ他の数万の人間が苦しんでもかまわないというのか?」
「そうは言っていない!」
 イザークの問いかけにアスランは即座にそう言い返す。どうやら彼の中ではキラのこととサハクとの関係悪化が未だに結びついていないのか。
 それとも《キラ》と言う存在は自分のためにあるのだと信じ切っているのか。
 後者だとするならばあれだけ周囲にあれこれ言われてもその認識を変えないその強情さには舌を巻くしかない。本当に、どうしてザラ家の二人はそうなのだろうか。
「だが、今のままだと結果的にそうなりそうだぞ」
 アスランの反論にディアッカがあきれたように言い返している。
「無理ですわ。その馬鹿は未だにキラが一人の人間だと認識していませんもの」
 いっそのこと、キラにそっくりのロボットでも与えておくべきか。人形遊びで満足していれば周囲に被害が出ないだろう、とラクスが告げる。
「あなたがほしいのは、あなたの脳内にだけいる、あなたにとって都合のいい《キラ》ですもの。それならば、お人形でもかまいませんわね?」
 相変わらずきつい。だが、それで満足してくれるのが一番平和だと言うことも事実だ。
「それは《キラ》ではないでしょう!」
「あなたが口にする《キラ》もキラではありませんわ。彼女は生身の人間です。あなたの脳内にいる幻想ではありません」
 何度説明すれば理解してもらえるのか、とラクスはさらに言葉を続ける。
「まぁ、いいですわ。これから彼女が来てあれこれ話せば、あなたの知っている《キラ》ではないとわかりますもの」
 その後でしっかりとお仕置きをさせてもらおう。そう告げる。
「覚えていてくださいね。わたくしの親友を悲しませたことは一生忘れませんわ」
 そう言って笑うラクスを見て誰が《癒やしの歌姫》と同一人物だと思うだろうか。
 だが、それもアスランが招いたこと。そう考えると、ラウはキラをフォローするために使えそうなネタをあれこれと探し出した。


BACK | NEXT | TOP


最遊釈厄伝