「……申し訳ありません。思いもかけぬことに動揺し報告が出来ませんでした。あの最後の機体……あれに乗っているのはキラ・ヤマト。月の幼年学校で友人だったコーディネーターの少女です」 最後の一言を付け加えた瞬間、クルーゼが珍しく動揺を露わにする。 「少女?」 「はい、少女です」 「友人と言うことは、同年代かね?」 「……同じ年ですが?」 一体、どうしたというのだろうか、この上司は。 「……確認のために聞いておくが、その少女の父君の名前はハルマ・ヤマト、母君の名前はカリダ・ヤマト、かね?」 だが、その後に続けられたこの言葉に、アスランはなんと答えればいいのかわからなくなってしまう。と言うよりも、どうして彼が、キラのご両親の名前を知っているのだろうか。 「その表情を見れば……どうやら、正解だったようだな」 と言うことは、困った事になったな……とクルーゼは呟く。 「あの、隊長……キラとは一体……」 どのようなご関係でしょうか、と思わずアスランは彼に問いかけてしまった。 「……それよりも先にしなければいけないことがあるではないのかね?」 皆を呼んでくるがいいとクルーゼは言葉を濁す。だが、それに納得できるか、と言うとまた別問題だろう。 「隊長!」 「どうせ、皆にも説明せねばならないのだ。一度ですませたいのだがな」 アスランの言葉にクルーゼは苦笑を浮かべつつ、さらに言葉を重ねる。 「二度手間をする時間があるのなら、どうやって彼女を無事に保護してくるか、考える方が有効的ではないかね?」 確かに、キラを安全に手元に取り戻すことが先決か。 こう考えて、アスランは妥協することにする。 「皆を集めたところで、きちんと説明して頂きますからね」 それでも、こう言わずには言われない。 「もちろんだよ」 そんな自分に対し、意味ありげな笑みを返す彼の態度が妙に気になってしまうアスランだった。 「……女の子?」 信じられない、とミゲルが呟く。どうやら、いくら自分本来の機体ではなかった、とはいえ、女の子に撃墜されたと言うことがショックだったらしい。 「その女が……どうして地球軍の協力を? 同胞を裏切ってまで」 イザークにしても、まさか《同胞》だとは思わなかったのだろう。あれこれ言いたいのを我慢しているらしい様子が見て取れた。 「キラは……あちらに友達がいるのだ、と言っていた。あるいは……人質に取られているのかもしれない」 彼女は優しいから、ナチュラルでも見捨てられないのだ、とアスランは呟くように告げる。 「だが、ナチュラルなのだぞ!」 ナチュラルは敵だ、と言うイザークにアスランが反論をしようとした。 「……彼女は、第一世代だ。仕方があるまい」 だが、それよりも早く、クルーゼがこう告げる。 「オーブにいたのであれば、双方の種族に知り合いがいたとしても当然ではないかね?」 アスランが言いたかったセリフを、彼が先に口にしてしまった。その事実に、アスランは悔しさを隠せない。 「……お知り合い、なのですか?」 ニコルがアスランとクルーゼの間で視線を移動させながら、こう問いかけてくる。 「幼なじみだ……」 許されるなら、もっと別の関係になりたかったのだ、とアスランは心の中で呟く。だが、今はもう……と、唇をかみしめる。 「……一応、婚約者だな、私の」 だが、そんなアスランの感情も、クルーゼのこの言葉であっさりと吹き飛んでしまった。 「……えっ?」 「えぇっ?」 「マジかよ」 「その方、隊長の本性をご存じなのですよね?」 「……っていうか、いくつ年齢差あるんだよ」 さりげなくとんでもないセリフが飛んだような気もするが、誰も気にしている余裕がない。 パイロット達の視線を受けながら、クルーゼは意味ありげな笑みを浮かべているだけだった。 そのころ、アークエンジェル内の一室にヘリオポリスの学生達が集まっていた。 その中心になっているのは、キラだ。 「……どう、しよう……」 キラがこう言って、友人達を見つめる。 「どうしようって……言ってしまえばいいんじゃないのか?」 自分が女だって、とあっさりと口にしたのはトールだった。だが、それはできないと言うようにキラは首を横に振ってみせる。そんなことをすれば、あの人がどんな行動をするかわからない、と心の中で呟く。 「反対!」 その理由がわかっているフレイがきっぱいりとこう言い切った。いや、それは彼女だけではない。 「私も、できればあまり知られない方がいいと思うわ」 ミリアリアも同じように頷いて見せた。 