この照らす日月の下は……
73
「婚約者? オーブでは同性婚が許されているのですか?」
衝撃が抜けきれないといった表情のままアスランがこうつぶやいた。
「禁じられておらぬがな。あの子は私の大切な義妹ぞ」
さすがに黙っていられなくなった。そんな表情を作りながらミナも口を挟んでくる。
「お前の目は節穴のようだな。それでよくパイロットなどやっていられるものだ」
さらに彼女はそう続けた。
まったくだと同意をしたくなったのは自分だけではあるまい。事実、周囲からは冷たい視線とあきれたような視線がいくつも向けられている。
「しかし!」
だが、アスランは全く聞き入れる様子を見せない。
「あそこにいたのは俺の幼なじみのキラです!」
こう言い返している。それは間違っていないのだが、この場で肯定するわけにはいかない。
「そこに知った顔の人もいますし」
そう言いながらカナードを指さす。
「相変わらず礼儀を知らないやつだな」
あきれたようにカナードが言い返した。
「俺の親戚があちらだけだと思っているあたり、プラントのお坊ちゃまの世界は狭いな」
さらに彼をあおるように言葉を重ねる。
「キラにだって母方と父方の親戚がいるんだが……いとこ同士であれば顔が似ていてもおかしくないぞ」
それ以前に、コーディネイターであれば遺伝子段階でそうすることも可能だ。カナードはそう続ける。
「あぁ。それが言っているのはもう一人のキラの方か」
さらにギナもこう言ってうなずく。
「あの子はすでにこの世界におらぬぞ。どこぞのプラントの馬鹿のせいでな」
なるほど。そう言うことにするのか。ラウは心の中でそうつぶやいた。
おそらくすでにその工作はできているのだろう。何よりもキラの実の母親に関しては間違いなく真実だ。それに関してのいいわけもサハクには難しことではないはず。
「……嘘だ……」
やはりだが、アスランはあくまでも信じようとはしない。その頑固さだけは認めてもいい。もっとも、宝の持ち腐れとしか思えないが。
「残念だが事実よ。何ならIDで確認するか?」
そのときにもう一人のキラの両親も亡くなっている。実の子と実の姉妹を同時に失ったことでカリダは精神的に不安定だ。生き残ったキラを自分の実の子と思い込むことで彼女は精神を安定させている。そのバランスが少しでも崩れれば、一気に崩壊するだろう。
「だから、決して彼女たちに確認しようとするな。よいな?」
人の気持ちが理解できるならば、そんなことはできるはずもないだろうが。ミナがそう言い切る。
しかし、アスランにはそれが理解できているのかどうか。はっきり言って不安だ。
あるいは自分の気持ち以外理解できないのではないか。そんなことすら考えてしまう。
「ちなみに言っておくが、カリダさんとキラの実の母親は姉妹だ。ついでに言えば俺の母もな。三人とも似ているのは伯母であるキラの母に似せてコーディネイトされたからだ」
自分の母もカリダも彼女が大好きだったから、とカナードが少しだけ寂しげな笑みを作る。彼にそういう腹芸ができるとは知らなかった。ラウは改めて彼の成長を認識する。
「それよりも、だ。なぜ、勝手に居住区に行ったのか。ちゃんとした説明をしてもらっていないが?」
ミナが厳しい声音でそう問いかけた。
「我らは『勝手に艦内をうろつかぬように』と告げたはずだが?」
「もちろん、拝聴しています」
視線を向けてきた彼女にラウはうなずいてみせる。
「部下達にもきちんと告げておいたのですが……」
そして、皆了承したはずだ、と彼は続けた。
「本来であればおいて来たいところでしたが、ラクス嬢の婚約者である以上、どうしてもここでの映像に姿を残さないわけにも行かず……」
政治的配慮で、と言外に告げる。
「馬鹿が婚姻相手とは……苦労されるな」
本気で気の毒そうにミナはラクスに声をかけた。
「必要なのは子供だけですから」
夫は必要ない、とラクスは言い返す。
「そこまで言うか」
苦笑を浮かべるものの、内心では『もっとやってよし』とミナは考えている。他のもの達も同じではないだろうか。
「はっきり言って、これよりもキラの方が大切ですわ」
それが伝わったのか。ラクスはほほえみながら言葉を重ねる。
「国から押しつけられた婚約者よりも自分で見つけ、自分でよい関係を築けるよう努力してつかみ取った友人の方が優先順位が高いのは当然ですわ」
父もキラを優先することは認めてくれている、と彼女は言う。
「我らもの。クラインとの個人的なパイプはあって困るものではない」
だから、積極的に応援している。ギナがそう言った。
「だが、おぬしのことは認めておらん。あの子はもちろん、もう一人の友人としてもの」
カナードからの報告とカリダからから聞かされた愚痴でそう判断した、と彼はアスランをにらむ。
「確かにの。サハクの友として認められぬ」
ミナもそう言ってうなずく。
「お前のように相手を束縛するのは友情とは言わぬ。ただのわがままよ」
実際、幼年学校時代のアスランはキラの害にはなってもわずかな益ももたらさなかった。ミナのこの言葉にようやくアスランは現実に戻ってきたようだ。
「そんなことはない!」
「だが、お前のせいであの子は友人を作れなかったぞ?」
ミナはそう言い返す。
「あの子が事故で亡くなったときも、花を捧げてくれる友人は誰もおらなんだ。あの子のことを懐かしんでおるのは我らだけよ」
お前はあちらで新しい友人を作ることもできたようだがな、と苦々しげな声音で続けた。
「……本当にキラがキラではないというのなら、会わせてください」
彼女が知らないというのであれば認める、とアスランは口にする。少しは知恵が回るか、とミナは心の中でつぶやく。
「加害者に被害者を会わせろと? プラントではそのような非人道的なことが許されておるのか?」
ミナは視線をラウへと向けるとそう問いかける。
「いえ。その場合は決して近づかないように命じられます」
プラントでも、とラウは言い返してきた。
「でも、この馬鹿は自分で確認しないと何をしでかすかわかりません」
「隊長!」
「事実だろう? すでに何度命令違反をしている?」
今更信用できるか、と言われてアスランは悔しげに唇をかむ。
「仕方がないの。一度だけよ。ただし、おぬしは拘束させてもらうぞ」
キラに近づけぬように、とギナが言う。
「その条件がのめないのであれあれば、なんと言おうとあの子には会わせぬ。そして、正式なルートでおぬしの所行をプラントに抗議させてもらおう」
どうする、と言う問いにアスランは恨めしげにこちらを見つめるだけだった。