この照らす日月の下は……
01
「何故、月に行かなければいけないのですか?」
ラクスはそう母に問いかける。
「お母様はお忙しいのに。月でコンサートをしなくてもよろしいのでは?」
何よりも、あそこは危ないのではないか。言外にそう続けた。自分はまだ子どもだが、そのくらい走っている。
しかし、だ。
「会いたい人がいるからよ。その人をあなたにも紹介したいの」
母はそう言って微笑む。
「彼女はね。ナチュラルだけど、とてもすてきな音を奏でる人なの」
その言葉にラクスは興味がわき上がってくるのを感じた。当代一の歌声を持つ母がそう言うのであれば、間違いなく素晴らしい音を奏でてくれるはずだ。
「それに、彼女にもあなたより少し年下の男の子がいるのですって」
歌うように続けられた言葉にラクスは目を丸くする。
「男の子、ですか?」
「そうよ。それもなにも考えずに仲良くなってもかまわない子よ」
プラントにも大勢ラクスと同年代の子どもがいる。しかし、彼等の多くは利権関係が絡んでくるために、うかつに親しくなれないのだ。
だが、これから行く月にいる子どもは違う。
素のままの自分を出してもかまわない相手なのだ。
唯一問題があるとすれば、相手が『男の子』と言う点だろうか。
しかし、それは結婚に関する話が出てから考えればいいことだ。今の年齢なら男女の性差は考えなくてもいいはず。
「写真を送ってもらったけど、すごく可愛い子よ。あなたも見る?」
そう言いながら母は端末を操作した。
「はい、お母様」
彼女の言葉にうなずくとラクスはモニターをのぞき込む。母の言うとおりそこには女の子と言ってもかまわないくらいかわいらしい子どもの姿が映し出されていた。
「おそろいのドレスを着てお散歩したいです」
自分に弟妹はいないが、彼ならばその代わりをしてくれるだろう。
「ドレスはかわいそうね。女の子と男の子でおそろいにしましょう」
母はそう言って目を細める。
「小さくても男の子にはそれなりの扱いをしてあげないとだめよ?」
すねてしまうから、と言う母にラクスは素直にうなずいて見せた。
「ママ、これは何?」
キラはそう言いながら首をかしげてみせる。
「チェロよ。昔、母さんが弾いていたものなの」
キラが生まれてからなかなか弾けなかったけど、と母は続けた。
「お友達が来るから、久々に弾いてみようと思ったのよ」
その表情から判断して、カリダはチェロを弾くのが大好きだったのだろう。しかし、それを我慢していたと言うことになる。
「……僕のせい?」
「違うわよ。母さんが自分でそうするって決めたの」
カリダは微笑みを深めながらそう言った。
「それに、全然弾いていなかったわけじゃないわ。ただ、人に聞かせるのが久々なだけ」
キラは聞いてくれるかしら? とカリダは首をかしげてみせる。
「僕が知ってる曲?」
即座にキラはこう問いかける。
「もちろんよ。キラの好きなお星様の曲よ」
「Twinkle, twinkle, little star?」
「えぇ。ちょっと待ってね。準備を終わらせるから」
彼女はそう言うと弦を指ではじいている。そしてそのそばにある機械で何かを確認していた。
それを何度か繰り返したところで弓に手を伸ばす。そしてゆっくりと曲を弾き始めた。