女性陣のこの反応の意味がわからないのだろう。男性陣はお互いの顔を見合わせている。 「教えても、いいと思うんだが……だめだと言う理由を教えてもらえないか?」 ともかく、それがわからなければこちらとしても同意はできない。サイが、男性陣を代表してこう問いかけた。 「……あんた達、どうして《キラ》のIDが《男》になっているか、忘れたわけ?」 建前上とはいえ、とフレイが言い返してくる。 「どうしてって……そりゃ、ヘリオポリスでもコーディネイターにちょっかいをかけようとするバカがいたから、だろう?」 「……乱暴された事件があったんだよな……」 トールとカズイが口々にこういう。それは彼等もわかっているらしい。 「でも、ここにはそんな人間はいないんじゃないのか?」 しかし、どうしてここでもキラが《少女》である事を隠そうとするのかまでは理解できないらしい。こう言って首をかしげている。 「……エンデュミオンの鷹……」 ぼそりっとフレイがこう呟く。 「フラガ大尉がどうかしたわけ?」 あの人、格好いいよな、と素直に口にしたのはカズイだ。それは、他の二人にしても同じ気持ちだったらしい。 まぁ、あの噂を知らなければそういえるのではないかとも思う。 「……あの人、女性にものすごく手が早いのよ!」 別名、セクハラの鷹、といわれているらしいの、とフレイが口にする。その瞬間、キラが泣き出しそうになった。 「僕……一応、婚約者、いるんだけど……」 ただでさえ、戦争で離れ離れになっているのに、お嫁に行けない体になるのだけはいやだ、とキラは呟く。そんな彼女を慰めるように左右からフレイとミリアリアが抱きしめる。 「そういう事よ!」 「わかったでしょう?」 言葉とともに二人は男性陣をにらみつけた。それは本当に仲がいい光景だと言っていいだろう。 だが、とサイが首をひねる。 「……フレイって、コーディネイターが嫌いじゃなかったっけ?」 キラもコーディネイターだろうと彼は付け加えた。 「確かにキラはコーディネイターだけど、コーディネイターだからキラなんじゃないでしょう!」 たまたまそうだっただけじゃない! と口にする彼女の本心が、キラがコーディネイターだからこそ、あれこれ着せて楽しいのだ、という点にあるのだ、と知らないことは幸せなのだろうか。 「ところで、さ……」 雰囲気を変えようとするのだろうか。いきなりトールが口を開く。 「キラの婚約者って……どんな人?」 この瞬間、少女達の瞳が輝きだしたのは事実だ。 「どんな人って……僕より年上で、格好良くて、すごく優しい人、だけど?」 それがどうかした、とキラは小首をかしげる。そのしぐさがめちゃめちゃ可愛らしく見えたのは言うまでもないでろう。 結局、話をする暇なんてなかった。 それよりも早く、ザフトの襲撃があったのだ。 『キラ』 通信機から流れてきた声に、キラは思わず凍り付いてしまった。 「……まさか……」 嘘だよね、と心の中で呟く。 アスランだけならまだしも、彼も《ザフト》の一員だなんて……と。 『キラ・ヤマト! 何をしている!!』 一瞬、動きを止めてしまったからか。バジルールの声がキラの耳を叩く。 「……大丈夫です……」 何とかそう言い返すものの、内心は全く逆だ。 「でも、どうして……」 デュエルの攻撃をかわしながら、キラはこう呟く。 『決まっているだろう。この戦争を終わらせるためだよ』 一体どうやってその呟きを聞き取ったのだろうか。即座に言葉が返ってきた。 『それよりも、そんなところにいないで戻ってきなさい』 悪いようにはしないから、と言われても困る。そんなことをすれば、誰が友人達を守るというのか。 「できません! あの船にはみんなが乗っているんです」 彼等を見捨てられないのだ、とキラはきっぱりと言い切る。 『相変わらず強情だね、キラは』 そう言うところも好ましいのだが……と付け加えた彼の声に怒りが混じっていることにキラは気づいてしまう。だからといって、このまま素直に従うこともできないのだ。 『では、こうしよう……キラが戻ってきてくれるのであれば、民間人達は無事にオーブに帰れるように手配してあげよう』 だから戻ってきなさい、と言う言葉には、一瞬、心が揺らぐ。 元々好きでストライクに乗っているわけではないのだ。まして、戦わなければならない相手が彼とアスランでは……とキラは心の中で呟く。 『貴様! 何、家のパイロットを口説いていやがるんだよ!』 俺ですら遠慮しているっているのに! と叫びながら割り込んできた声はフラガのものだ。 