「つきあって頂けますかな?」
 久々に顔を出した男が、にこやかな口調でこう声をかけてくる。
「俺に拒否する自由がある、とは思えないがな」
 自分に与えられた自由は、この室内でキラの映像を見つめることだけだ、とフラガは心の中で付け加えた。もっとも、それは相手にはしっかりと伝わっているだろうが。
「そうおっしゃらずに」
 フラガの不安を払拭できるものがあるのだ、と彼は笑う。
「……俺の不安?」
 そんなもの、たくさんありすぎるぞ……とフラガは心の中で呟く。特に、キラに関することなら不安だらけだ、とも。
「その中でも、最大の不安は……我々があの子供をどうするか、でしょう」
 低い笑い声とともに彼はこう問いかけてくる。
「否定しないな」
 どうせばれていることだし……とフラガは言葉を返す。
「我々にも慈悲はありますよ。それに、協力者は大切にするものですしね」
 たとえ、それが《コーディネイター》であろうとも……と口にする声にも、どこかあざけりの感情が隠れているような気がしてならない。
「……ともかく、おつきあいください」
 そうして頂ければ、納得して頂けますよ……と男は笑う。
 仕方がないというように、フラガは男に近づいて行く。そうすれば、男は満足そうに歩き出した。
 それをどこまで信用してもいいのだろうか。
 だが、つきあわないうちは男もあきらめないだろう。
 それに、とフラガは心の中で呟く。本当に自分の不安が解消できるようなことを男が提案してくるのであれば、あるいは……とも思うのだ。
 キラを手元に連れてくる。
 自分だけを見て、自分だけに頼るようにさせたい。
 そうすれば、もう、他の誰かに取られることを心配しなくてすむだろう。そこで自分はようやく安心できるのではないか。
 そんなことすら考えてしまう。
 ただし、それを《キラ》が望むのであれば……と。
 それとも、こいつらはそれすらも強引に物事を進められるすべを持っているのだろうか。
 男の護衛らしい連中に取り囲まれて歩きながら、フラガはこんなことを考えていた。そんな方法があれるのであれば、自分は誘惑に勝つことができるだろうか、と。
 今ですら、いつ、自分が自分の欲求をキラの気持ちよりも優先してしまうかわからない状況なのに、と。
 もっとも、フラガがまだそれをかろうじて抑えられているからこそ、この男達はこうして、自分に何かを見せようとしているのだろう。
 それを見せれば、あるいは自分がおとなしくこいつらの思い通りになると考えているのかもしれない、とフラガは判断した。
 だが、それはいったい何なのだろうか。
 それに対する好奇心がないとは言わない。
 しかし、それを知ってはいけないような気がしていることも事実だ。
 それでも、フラガを含めた者達は目的地へと近づいていく。
「……そう言えば、貴方は以前、これと同じものをごらんになったことがあるはずですね」
 ふっと立ち止まった男が、意味ありげな口調でこう告げてきた。
「見たことがある?」
 それは何なのか、とフラガは思う。ただ、確実なのはMSやMAのコクピットではない、と言うことだろう。どう考えても、ビルの一室にそんなものを持ち込めるはずがないのだ。
 もっとも、シミュレーターだという可能性は否定できないが。
 自分の気持ちを落ち着かせるためにこんなことを考えながら、フラガは男に続いて部屋の中に足を踏み入れた。
 その瞬間、視界に飛び込んできたものに、フラガは凍り付く。
 確かに、それには見覚えがある。
 いや、忘れられないという方が正しいのか。
 今フラガ達の目の前にあるのは、エデンで使われていた洗脳装置だったはず。キラもこれでナチュラルに対する忠誠心と言ったものを強引に刷り込まれたはずだった。
 しかし、と思う。
 これらの実物はもちろん、データーも地球軍によって破棄されたはずではなかったか、と。
 だが、と思い直す。
 地球軍の上層部はブルーコスモスによって掌握されていた。データー上は破棄されたことになっていても、実際にはそうでなかった可能性もあるのではないか。
「……誰かが、隠蔽したってことか……」
 サザーランドあたりだろうか、それは……と推測しながらも、フラガは厳しい表情を崩さない。
「どうやら、覚えていらっしゃったようですね」
 男は満足そうな表情でうなずく。
「これがどれだけ安全な代物か、貴方もご存じのはずでしょう?」
 少なくとも、ナチュラルの敵に回らなければ……という言葉は真実かもしれない。だからといって、うなずくことができるか、というと答えは《否》だろう。これも、キラの意識を縛ってきた原因の一つなのだから。
「あれから研究も進みましてね……その気になれば、特定の存在だけに縛り付けることも可能なのですよ」
 もちろん、普段はそれを自覚させるようなことはない。ある意味、恋人同士がお互いに対する信頼感を抱いているかのように、と。
 ただ、最終的にその存在を裏切れなくなるだけだ……と男は説明をする。
「それを、俺に信じろ、と?」
 もし、それが真実であれば、キラはかならず自分を選んでくれる……と言うことだ。それは自分の欲望を叶えるために十分以上の働きをしてくれるだろう。
 だが、本当にそんなことができるのか。
 それは口だけで、実は……という可能性も否定できないのだ。
「そうですね……何でしたら、実験してみましょうか?」
 それで納得をして頂いたら、あの子供を連れてくればいい。その時には、貴方に対する思いを刷り込んであげましょう……と悪魔の囁きを男は漏らす。
「……あいつに、何をさせたいんだ……そこまで、手間をかけて……」
 キラを戦いに引き戻すことはしたくない。
 もう、あんな悲しげな表情を見るのはいやなのだ、とフラガは必死に踏みとどまろうとする。
「それは、今は申し上げられませんね。そうですね……あの子供達をMSのパイロットとして一人前にしてくれたとき、教えて差し上げましょう」
 こう言いながら、男は視線を動かす。それにつられたように視線を向ければ、カプセルの中に入った少年が二人確認できる。
「本当はもう一人いるのですがね……あの子はちょっと精神が安定していないので、そのうちに」
 暇つぶしにお願いします……と口にしながらもその口調はフラガに断らせるつもりはないと教えてきた。
 そして、それが終わる頃にはフラガがその気になると確信しているようでもある。
 フラガにそれを断る口実は見つけられなかった。