この手につかみたいもの

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  おまけ  



 懐かしい奴が来るよ。
 この言葉と共にアスランに連れてこられた宇宙港。
 どうしたことか、そこには大勢のザフト兵士の姿が見られた。どうしてだろうと思っていれば、周囲の様子が次第に慌ただしくなっていく。
「……アスラン……ニコル……」
 それに、キラは不安を感じ始めていた。
「あの……ブルーコスモスの関係者とかなんかが来るわけじゃないよね?」
 思わずキラはこう問いかけてしまう。
「もちろんだ。そんな連中、俺たちが本国に入国させると思うか?」
 その前に沈めている、とアスランは物騒なセリフを返してきた。
「じゃ、なんで……」
 こんなに厳重な警備をしなければならないのか、とキラは小首をかしげながらアスランに問いかける。
「……台風が来るからだ」
「台風?」
 地球ではそんな気象現象があるらしい、と言うことはキラも知っている。だが、ここ、プラントでそのようなことが起きることはない。だが、アスランはいたってまじめな表情で頷いていた。
「でも、そんなプログラムしていないよね?」
 本国のマザーには、とキラは本気で考え込んだ。
「気象データーじゃないよ、キラ。オーブの台風が来るんだよ」
 そんなキラに、アスランが苦笑混じりに説明をする。だが、それはさらにキラを混乱させるだけだ。
「……カガリさんがいらっしゃるのだそうです。プラントとの条約に調印をするために」
 そんなキラを哀れに思ったのか。二人の側で黙って成り行きを見つめていたニコルがそっと答えを教えてくれる。
「カガリが?」
 本当、と言いながらアスランを見つめるキラの表情が嬉しそうだ。
「……来なくてもいいって言ったんだけどね、俺は」
 まだ約束は果たされていないのだから……とアスランは憮然とした表情で付け加える。
「アスラン?」
 本当は嬉しいくせに……とキラが口にした。その瞬間、アスランは本気で苦虫をかみつぶしたような表情を作る。不本意だ、と彼の全身が語っていた。
「……あんなに仲が良さそうだったのに」
 キラが信じられないと呟く。
「……仲がよく見えたのは、キラのことを話していたからだろう」
 キラのことを話せばケンカにならないのだ、とアスランはしれっとした口調で告げる。始めて聞かされるその事実に、キラは目を丸くしていた。
「そうだったの?」
 てっきり仲がいいと思っていたのに、とキラは呟く。
「そうなんだよ。イザーク達とも同じなんだって」
 キラがいなければ、そんなことを考えもしなかった……とアスランはキラの耳元で囁いた。
「アスラン……」
 そんな彼に、キラは少しだけ非難のまなざしを向ける。
「キラだけがいればいいって、いつも言っているだろう? でも、それじゃキラが悲しむから。努力しているだけだって」
 昔から、キラだけがいてくれれば良かったんだ……と付け加えるアスランは間違いなく本気だろう。そして、それを指摘しても笑って誤魔化されるだけだ、とキラにもわかっていた。
「……本当にアスランは……」
「キラ馬鹿だよな、お前は」
 キラの声に被さるようにして、力強い口調でこう告げた者がいる。慌てて三人が視線を向ければ、そこにはカガリがいた。
「カガリ?」
「一体いつの間に」
「入港したとは連絡が来ていませんが」
 三者三様の反応を彼らは見せる。
「あんな目立つ船で入港してみろ。煩わしくてやっていられるか!」
 出迎えだのなんだの……と付け加える彼女は彼女らしいといえるのだろうが、
「……こちらの都合も考えて欲しいものだな」
 とアスランは顔をしかめた。
「万が一のことがあれば、オーブとの関係が悪くなるだろうが」
 そして、その表情のままカガリに言葉を投げつける。
「大丈夫だ。誰だって、あの船を沈めるのは不可能に近い」
 それこそ、ザフト全軍がかからなければ、とカガリは笑った。その言葉の内容に、キラは思わず小首をかしげてしまう。
「オーブの船で来たわけじゃないよね、そのいい方だと……他にどこの船が来ることになっているの?」
 知っている、とキラはアスラン達に問いかける。
「足つき――アークエンジェルが来ているはずだ」
 それにアスランが答えを返す。
「アークエンジェル? ラミアス艦長達が乗っているのかな……って、まさか、カガリ」