確かに、今の自分たちは敵同士なのだからこんな会話を交わすべきではないのだろう。地球軍である彼等がそう判断したとしてもおかしくはない。 それでもだ。 自分はそもそもオーブの人間なのだし、この戦争が始まるまではそれなりに交流があったのだ。 まして、今、自分が会話を交わしていた相手は……とキラが心の中で付け加えたときである。 『口説くも何も……キラは生まれたときから私の婚約者だよ、ムウ』 それとも、地球軍はそれすらも無理矢理引き裂いてくれるのかね? と彼は言い返す。 その瞬間、フラガのメビウス・ゼロだけではなく、キラのストライク、そしてデュエルにバスター、ブリッツも動きを止めてしまった。もっとも、ザフト側のメンバーが動きを止めたのは、フラガと同じ理由ではない。もっとも、そんなことをキラは知らないが。 『……婚約者? 誰と、誰が……だ?』 まさか、と言外滲ませながらフラガこう聞き返す声がキラの耳に届く。 『だから、私とキラが、だ』 平然と彼――クルーゼが言い放つ。 『マジかよ!』 『キラァァァァァァっ!』 フラガの叫びに、アスランのそれが重なる。次の瞬間、ストライクはMA形態になったイージスに押さえつけられてしまう。 『そう言うことだから、キラは返してもらうぞ』 そして、オーブの民間人達もな……という宣言は、アークエンジェルのクルー全員の耳をすり抜けていくだけだった。 「キラ。出てきなさい」 ヴェサリウスのMSデッキ内にクルーゼの声だけが響く。 しかし、ストライクのハッチが開くことはない。 「……本当に、隊長のご婚約者なのでしょうか……」 その様子を見ながら、ニコルがこう呟く。 「俺に聞くな、俺に」 「右に同じ」 イザークとディアッカは早々に考えることを放棄したらしい。それも無理はないだろう、とアスランも思う。自分もあの中にいるのが《キラ》でなければそうしたいところだ。 「まったく……いつもの隊長からは信じられないよな、あの態度は……」 しかし、ミゲルだけは反応が違う。それはさすがと言うべきなのだろうか。 「キラ……いいこだから。話を聞かせてもらわないと、私としても動きようがないだろう?」 大切な友達がいるのであれば、なんとでもしてあげよう……という言葉に、アスラン達は思わず鳥肌を立ててしまう。 本当にあれがあの《ラウ・ル・クルーゼ》なのだろうか、と本気で悩んでしまう。 しかし、この言葉はキラの中の何かを刺激したらしい。 『本当?』 今まで何の反応もなかったストライクから、こんなか細い声が響いてきた。 「もちろんだとも。私が君に嘘を付いたことがあったかね?」 今まで以上に優しい声でクルーゼがこう口にする。 「誰だよ、あれ……」 信じられねぇ……というディアッカにアスランは思わず大きく頷いてしまう。もっとも、他の三人も同じような行動を取っているから、それに関してはつっこみがない。 「キラは昔から、ぼーっとしている上に、人がいいから……よくだまされるんだよ」 おかげで、あれこれ余計な仕事を押しつけられていたっけな……とアスランは呟く。 「まして、相手があのクルーゼ隊長ですからね」 そういう人間であれば、絶対にだまされたとしても気づかないだろう……とニコルが頷いたときだ。 いきなり彼等の前に何故か、ジンの肩パーツが落ちてくる。アスラン達でなければ、間違いなく押しつぶされていただろう。 いや、そもそもこの低重力のMSデッキでどうしてこんな風にものが落ちてくるのか。 「……まぁいい」 それよりも、問題はキラの方だ。そう判断して、アスランはクルーゼの側へと移動していく。 「キラ。隊長だけじゃなく、俺もいるだろう? 父上に頼んで、オーブの人間に関しては手を回してもらうから」 だから、顔を見せて……と訴えることにする。アスランのこの行動に、クルーゼは一瞬視線を向けてきた。しかし、邪魔にはならないと判断したのだろう。制止することはない。 「キラ、アスランもこう言っている。それとも、彼も信用できないのかね?」 その代わりというように、コクピットの中のキラに向かってさらにこう問いかけた。 『本当に、みんなに何もしない? ちゃんと、オーブに返してくれるの?』 先ほどよりも大きな声でキラが確認を求めてくる。 「もちろんだとも」 「オーブは中立だからね。ナチュラルだろうと、何もしないよ」 だから、顔を見せて欲しい……という二人の言葉が見事にハモった。その事実が、内心恨めしい。しかし、キラの前でそんなことは態度に出せないだろう。 