この照らす日月の下は……
30
予想に反して、その日、アスランが押しかけてくることはなかった。
「いつかはこうなると思っていたわ」
カリダがそう言って笑う。
「ミナ様からも言われていたしね」
ハルマもだ。
「しかし、アスランくんにも困ったものだ。どうしたらいいのか」
彼はさらにそう続ける。
「レノアの話だと、アスランくんにとってキラは初めての友達らしいの。だから余計に執着しているのではないかって」
それはそれでかわいそうだけど、とカリダがため息をつく。
「それでキラが好きなことが出来ないのは困るわ」
「確かに。そのために月に来たようなものだからね」
「……そうなの?」
ハルマの言葉にキラは目を丸くする。
「アメノミハシラに学校はないし、本土は別の意味で窮屈な思いをさせてしまうからね。ここなら同じコーディネイターの子ども達もいると思っただけだよ」
本土でもいないわけではない。だが、それほど多くもないから、とハルマは教えてくれた。むしろ月やオーブ所属のプラントの方が多いらしい。
「たまたま私もこちらに出向になったしね。キラが気にする事は何もないよ」
これに関しては、と彼はキラの髪をなでてくれる。
「問題はアスランくんの方だね」
「そうね。今朝、ラクスちゃんからもメールが届いたわ。返事をくれないけど何かあったのか、って心配していたの」
そういえば、ラクスにもメールを出せていなかった。キラはその事実に慌てる。
「どうしよう、ママ……」
「仕方がないから、寝る前に書いてしまいなさい。少しぐらい遅くなっても大目に見てあげるわ」
その言葉にキラはほっとした。
「行っておいで」
ハルマもそう言ってキラの背中を押す。
「はい」
小さくうなずくと、キラは自分の部屋へと入っていった。
ちいさな背中がドアの向こうに消えたことを確認して、カリダが視線を向けてくる。
「どうするの?」
「引っ越すわけにはいかないが、一時的に居を移すことは可能だよ」
ハルマは静かな声でそう告げた。
「物理的に二人を離すべきだろう。もっとも完全に分断すれば、アスランくんの執着はひどくなるからね。学校はそのままで」
少しでも接点があればまだマシなのではないか。そう続ける。
「でも……」
「大丈夫だよ。キラが幼年学校を卒業するまでカナードくんを預かることになったから」
ハルマはそう言って微笑む。
「あら……でも、いいの?」
「ムウくんも大西洋連合へと留学に行くそうだしね。かといってあの双子のそばに置いておくのは心配だとサハク様が……」
「……ミナ様なともかく、ギナ様は……見習わないでほしいわね」
カリダもそう言ってうなずく。
「でも、ムウくんもいなくなるとキラが寂しがるわ」
そちらの方が問題だ、と彼女はつぶやいた。
「それも理由の一つだよ」
ハルマはそう口にする。
「カナードくんがこちらにいれば、サハクのお二人やムウくんが直接こちらに来てもおかしくはないだろう、と言われてね。それならばついでに一部屋増やしてしまえばいい」
一つ一つの部屋は小さくなるかもしれないが、それは我慢するしかないだろう。
「……そうね。今はいいけど、いつまでも同じ部屋に寝かせられないものね」
カリダもそう言ってうなずく。
「では、そう返事をしておくよ。おそらく手配はあちらでしてくれるだろう」
苦笑とともにハルマは言葉を返す。
「これでアスランくんが思い直してくれればいいのだが」
付け加えられた言葉はハルマの口の中だけで消えた。