 アークエンジェルに乗ってきたの、とキラは問いかけた。
「ラミアスも、フラガも、他のメンバーも替わっていなかったぞ」
 そんなキラに、カガリは胸を張って言い切る。その瞬間、アスランとニコルの唇からため息が漏れた。
「ニコル」
「わかっています……」
 アスランの呼びかけに頷き返すと、ニコルは彼らから離れていく。
「どうしたの?」
 キラが不審そうな表情でニコルの背を見送っている。
「そこにいるオーブのお姫様の件、処理をしないといけないだろう? 準備をしていたのに、台無しにしてくれたことだし」
 キラに向かって優しい笑みを作っているわりには、アスランの口から出た言葉には刺がはえまくっていた。それが向けられたのは、もちろんカガリだ。
「それがいやなんだ!」
「そう言うわけにいかないのが、国の代表者の定めだろうが」
 違うのか、とアスランは妙にさわやかな微笑みをカガリへと向ける。いつまでもわがままを押し通そうなんて、考えていないよな、とその表情のままアスランは口にした。
「……ぐっ……」
 どうやらその刺は真っ正面からカガリに突き刺さったらしい。彼女は言葉を失ってしまった。
「アスラン、カガリも今回だけだよ。ね?」
 本当に久しぶりだから、とキラが微笑む。公式に訪問されてしまえば、自分は彼女の姿を見るしかできなかっただろうと。
「だから、俺が連れてきたんだろうが……俺が側にいて、ニコル達が警備についていて、そして、ラクスもいれば、キラをカガリの側に行かせても誰も問題は言わない」
 言わせない、といいながら、アスランはキラの顔を覗き込む。その表情は本当に優しいとしか言いようがないものだ。
「それとも、俺が嘘を言っていると思うのか、キラは」
 アスランの言葉に、キラは直ぐに首を横に振ってみせる。
「だろう?」
 だから、安心しろとキラには告げた。だが、その優しい表情はアスランがカガリへと視線を向けた瞬間、かき消される。
「と言うことだ。最低限の義務は果たせ。ほら、出迎えも来たことだしな」
 冷たい表情のままアスランが視線で示した方向には、ニコルが数名の兵士達――その中にはオーブと地球軍の軍服を着た者の姿もある――を案内して駆け寄ってくるのが見えた。その中に見覚えがある相手を見つけて、キラの表情が明るくなる。
「フラガ少佐!」
 キラの呼びかけに、彼が軽く手を挙げて挨拶を送ってくる。次の瞬間、キラは彼に駆け寄っていく。そんな自分を、アスランが複雑な表情で見つめていることにキラは気づかなかった。

「……なんか、あいつ、日に日に機嫌が悪くなっているような気がするのは、俺の錯覚か?」
 彼らに合流してきたディアッカがニコルに問いかける。
「いえ、間違いありませんよ。原因も、見当が付いていますけどね」
 苦笑と共にニコルがこう言い返してきた。その笑顔の中に疲れが見え隠れしていた。
「どうせ、あいつが関係しているんだろう?」
 イザークが視線をキラへと向けながら言い切る。そのキラの隣には、当然のような表情をしてカガリがくっついていた。もちろん、ラクスも側にいる。二人の無言の壁によって他の誰も三人――と言うよりはキラ――に近づけないらしい。
 もっとも、それを気にしない相手もいる。にこやかな表情でフラガが彼ら三人に歩み寄っていくのがニコル達にも見えた。
「あの方ぐらい平然としていられればいいのでしょうけど……」
「アスランはあそこまで神経が図太くないからな。いや、あいつの場合は神経がないのだが」
 クルーゼの笑いを含んだ声が彼らの背後から飛んでくる。それにイザーク達は慌てて視線を敬礼をしようとした。だか、クルーゼは軽く手を挙げると彼らの行動を征する。
「あぁ、気にしなくていい」
 それよりも、会場内のことに気を配れ……とクルーゼは告げた。
「まぁ、キラ君の側に彼女たちがいてくれる……というのは警備の関係上ありがたいがな」
 彼の周囲に配置していればいいのだから、と笑うクルーゼに、ディアッカ達は複雑な表情を作ってみせる。その代わりにアスランが怖い、と彼らの表情が告げていた。
「もう一つの問題に関しては……今回の一件が終わったらキラ君に努力して貰わなければならないのだろうが……」
 低い笑い声と共に告げられた言葉に、ディアッカとニコルは思いきり気の毒そうな顔になる。ただ、イザークは複雑な表情を作っていたが。
「いっそ、あいつに愛想を尽かされてみるのもいいかもしれんな」