『でも、たくさん、いるの……僕が、救命ポートを拾って来ちゃったから……』 この言葉を耳にした瞬間、アスランはぎょっとした。もし、そんなに大勢の避難民――もちろん、その原因の一端は自分たちにある――を乗せたまま足つきを落としていたらどうなるか。間違いなく、オーブまで敵に回していたことだろう。 「そうか。では、その人達を保護するためにもキラから話を聞かせてもらわなければいけないな……だから、出ておいで?」 久々に顔を見せて欲しい。 クルーゼが本当に優しい笑みを浮かべながらこう付け加えた。 その言葉に促されるかのように、ストライクのハッチが開く。それを認識した瞬間、クルーゼは床を蹴っていた。 「キラ」 言葉とともに、コクピット内にいるキラへと彼は手をさしのべる。 「ラウ兄様」 スピーカー越しではないキラの声が耳に届く。同時に、クルーゼの手にすがるようにして彼女は姿を現した。 相変わらず、華奢で可愛らしいその姿に、アスランは微笑みすら浮かべる。 「彼女が、本当に隊長の婚約者なのか?」 「マジで、可愛いじゃん」 「っていうか……あんな女の子に負けたのかよ、俺は……」 「……間違いなく、犯罪ですよ、これは」 いいのか、それで……仲間達の呟きを耳にしながら、アスランは小さくため息をつく。同時に、このセリフがキラの耳に届いていなければいいのだが、と本気で思ってしまった。 「まずは、これに着替えなさい」 言葉とともに、キラの手にザフトの軍服が渡される。だが、どんなに頼まれてもこれだけは身につけられない、とキラは首を横に振った。 「……仕方がないね。キラならそういうと思ったよ」 そちらであれば、間違いなくサイズがあったのだが……とクルーゼは苦笑を浮かべて見せた。 「では、これならいいかな?」 自分の私服だが、と言いながら、クルーゼはセーターを渡してくれる。彼のものだからスカートをはかなくても十分なくらいの着丈がある。 しかし、こんな格好で……と思わないわけではないのだ。 「それで妥協をしてもらわないと、少々強引なことをすることになるよ?」 無理矢理にでも軍服に着替えさせる……と付け加えられてはキラとしては妥協しないわけにはいかないのだ。 「……あの……」 だからといって、これだけというのは困る。せめて、アンダーだけでも何とかして欲しい、とキラは視線だけで彼に訴えた。 「それに関してはまっていなさい。後で何かを探してきてあげるが……その前に地球軍のパイロットスーツだけは脱いでもらわないとね」 見ていて不快になるから……と言う言葉には納得できる。しかし、さすがに彼の前で裸をさらすのは恥ずかしい、とキラは思うのだ。 「後ろ、むいていてくださいませんか?」 逃げ出さないから、着替える間だけでも……とキラはクルーゼにお願いをしてみる。 「キラの裸は見慣れているのだが。ご要望では仕方がないね」 「いつの話ですか!」 幼年学校の頃の話であれば、確かにそう言うことをしたかもしれない。だが、それだってもう六年以上前の話だ。今のキラには年齢相応の羞恥心だって存在している。 「どうやら元気が出てきたようだね。いいことだ」 だが、クルーゼは微笑みとともにこんなセリフを口にした。 「ラウ兄様?」 「部屋の外にいる。着替え終わったら呼びなさい」 キラの問いかけに、これだけ言い残すと、彼は優雅な動きで通路へと向かった。どうやら、ここはアークエンジェルとが違い居住区まで重力制御をしているわけではないらしい。それだけは、向こうの方が良かったな……と思いつつ、キラは手早くパイロットスーツを脱ぎ捨てた。 「シャワー、浴びたいけど……我慢しないとね」 それよりも先にしなければいけないことがある。何よりも、残してきた友人達やヘリオポリスの難民の安全を確保しなければいけないのだから、とキラは心の中で呟く。 「ラウ兄様なら、きっと、何とかしてくれるよね」 みんなのために。 でなければ、自分がここにいる理由はないのだ。こう考えながら、キラは渡されたセーターを頭からかぶった。 「……大きい……」 予想通り、それはキラの膝下まで覆ってしまう。それだけならばいい。襟ぐりが大きすぎて肩から落ちそうになるのは問題ではないだろうか。 「見るのが、ラウ兄様だけならいいんだけど……」 アスランもいたんだよね、ここに……とキラは小さくため息をつく。そんな彼がこんな格好を見たら何を言い出すかわからない、と思うのだ。 