この照らす日月の下は……

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「……卑怯な……」
 だから、地球軍の軍人は……とイザークは口の中だけでつぶやく。
 だが、それはどうやら独断で行われたことらしい。
『バジルール、越権行為よ!』
 相手にすればこちらには聞こえないようにと声を抑えていたのだろう。だが、自分たちコーディネイターの聴力なら十分に聞き取れる声量で誰かが彼女をとがめていた。
『これ以外に我々がこの窮地を抜け出す方法がないのですよ、大尉』
『それでも、民間人を盾にすることは許されない行為だわ』
 一部の暴走と言うことか。しかし、部下をきちんと管理できない上官は無能なのだろう。
『技術士官であるあなたにはわからないことです!』
「……なるほど。暴走しているのが前線にいるブリッジクルーで止めているのが技術系の人間か」
 それならば納得できる。イザークは小さく付け加えた。
 数は多くないが、捕虜交換で戻ってきた者達もいる。その者達の話では、地球軍の軍人でも前線のパイロットや技術系・整備系の軍人達はコーディネイターへの当たりが柔らかいらしい。それはきっと、オーブで関わったことがあるからだろう。
 だからといって、ラクス・クラインがあの艦にとらわれていることは間違いない。
「いったい、隊長はどうされるおつもりなのか」
 自分たちがあれこれ考えたとしても、最終的に判断をするのは彼だ。
 軍人である以上、隊長の命令には従わざるを得ない。ただ、できれば最良の結果を手にしたいものだ。
 イザークはそう考えていた。

 頭が痛い。本当になぜ、こんな厄介事ばかりが襲いかかってくるのか、とラウはため息をつく。
「……まさか、ラクス嬢まであそこにとらわれているとはね」
 可能性としては考えていたが、いざ現実となれば厄介だ。対処を間違えると彼女の命に関わる。彼女の存在が支えている平和というものもある以上、それを失うのはまずいのではないか。
「隊長」
 アデス艦長が呼びかけてくる。
「わかっている。回線を開きたまえ」
 ともかく、本当にラクスがいるのかどうかを確認しなければいけない。そう判断をして指示を出す。
「回線、開きました」
 さほど間を置かずに報告が届く。それにうなずくとラウは口を開く。
「ザフト軍隊長、ラウ・ル・クルーゼだ」
 そう名乗れば、回線越しに相手が息をのんだのが伝わってくる。
「貴殿らの条約違反はともかく、ラクス嬢の安全を確認させてもらおうか」
 話はそれからだ、と言外に告げた。
 さて、どう出てくるだろうか。
 そんなことを考えていたときだ。視界の隅を光がかすめる。
「……おいでか」
 想像はしていたが、と唇の端だけを持ち上げた。
「ということは、あれにオーブの民間人も乗っている可能性があるのか」
 そう続けた言葉が耳に届いたのだろう。アデスが確認するように視線を向けてきた。
「近くにオーブの新造艦がいる」
 この言葉に彼は目を見開く。そのまま管制担当の部下へと視線を向けた。
「……いえ、反応は……ありました。レンジぎりぎり一隻、います」
 なぜ気づいたのか、と彼はつぶやいている。
「あちらもきちんと条約に決められた通り、信号灯をつけている。たまたま、それに気づいただけだよ」
 それ以外にもブリッツと同じ機能を持ったモビルスーツもすぐそばにいるが、それに関しては指摘しなくてもかまわないだろう。
「さて……彼らに協力してもらえるかどうか」
 オーブが間に入ってくれるなら地球軍も無茶な要求はしてこないはずだ。無事にラクスを助け出すことが最優先である以上、使えるものは使うべきだろう。
「では、通信を?」
「今のままでかまわない。あちらに声をかけてみてくれ」
 そうすれば地球軍に対する牽制にもなる。そう続ければアデスもうなずいて見せた。
「私はあちらの出方を確認しなければならないからな。オーブとの交渉はお前に任せる」
「了解です」
 アデスはそう言うと即座に通信をつなげるために移動していく。
「さて……これで無謀な行動を慎んでくれればいいのだが」
 どうなることか。そう思いながらラウはアークエンジェルを見つめていた。

 オーブ艦艇の存在にラミアス達も気づいた。というより、ムウからの通信で気づいたと言うべきか。
「……なぜ、ここにオーブが……」
 これは想定外だったのだろう。バジルールが唇をかんでいる。
「カナード君達を探しに来たのでしょうね」
 ラミアスがそう言う。
「彼らのうち三人はサハクの関係者だという話だもの。他の子達もそれなりに有力な家の子弟が多いのなら行方を捜すぐらいするでしょうね」
 今、ここで引き渡すのがいいのではないか。そう続ける。
「それは!」
「内密にしていてもばれるものよ。そのときにサハクからすべての技術供与をやめられる方がまずいわ」
 そうなれば地球軍の勝利は百パーセントなくなるだろう。
「サハクの協力がなくても……」
 あきらめきれないのか。バジルールがそう言いかける。
「サハクが持つ特許がなければ現在あるすべての戦艦が航行不能になるわ」
 それを地球連邦の技術だけで補おうとすれば最低でもあと三年はかかるだろう。その間にどれだけこちらに損害が出るかわからないではないか。
 ここまで具体的に言われればバジルールもそれ以上反論できないようだ。
「彼らに関しては引き渡しましょう。ラクス嬢にしてもこの場でザフトに引き渡し、それと引き替えに追撃をしないように取引をします」
 自分たちだけではそのような交渉は難しいだろう。だが、間にオーブが入ってくれるならば可能かもしれない。
「私たちが優先すべきなのは、この艦とストライクだけでも無事に持ち帰ることよ」
 そのためならば多少の不利益は目をつぶるべきだろう。ラミアスがそういえばバジルールも納得したようだ。
「……仕方がありません」
 渋々ながらうなずいている。
「ラクスさん達への説明はノイマン曹長にお願いします。チャンドラ軍曹はオーブ艦への通信を確保してください」
 後は一時だけでも停戦できればいいのだが、とラミアスはつぶやく。
「それに関してはオーブとの話し合いが終わってからかしらね」
 おそらくザフトも同じように動いているだろう。問題はタイミングではないか。
「フラガ大尉ならそのあたりもわかるのでしょうけどね」
 このつぶやきに対する答えは返ってこなかった。


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