 その表情のまま、イザークが呟くようにこう口にする。それはアスランに対しての嫌がらせ以外の意味も含んでいただろう。もちろん、それについてはニコル達にもわかっている。
 しかし、この言葉が真実になった場合、どうなるか……というと、はっきり言って考えたくない。*
「やめろよな、イザーク」
「冗談でも、怖すぎますよ、今のセリフは」
 そんなことになったら、愛想を尽かしたキラを拉致監禁するぐらい、アスランは平然とするだろう。だが、キラに何かあれば、カガリが黙っていないことも分かり切っている。そうなれば、二人の間で諍いが起こるのは目に見えていた。最悪、プラントとオーブの戦争に発展しかねない、と思うのはニコルだけだろうか。
「……俺は、あいつらとは戦いたくねぇぞ、もう」
 どうやら、ディアッカも同じ結論に達したらしい。ため息と共にこう口にしている。
「アスランのことを覗けば、いい傾向だと言えるのだろうがな」
 クルーゼもまた苦笑とともにこう告げてた。
「どのみち、キラ君の身柄はまだまだ保護しなければいけないのだ。多少の脱線ぐらいは大目に見るしかないだろう」
 今のところ、任務に支障が出ていないのだから……と言いきれるクルーゼは、やはりただ者ではないのだろうか。
「おや……どうやら我々を呼んでいるらしいな」
 さらりとクルーゼがこう告げる。視線を向ければ、キラとフラガが自分たちを手招いているのが見えた。
「……さすがだな、アスラン」
 そう認識すると同時に、アスランがキラの側に立っている。その素早さに、イザークがあきれたように呟く。
「それだけ、キラさんのことに注意を払っていた、と言うことですよ」
 行きましょう、と付け加えながら、ニコルは歩き出す。その後をイザーク達も着いていく。
「どうしたんだ、キラ?」
 彼らの耳にアスランの問いかけが届く。
「カガリがね、アスランに聞きたいことがあるんだって」
 で、怖いから抑えにみんなにも来てもらったのだ……と言う言葉をキラもフラガも口には出さない。だが、しっかりと全員の耳に届いてしまう。
「カガリが? 今でなければならないことなのか?」
 アスランが一応、冷静な口調で彼女に声をかけている。それでも、何やら言葉の裏に含むものがあるような気がするのは、気のせいではないだろう。
「お前のキラ馬鹿ぶりはよく知っているつもりだったが……いつから、キラまでこうなったんだ?」
 ひたすら甘えまくっているようだが、とカガリが真顔で聞き返している。
「そう、かな?」
 自覚はなかったのだろうか。キラが小首をかしげながら周囲の面々に確認を求めた。だが、それに正直に答えを返していいものかどうか、誰もが悩んでしまう。
「……そうですわね……意識が戻られてからは、ずっとこんな感じですわ。私としては、アスランだけではなく私にも甘えていただきたいのですが」
 おっとりとした口調でラクスがしっかりと爆弾発言を口にした。
「かまわないだろう? 俺にはキラが必要で、いつでも甘やかしてやりたいと思っているんだから」
 それにアスランも平然と言葉を付け加える。
「それって、おかしいだろうが! キラだって男なんだぞ? 第一、お前とラクスは婚約していたんじゃ」
 ないのか、とカガリが付け加える前に、
「その話なら、破談になった。元々、政治的なものだったしな、俺たちの婚約は」
 だから、パトリックがいなくなった今では解消してもかまわないのだ、とアスランは言った。
「それに、俺にとって一番大切なのはキラだし……男として、好きな相手に頼って欲しいと思うのは当然じゃないのか?」
 人前でこういうセリフを右方はいいのだろうが、言われる方はたまったものではない。実際、キラは既に羞恥のために真っ赤になっている。
「私としては、キラ様さえお幸せならどうでもいいのですけど」
 少しは控えてくださいませね、といえるラクスはさすがであろう。
「まぁ、俺としても坊主がかまわないならいいんじゃないのか、とは思うが……少しは控えてやれって。このままじゃ、坊主、恥ずかしさで死ぬぞ」
 見かねたフラガがアスランに向かって言葉を投げかけている。だが、当人達の耳には届いていないらしい。
「だから、キラは男なんだって! そう言うなら、キラが一人でオーブに来るなんて言いだしたらどうするんだ? お前だって仕事があるんだろうが」
「その時は、休暇を取るさ」
 キラの身の安全を確保するのも俺の仕事だし、とアスランは言い返す。
「お前は……」