「みんなにもいろいろと説明しなきゃないだろうし……」 それはそれで面倒くさい、と考えてしまう。だからといって、何もせずに彼等を見殺しにするわけにはいかないのだ。 「……がんばらないとね……」 彼等の命は自分の肩に掛かっている。そう考えるとキラは今にも消えそうになった勇気をふり起こす。そのまま床を蹴って端末へと向かった。 「ラウ兄様」 まずは話をしよう。 そう思って、キラは外にいる彼に呼びかけた。 「何故、君たちがここにいるのかな?」 外に出た瞬間、そこに部下達の姿を見つけて、クルーゼは苦笑混じりに問いかける。 「それは……その……」 困ったように言葉を返してきたのはミゲルだ。 「キラは……」 しかし、それを遮るかのようにアスランが口を開く。 「キラは今、何を……」 そんな彼の様子は、キラの両親から聞かされていたものと代わらない、とクルーゼは心の中で苦笑を浮かべる。同時に、よくもまぁ、それを今まで隠し仰せていたものだ、とも思う。 「今、着替えさせている。さすがに地球軍のパイロットスーツではまずかろうと思うのでな」 だから、話があるのであれば、まずここで聞こうと付け加えた。 「一体、いつからキラと婚約をしていたのですか?」 次の瞬間、アスランは何のためらいもなくこう口にする。 「ずいぶんとストレートに問いかけてくれるものだな」 そんなアスランの様子に、クルーゼは苦笑を禁じ得ない。同時に、他の者達はまるで見てはいけないものを見てしまったかのような視線を彼に向けている。 「いつからと言えば……そうだな。キラが生まれたときからかな?」 キラが女の子だとわかった時点で、自分が彼女の婚約者に選ばれたのだ、とクルーゼは告げた。 「……そんな……」 「なるほど……物心付く前から、あの方にすり込みを開始していた、と……」 呆然とするアスランの背後で、ニコルがとんでもないセリフを口にしてくれる。さて、そんな彼に対しどんな報復をしてやろうか……とクルーゼは一瞬考えてしまう。 自分のことをあれこれ言われるのはかまわないが、キラの気持ちを否定されては困る、というのがその理由だ。 しかし、それを口にする前に彼の側にあった端末が小さな音を立てる。 「着替えが終わったようだな」 まずは、こちらを優先しよう。そう判断して、クルーゼは体の向きを変えた。 一方、そのころ、アークエンジェルでは…… 「どうして、キラを守ってくれなかったんですか!」 フラガが思いきりフレイにののしられていた。 「お嬢ちゃん、あのだな……」 一応、キラを連れて行ったらしいのが、その婚約者らしい。だから、とは思うが、それ以上にフラガには気にかかっていることがあった。 「キラ……って、男じゃなかったのか?」 しかし、それを口に出すつもりはなかった。だが、思わず本音が口から飛び出してしまう。 「やっぱり! キラが女の子だってわかっていたら、手を出すつもりだったんですね!」 最低! と彼女の声がさらに一段高くなる。 次の瞬間、周囲からフラガに向けられていた視線が一気に冷たいものになった。 「大尉……」 「……それは、さすがに犯罪ですぜ」 「だから、そういうことを言っているんじゃないってぇの!」 さすがのフラガも自分が《犯罪者》と言われるのには我慢できない。 「あいつが女の子であれば、あちらで不当な扱いを受けるはずがないって事だよ! コーディネイターは女性が少ないからな。それに、あっちにはあいつの婚約者を自称している奴もいるんだし!」 だから、あいつが守るだろう、とフラガは叫ぶ。 それがまた、新たな混乱を生み出したのは言うまでもない事実だった。 「……あの……僕、どうしましたか?」 周囲から視線を向けられて、キラは思わず身を縮めてしまう。できることなら、どこかに隠れたいというのが彼女の本音だった。 「キラが可愛いからだろう。気にすることはない」 こう言いながらも、クルーゼがどこからか持ってきたブランケットをキラの膝の上にかける。 「ともかく、あの艦に民間人が乗っているのは確かなのだな?」 そして、こう問いかけてきた。 「……はい……」 アスランも含めて、視線が気になってしまう。 アークエンジェルで多少は他人の視線になれることができたか、と思っていたがそうではなかったらしい。 いや、むしろ、こちらの方がきついのではないか。 それはどうしてだろう……とキラは考える。そして、すぐに自分を彼等の視界から守ってくれる人がいないからだ、と気づいた。 「……イザーク……」 もっとも、それはキラの思い違いだったのかもしれない。