「……これは……実用になるのかな……」
 回されてきた依頼書を見つめながら、キラは思わずこう呟く。
「地球軍のマザーを十基も並列して計算させれば可能だろうけど……」
 地球上の国にはどこにもそんな余力はない。
 だが、とキラは心の中で呟く。
「あれ……が今でも存在しているのなら……可能かもしれないね、この制御データーも」
 動物の脳を使ったコンピューター。
 それであれば……と思う。
 いるかの脳を使ったものは既に実用化の段階まで進んでいたはずなのだ。そして、人間のそれを使ったものも、あそこでは研究されていた。
 その中でも、コーディネイターの脳を使えば、処理能力は飛躍的に跳ね上がる。
 こんなセリフとともに切り刻まれ、脳を取り出された者もいたことをキラは覚えていた。
 自分もいずれああされるのだ、とも考えたことは一度や二度ではない。
 だが、そんな風にコーディネイターを《消費》していては、いずれ足りなくなる。第一、一つの仕事に縛り付けてはもったいない……と言うことで、脳を取り出すのではない方法をとろうとしていたらしい。
 その研究がどこまで進んでいたのかを、キラは覚えていなかった。
 ただ、それで自分が切り刻まれずにすんだことだけは記憶している。適正値が一番高いから、完成してから使うのだと。だから感謝するがいいと言われて、反発を感じていたことだけは事実だった。
 それでも、生きていられることに感謝していたことは事実。
 それが仲間達の《死》の上に成り立っていたものでもだ。そのおかげで、自分はフラガと出会うことができたのだから。
 それに、とキラは心の中で呟く。
「ムウさんが言っていたよね……あれのデーターは全て破棄されたって……」
 彼の言葉に嘘はないはず。
 だから、きっと、あれではない。動物の脳を使ったものか、あるいは現存しているホストコンピューターをかき集めて使うための制御システムなのだろう。
 キラは自分に言い聞かせるように心の中でこう呟く。
「だとするなら……これのレベルは下げておいた方がいいよね……」
 でなければ、負担が大きすぎる。多少処理能力は遅くなるが、それでも気になるほどではないだろう。
 いや、その差に相手が気づくかどうか。
 それでも、確実にホストにかかる負担は減るはずだ。
 だから、かまわないだろう……とキラは判断をしてそのまま作業を進めることにした。
 それに、と小さく心の中で呟く。
 このまま没頭していても、時間が来ればアスランか誰かが呼びに来てくれるし……とキラは苦笑を浮かべる。それが最近、アスランの一番の仕事かもしれないね、とも。
 昔は、フラガがその役目をしてくれていたような気がする。
 ふっとそんなことを考えてしまうのは、きっと、彼のことを思い出していたからだろう。
 だが、彼の存在を思い出すだけで、胸が少しだけ痛む。
 それを忘れたくて、キラは目の前のプログラムに意識を集中させた。

「……それは、本当ですか?」
 そのころアスランはバルトフェルドのところにいた。
「残念だがね……確率は高いよ」
 厄介なことにね、とアスランの問いかけにバルトフェルドはため息をついてみせる。
「どうやら、ブルーコスモスの残党――と言っていいのかどうかはわからないがね――はキラ君を手にしようとしているらしい。そのねらいは……あえて口にしなくてもわかっているね?」
 わからないはずがない、とアスランは思う。
 またキラを自分たちに都合がいい存在にしたいだけなのだろう、連中は。
 だが、とも思う。
「キラのマインドコントロールは……解けたのではないのですか?」
 だから記憶を取り戻したのだろうし、あの時、ナチュラルのためだけではなく、全ての者達のために戦ったのではないか。
 第一、キラの側には自分たちがいることもわかっているだろう、と思う。
 それなのに、どうして連中は《キラ》を必要とするのだろうか。
「その件だがね……」
 ふっと思い出した、と言うようにバルトフェルドが口を開く。
「完全に解けているのかどうか……わからないそうだ」
 苦々しさを隠しきれない、という口調で告げられた言葉に、アスランは目を見開いた。
「……そんな……」
「バナディーヤ時代、僕の部下にもいたのだがね……彼は普段は何事もなく働いてくれた。そして、ドクターも心配はいらないと太鼓判を押してくれてはいた。だが……ナチュラルにはどうしても銃口を向けられなかったのだそうだよ」
 そうしようとすると、呼吸ができなくなるとまで言っていた……と彼ははき出す。
 マインドコントロールの影響は残っていない、という話なのに、だ。
 ドクター達も原因がわからなかったのだ……とさらに付け加える。
「ですが、キラは……」
「あの場には、アークエンジェルのクルー達もいたからね」
 彼らはナチュラルだろう……とバルトフェルドは微笑む。
「何よりも……フラガ氏の存在が大きかったことは否定できないだろうね」
 彼の存在があったからこそ、キラは安定していたのだろう……という言葉は、真実かもしれない。だが、それはアスランにとっては認めたくない事実でもある。
「アスラン君?」
 いったいどうすれば、キラの心の中からフラガの存在を消せるのだろうか。
 アスランがそんなことを考え始めたときだ。バルトフェルドの冷静な声が届く。
「……なんでしょうか……」
 それに慌てて意識を切り替える。
「わかっていると思うが……キラ君には悟られないように」
 そのために、自分も疑わしい依頼でもキラに回しているのだし……と彼は付け加えた。
「わかっています」
 キラが知れば、間違いなく自分たちを巻き込むまいと考えるだろう。最悪の場合、自分たちの前から姿を消すかもしれない。
 それだけはさけなければいけないだろう。
「ならばいい。できるだけ側にいられるよう、仕事を調整しておくからね」
 この言葉に、アスランはしっかりとうなずいて見せた。