この照らす日月の下は……

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「プラントに帰る、の、ですか?」
 レノアの言葉にアスランは目を丸くする。
「えぇ。研究所も閉鎖されるし……これ以上ここにいるのはパトリックの足を引っ張るだけだわ」
 そのせいでプラントに被害が及んではいけない。彼女はそう続けた。
「……それだけ危険なのでしょうか、月は……」
「私たちにとってはね」
 それはプラントの人間だけなのだろうか。それともコーディネイターならすべて含まれるのか。
「キラは?」
 一番気に掛かるのは幼なじみのことだ。どうしても最後のラインを超えることは出来なかった。だが、それでもキラが自分を嫌っていないことは知っている。
 そうでなかったとしても、大切な存在だ。安全な場所にいてほしいという気持ちは嘘ではない。
 ただ、それ以上にキラにそばにいてほしい気持ちの方が強いのだ。あの笑顔が自分のものではなかったとしても近くで見られなくなるのは辛い。
 地球連合が排斥しようとしているのがプラントの人間だけであれば、自分たちは別れなければいけないだろう。それがいやなのだ。
「オーブの人間はまだ退去勧告が出ていないわ。だから、キラちゃん達も今しばらく月に残るでしょうね」
 あっさりとした口調でレノアはそう言う。
「引っ越し先を探しているそうよ。親子三人とカナードくんとで安心して過ごせる場所があると言っていたわ」
 だから、彼等のことは何も心配いらない。彼女はそう告げる。しかし、アスランにはそう思えない。
「母上! キラも一緒にプラントに連れていってください!」
「無理よ」
 レノアはためらうことなく言い返してくる。
「何故ですか!」
「カリダもハルマさんも元気なのに、どうしてキラちゃんをあの人達からとる上げられるの?」
 出来るはずないでしょう、とあきれたような声音で彼女は続けた。
「キラちゃんが成人していて、本人の意思でプラントに移住するというなら話は別よ。喜んで身元引受人になってあげるわ。でも、今のキラちゃんはオーブの機銃ではもちろん、プラントでもご両親保護が必要な子どもなの」
「でも、このままキラをここに残していけば危険じゃないですか!」
「だから? キラちゃんのことはご両親がなんとかすると言っているでしょう?」
「ですが!」
 どうしてレノアはわかってくれないのか。このままではキラが危ない目に遭うかもしれないのに、とアスランは彼女を見つめる。
「私が何もしていないと思っているの? ちゃんと彼等の話を聞いているわ。それでキラちゃんは『プラントには行かない』と言う意思を確認しているの。それを本人の意思に反して強引に連れていくのは犯罪でしょう」
 違うのか、と聞き返された。
「キラが危険な目に遭うくらいなら、その方がマシです。あいつだってプラントに行けば考えが変わるはずだ」
「その代わり、あなたは永久にキラちゃんに会えなくなるわね」
 予想もしていなかったセリフをレノアが投げつけてくる。
「何故、ですか?」
「あなたがキラちゃんを害する以上、当然でしょう」
 法律で決まっているわ、とレノアはゆっくりと告げた。
「あぁ、正確には違うわね。あなたがプラント間を移動できなくなるわけだわ」  そして実行犯であるアスランの両親である自分たちはキラの後見人にはなれない。だから他の誰かに頼むことになるだろう。
「パトリックも失職するわね」
 実の息子であるアスランが犯罪を犯した以上、と彼女はため息をつく。
「あなたもまだ未成年だわ。そうである以上、あなたがすることの責任は親である私たちにあるの」
 評議会議員であるパトリックの息子が、いくら同胞の保護のためとはいえ無理矢理両親から引き離したと知られれば、格好の攻撃材料になる。それ以前に、支持者からの支持を失うだろう。
「あなたに我が家を壊す覚悟はあるの?」
 そして、その責任をとれるのか。そう言われてアスランは唇をかむ。
 自分はただ、キラにそばにいてほしいだけなのに。それを実行しようとすればこれほどまでに大事になるのか。
「パトリックは間違いなくあなたを恨むわね」
 何よりもとレノアは続ける。
「キラちゃんは二度とあなたに笑いかけてくれなくなるわ」
 それでもいいの、と言われてアスランは今度こそ凍り付く。
 キラが二度と笑顔を見せてくれない。
 そう考えただけで背筋に冷たいものが押し当てられたような感覚に襲われる。
「あなたが今、どうするべきなのか。もう一度考えてみなさい」
 レノアの言葉にうなずく以外の選択肢はアスランにはなかった。

 時は悲しいぐらいに早く過ぎる。とうとう別れの日が来てしまった。
「キラもすぐにプラントに来るんだろう?」
 一抹の希望とともにアスランはこう問いかける。しかし、キラはそれに何も言い返してくれない。
 それでも自分がキラのために作ったマイクロユニットは手元に置いていてくれる。今はそれだけでいいか、と自分に言い聞かせていた。


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最遊釈厄伝