さりげない仕草で白い軍服がキラの前で壁を作ってくれた。 「いくらキラが可愛いからとはいえ……私の婚約者なのだがな。にらむのはやめてくれないかね?」 ただでさえ、君の視線は女の子向きではないのだから……とさりげなくとんでもないセリフを口にしたような気がするのは錯覚だろうか。 「君もだよ、ディアッカ。キラのスリーサイズを妄想するのは勝手だが、口に出すのはやめておきたまえ」 次の瞬間、アスラン達三人が、即座にその人物の頭を殴りつけたのはどうしてなのだろうか。 「……あの……」 それよりも、先にしなければいけないことがあるのではないか、ともキラは思う。 「あぁ、すまなかったね、キラ」 君を無視したわけではない、と、クルーゼは優しげな口調で言葉を返してくれた。それにキラはほっとしたのだが、他の者達はそうではなかったらしい。信じられないという表情を隠すことなく、クルーゼを見つめていた。 「だいたい何人ぐらいかね? たくさんだと言っていたが……」 救命ポートにそれほどの人数が乗り込めるのかと聞きたいのだろう。そして、そのくらいであれば別段機密にならないはずだとキラは判断した。 「……ヘリオポリスは、オーブでも新しいコロニーだから……設備も最新とは言わないまでも新しいもので……ポート一つでほぼ五十人ほど乗り込めるの。小さな子供もいたから、もう少し多いです」 それだけの人が、あの艦には保護されているのだ。 だから、撃墜しないで欲しい……とキラは言外に付け加える。 「そんなに、乗っているのか?」 脇からアスランが問いかけてきた。 「おばさま達も?」 さらに重ねられた言葉を、キラは首を横に振って否定してみせる。 「あの中にはいないから……多分、オーブ本土に」 保護されていて欲しいと言う希望を口にはしない。そんなことを言えば、彼等に余計な負担をかけるのではないだろうか、と思ったのだ。 「そうか」 ならば、ご無事だろう、とクルーゼは告げる。地球軍に利用されることもないだろうしな……という言葉には、キラは納得できないと思う。少なくとも、自分が出会った人たちは悪い人ではないように感じられたからだ。 それでも、クルーゼ達にとって見れば《敵》なのだ。 クルーゼ達にしても悪い人間ではない。 なのに、どうして戦争何かするのだろうか、とキラは小さなため息をついた。 「どうしたのかな?」 疲れたのかね? とクルーゼが問いかけてくる。 「そう言うわけでは……」 「何。私にまで遠慮をすることはない。むしろ、そうされる方が悲しいよ?」 この言葉に、アスラン達がなにやら寒そうにしているのはどうしてなのだろうか。 「話は後でもできるからね」 だが、それを確認する前に、クルーゼがこう告げる。その言葉に、キラは小さく頷いて見せた。 追い出されるようにクルーゼの執務室から彼等は辞した。それに関しては問題がない。いや、問題がないわけではないが、キラが落ち着くまで待つ必要があるだろう、とアスランは自分に言い聞かせた。 それよりも、先に考えなければならないこともあるし、とも。 「……あれ、本当に隊長ですか……」 まだ、鳥肌が治まらないと言いながら、ニコルは自分の腕をなでている。 「あのお姫さんは、当然のように受け止めていたがな」 と言うことは、彼女の前ではあれが当然の態度なのだろうか。 ディアッカの疑問も当然のものだといえる。それでも、普通気が付かないか、とアスラン以外のメンバーは考えているらしい。 「……キラは……昔から、疑うことを知らないから……」 しかも、相手はあの《クルーゼ》だ。 キラぐらいなら簡単に手玉にとれるだろう、と思う。 「真実を告げても……信じないだろうしな」 そう言う点で抜かりがあるわけがない。実際、自分たちの態度を見て、彼女はどうしてそんなことをするのだろうかというように小首をかしげていたのだ。 「そういう純粋な方だからこそ……地球軍にいいように利用されてしまったのでしょうか」 不意にニコルがこう呟く。 「難民を保護したのも……そういう理由からかもしれないな」 キラを縛り付けておくために……とイザークが口にした。 「……そうだとしたら、許せねぇな」 ナチュラルであろうと何であろうと、難民を保護するのは《義務》だ。それを利用してキラに《同胞》を攻撃させるような状況に追い込むなんて……とミゲルも眉を寄せる。 「どちらにしても、あの艦を捕縛する必要があるのは間違いないな」 その方法はクルーゼが考えるだろう。