 どこまでキラ馬鹿なんだ……とカガリがあきれたように呟いた。
「そんなの、出逢ったときからに決まっているだろう」
 胸を張るアスランの脇で、キラは羞恥のために完全に縮こまっている。一体いつ、この二人を引き離すか、本気で考え込んでしまうニコル達だった。

 あれこれ引っかき回したカガリがオーブへと帰ったのはそれから一週間後。
 このときにも『キラを連れて帰る!』とカガリが騒いだから大変だった。もちろん、そんなことをさせるアスランではない。しっかりと先手を打っていた。それがまたカガリを起こらせたのは言うまでもないだろう。
「……やっぱり、寂しいかな……」
 カガリのが帰ってしまえば……と、遠ざかっていく艦を見送りながらキラが呟く。
「俺がいるだろう?」
 しっかりとアスランがこう囁きながら、キラの体を抱きしめた。
「そうなんだけど……でも、やっぱり、寂しいんだ」
 カガリは眩しいくらいに輝いているから、と口にしながら、キラはアスランの胸に自分のせを預ける。
「……わがままなのかな、僕……」
「キラにそう言われたら、俺はどうすればいいわけ?」
 苦笑を滲ませながら、アスランはキラを抱きしめる腕に力を込めた。
「キラを独り占めにして、それでも足りないんだよ、俺は」
 言葉と共に、アスランの唇がキラの髪に降ってくる。それをキラは黙って受け止めている。
「本当は、どこかに閉じこめて、誰の目にも触れさせたくないんだ」
 でも、それじゃキラのためにならないから……一番近くにいられることで我慢するのだ、とアスランは付け加えた。
 このセリフは、ある意味聞き慣れたものだ。だが、それを聞く度に、キラはいつも『自分はアスランの側にいていいのか』と思ってしまう。しかし、それ以上に自分がアスランから離れることで、彼の精神がどうなるか不安だ、と言う不安の方が大きい。
「……アスランから離れたくないんだよね、僕も……」
 キラが小さな声でこう呟く。その瞬間、アスランの頬に幸せそうな微笑みが浮かんだ。
「キラ……本当?」
 そして、耳元でこう囁いてくる。
「本当だよ……アスランの側にいる」
 たまには一人で出かけるかもしれないけど、必ずアスランの所に帰ってくるから……とキラは口にした。
 これから、自分たちの上にどのような自体が降りかかってくるかわからない。それでも、自分が戻る場所はこの腕の中だけだ、とキラは決意していたのだ。
 だから、もう四六時中一緒にいなくてもいいよ、とキラは言外に付け加える。どこにも消えないから……と。
「キラ」
「それとも、僕のこと、信用できない?」
 この問いかけに、アスランは直ぐに首を横に振って見せた。
「だけど、キラ」
 側にいてくれないと不安なんだ、とアスランは正直に口にしてくる。
「じゃ、アスランは、僕との約束、守ってくれないの?」
 そんな彼の顔をにらみながら、キラはこう言った。
「約束?」
 キラの言葉にアスランは記憶の中を探り始める。
「そう。幼年学校の時に約束したでしょう。二人で」
「誰も行ったことがない星に行こう……と言ったあれか」
 キラの言葉でアスランも直ぐに思い出したらしい。彼の言葉の後半をアスランは口にした。
「そう。アスランが船体を設計してくれるんでしょう? その作業を始めたら、すれ違うこともあるんじゃないのかな?」
 小首をかしげながらキラはこう問いかけてくる。
「そうだな。でも、同じ目標に向かって進んでいるとわかれば、多少離れていても我慢できるか」
 それに、アスランは微笑み返す。
「でも、俺たちだけじゃ無理だから……カガリあたりも巻き込むか。そうすれば少しは大人しくなるかもしれないな」
「アスランったら」
「いいだろう? 今回は思い切り邪魔をされたんだから……このくらいの収支返しは」
 それに、キラの望みだと言ったら、カガリだっていやだとは言わないさ……と言いながら、アスランはゆっくりと顔を寄せてくる。その意図がわかっているから、キラは大人しく目を閉じた。
 唇にアスランのぬくもりを感じる。
 それを失いたくない、とキラは思う。
 自分の気持ちを伝えようとするかのように、腕をアスランの首に回せば、彼もまたしっかりと抱きしめ返してくれる。
 お互いのぬくもりが同じになるまで、二人は唇を重ねたままその場に佇んでいた……





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最遊釈厄伝