自分たちはそれを実行するだけだ、と彼は割り切ったような表情で口にした。 「そうなのですけど……」 不意に何かに気が付いた、と言うようにニコルがクルーゼの執務室のドアへと視線を向ける。 「ニコル?」 どうしたんだ、とアスランは言外に問いかけた。 「あの方、隊長の部屋で過ごされるんですよね……」 ふっと声を潜めて、ニコルがこう囁く。 「そう言うことになるんじゃないのか?」 それがどうかしたのか、とイザークは真顔で聞き返している。しかし、アスランをはじめとした他の者達には、彼が何を言いたいのかわかってしまう。 「まぁ、隊長は大人だし……」 「いくら何でもなぁ……こういう状況では、無体なまねはしないと思うけど」 「……それもうまく言いくるめる可能性は……」 ぼそぼそと三人がこんな会話を交わしていたときだ。 「誰が誰を言いくるめて、何をするというのかね?」 頭の上から、こんなセリフがふってくる。 噂をすれば影、というのはこういう状況なのだろうか。そんなことを考えて、アスラン達はその場に固まってしまった。 「是非とも、聞かせてもらいたいものだね」 そんな彼等の様子に、クルーゼはさらに笑みを深める。それが周囲にブリザードを巻き起こしていたような錯覚をアスラン達に与えていた。 そのころ、アークエンジェルではフレイの機嫌が最悪な状況まで達していた。 「……サイ……」 何とかしてくれ、と彼女の恋人であるサイに泣きついてきたのは、フラガだった。 「あきらめてください。あぁなったフレイをなだめられるのは、キラだけです」 しかし、サイはとりつく島もない。 「そして、被害を受けないのは、俺たちの中でもミリィだけです」 自分でも、下手に彼女の行動を妨げたら、最悪、入院することになる。しみじみとして口にされたセリフが、フラガの恐怖を増長してくれる。 「……ひょっとして……あの子をクルーゼんとこに送り込めば、全て解決するんじゃねぇ?」 キラも戻ってくるかもしれないし……とフラガがとんでもない考えに行き着いたときだ。 「大尉……」 背中におどろおどろしい声が投げつけられる。 「ここにいらっしゃったんですか?」 さらに重ねられた言葉が、フラガの未来を暗示していたかもしれない。 しかし、それを確認する気力は、彼にはなかった。 「本国から許可が出たからね。今日中に足つきを捕縛してこよう」 クルーゼの言葉を耳にして、キラはほっとしたような表情を作る。だが、それはすぐに不安そうなものへと変化してしまう。 「心配はいらない。民間人には、決して傷を付けぬようにするから」 だから、何も心配する必要はないのだ、とクルーゼは微笑みかけた。しかし、キラの表情は晴れない。 「キラ? どうかしたのかね?」 自分が信じられないのか、と問いかければ彼女は小さく首を横に振ってみせる。 「では、話してくれないかな?」 そっとその頬をクルーゼは手のひらで包み込む。そして、まっすぐにその瞳をのぞき込んだ。 「……友達が、ブリッジの手伝いをしているはずなんです……だから……」 ひょっとしたら……とキラは呟くように口にする。おそらく、友人達が保護ではなく捕縛されることを心配しているのだろう。 「心配はいらない。それについても配慮する」 軍人と民間人の区別が付かない自分たちではない、と微笑んでみせる。 「……それに……」 「それに?」 キラがさらに何かを口にしようとした。しかし、その言葉をすぐに飲み込んでしまう。 だが、クルーゼはキラの言葉を聞きたいと思って、次の言葉を促した。 「……地球軍の人たちもみんな、いい人だったから……」 誰も傷ついて欲しくないのだ、とキラは付け加える。それが自分のわがままだとわかっていても……と付け加える彼女は、本当に優しい子だ、とクルーゼは心の中で呟く。 「それもわかっているよ、キラ」 心配しなくていい、とクルーゼは微笑みを深める。 「捕虜に関しては、きちんと決められている。第一、アスラン達が行くのだ。彼が……そういう人間でないことも知っているだろう?」 無駄な殺戮はしない、と告げれば、ようやくキラは表情を和らげた。 「だから、安心して待っていなさい」 皆を、無事に連れてきてあげよう……とキラの髪をなでる。 「……でも、兄様達もけがをしないでくださいね……」 そうすれば、彼女はこう言ってきた。 「もちろんだよ」 どちらも大切。そう言いきれる彼女の心の広さが、好ましいのだ。 「キラが望むなら、無傷で全員を連れてきてあげよう」 この言葉に、キラは期待するようにクルーゼを見上げてくる。そんな彼女の髪をまたなでると、クルーゼは立ち上がった。 「……で、どうするんだ?」 こう問いかけるフラガの顔を、誰も正面から見ることができない。 それも無理はないだろう。 彼の顔にはしっかりと赤い線が刻まれているのだ。それがどうしてできたものか、わかっている以上、見た瞬間、爆笑してしまうに決まっている。しかし、現状ではそれは不謹慎だとしか言えないのだ。だから、極力視線をそらしている。 「このまま、戦うか……それとも、投降するか……」 逃げるという選択肢は、既に残されていない。このふたつのどちらを選んでも、かなり厳しい状況だといっていいだろう。 「……民間人が乗り込んでいる以上……無謀なことはできませんね」 ラミアスがこう口にする。 「ですが……」 「貴方の言いたいことはわかるわ、ナタル……でも、彼等まで巻き込んで自爆した……と言うことになれば、オーブはどうするかしら?」 その場に自分たちはいない。 だが、自分たちの行動のせいで地球軍の立場を悪化させるようなことはできないのではないか。そうも思うのだ。 「どちらにしても、難しい問題だよな」 この言葉を、誰も否定することができなかった。 「撃墜するな……できるだけ無傷で捕縛ねぇ……」 言うは易く行うは難し、っていうのは、こういう事か……とディアッカがぼやく。 「仕方がないだろうな。民間人を巻き添えにできるか?」 そんな彼に向かって、ミゲルがなだめるかのように言葉を返している。 「民間人巻き添えにしてあれを撃墜したとしても、不名誉にしかないからな」 こういう点では潔癖さを見せるイザークも即座に頷いて見せた。 「そうそう。可愛いキラちゃんにいいところを見せたいしな」 からかうようにミゲルがこう告げれば、そのイザークの白磁の頬が真っ赤に染まってしまう。まさかそういう反応が返ってくるとは思わなかった面々は、一瞬呆然としてしまった。 「でも、あの方は隊長の婚約者なんですよね」 素直でかわいらしい方なのに、あんな変態の……と付け加えられた言葉を、ミゲルはあえて聞かなかったことにする。 「どういう事情でそうなったのかはわからないけどな」 だが、キラの様子からすれば、クルーゼを《異性》としてではなく《肉親》と捕らえているのではないだろうか。もっとも、だからどうした……という話なのだが。 「……アスランあたりは、何とかしようと考えているらしいぞ」 というか、おそらく初恋かなんかの相手だったのだろう。必死に、クルーゼとの関係を破棄させようとがんばっているらしい。もっとも、そういうアスランにもきちんと婚約者がいるはずなのだが。 本当、どうなるんだろうな……とミゲルは心の中で付け加える。 「あちらにも、キラさんのお友達がいらっしゃるんですよね」 楽しいことになりそうです……と呟くニコルに、ミゲルはため息が出てしまう。あるいは、ないところに火種をつくるのではないか、とすら思えるのだ。 しかし、その考えが現実になるとは、この時のミゲルはまだ知らなかった。 「……何ですってぇ!」 まなじりを切り上げて詰め寄ってくるフレイの様子に、カズイはどうして、どうして自分が貧乏くじを引く羽目になったのか、と泣きそうになってしまう。 「……だから……フラガ大尉だけじゃ、この艦を守れないから……って」 ザフトに投降するかもしれない……と言う話になっているのだ、と彼は付け加える。 「キラが……向こうに行っちゃったからさ……」 さりげなく漏らしたこの一言が、フレイの逆鱗をさらに逆撫でしたらしい。 「キラが、自分から向こうに行ったと思っているわけ? あんたも!」 そんなはずがないでしょう、と彼女は詰め寄ってきた。 「でも……あちらにはキラの婚約者がいるって……」 「それを、あの子は知らなかったのでしょう!」 知っていれば、もっと違う方法だって取れたはずじゃない! といいながらフレイは身構える。 「あの子は、最後までいやだって言っていたって……ミリィが言っていたわよ?」 あんただって、それは聞いていたんでしょう……といいながらにじり寄ってくるフレイに、カズイは逃げ道を探そうとした。 しかし、どこをどう見ても、そんなものが見つかるはずはなく……そして、救い主も現れてはくれなかった。 その後、戦闘警報が鳴っても、彼の姿がブリッジに戻ってくることはなかった。だが、それに関して、誰も文句を言うものはいない。 「……まぁ、カズイだしな……」 トールのこの一言が、この状況を代弁していた。 |