「……さて……どうしたものかね」
 仕事の依頼について調べていたバルトフェルドが小さな声で呟く。
「どうかされましたか?」
 それを聞きつけたのだろう。連絡のために足を運んでいたキサカがこう聞き返してくる。
「いやね。ここしばらく頻繁に仕事を回してくれるお得意様、がいるんだけどね」
 こう口にしながら、バルトフェルドは器用に片手だけでキーボードを操作していく。
「何故か、少年ばかりに依頼が偏っているのが気になって裏を探っていたらとんでもないものに行き着いてしまった……と言うことだよ」
 そして、その後でキサカにモニターを指さした。バルトフェルドの肩越しに彼は映し出されたデーターをのぞき込む。
「……これは……」
 次の瞬間、彼が息をのんだのがわかった。
「さすがにね……頭をつぶした程度ではなくならない、とは思っていたが……」
 ここまで短期間で組織を整え直すとは……とバルトフェルドがどう猛な笑いとともに告げた。だが、キサカの驚愕はそれだけが原因ではなかったらしい。
「これを調べたのは、いったい……」
「あぁ、うちのメンバーだよ。少年以外のね」
 あの子供には知らせられないだろう……とバルトフェルドは眉を寄せる。
「彼でなくても、これだけのことを調べ上げられるのですが……」
 では、オーブの情報部など、赤子のようではないか……と彼は付け加えた。
「……ここだけの話だがね」
 そんな彼に向かって、バルトフェルドはほんの少しだけ苦笑を浮かべる。
「カナーバ議長のお力も借りている。つまり、ザフトの最高メンバーが極秘で調べてくれたのだよ」
 最後のつめは……と告げれば、キサカも納得をしたというようにうなずいて見せた。
「そう、ですな。彼の立場を考えれば……それは当然のことです」
 自分たちでも協力を求められればそうしただろう。キサカはこう付け加えた。
 キラ・ヤマトはそれだけ重要な人物なのだ。
 戦争を終わらせるために尽力を尽くした、というだけではない。現在、プラントとオーブの中軸となっている者達の精神的な支え、としても、だ。
 それだけではない。
 今となってはバルトフェルドだけが知っているあの少年のうちに秘められた秘密。
 それは、現在の人々には無用とも言えるものかもしれない。だが将来、かならず必要となるときがくる。特に、プラントにいる同胞たちには、だ。
 それがなくても、自分はあの少年を守るために全力を尽くすだろう。
 今はこの世にいない《友》との約束のために。
 何よりも、自分があの少年を気に入っているから……と。
 彼が失ったものを取り戻してやることはできないが、その代わりになるものだけは惜しみなく与えてやりたい、と思うのだ。
「だからこそ、あの子を連中に渡すわけにはいかない。
「それでも、仕事をえり好みしているわけにはいかないからねぇ」
 そんなことをしていたら仕事が入らなくなってしまう……とわざとらしいため息をついて見せた。
「本来であれば、どこかの保護を受けてもらえばいいのでしょうが……」
 キラがそれを望まないことはわかっている、とキサカはため息をつく。そんなことをすれば、それこそ、あの子供はこっそりと姿を消すだろう、とも。
 それでは意味がないのだ。
 キラを守ることが自分たちの最大の望みなのだから……と言うのは、この場にいないものも含めて、全員に共通した認識でもある。
「……しばらくは、一人で行動させないようにするよ。もっとも、僕が命じなくても、アスラン・ザラがぴったりと側に付いているがね」
 本当に可愛いよ……とバルトフェルドは笑う。それに同意をするべきかどうか、キサカは悩んでいるらしい。
 久々に遠慮なく相手をからかうことができて、少しだけだが気分が良くなったバルトフェルドだった。

 ほとんど定期便になっているキラのデーターが今日もまたフラガの手元に届く。
 条件反射のようにそれを再生しかけて、フラガは眉を寄せた。
「……これは、盗撮か?」
 そうは言っても、今までも盗撮と言えば盗撮だったのだ。だが、それでもキラのプライベートに関するデーターはなかったと言っていい。
 だが、どう見てもこれはホテルの一室だろう。
 そこにパジャマ代わりのシャツを着たキラとアスランの姿があった。
『俺があがるまでに、ちゃんと髪を乾かすんだぞ』
『……わかっているよ……』
 この会話に、思わず笑みがこぼれ落ちてしまう。相手がアスランだ、と言うことは気に入らないが、自分が彼と交わしていた会話と変わらないのだ。
 そのまま、アスランは備え付けのバスルームへと姿を消す。
 彼の姿が視界から消えたところで、キラは小さくため息をついた。
 言われたとおりにタオルに手を伸ばすのか。
 そう思っていたのに、少しも動く様子を見せない。コーディネイターであれば風邪をひく可能性はないとは思うが、だからといって、あまりうれしくない……とフラガ考えたときである。
『……ムウさん……』
 キラが泣きそうな声でこう呟いた。
『僕は……』
 その後の言葉はフラガの耳には届かない。それでも、フラガにはそれが何であるのかわかったような気がした。
 もし、自分が側にいれば、すぐにでも側に行って抱きしめてやれるのに……とは思う。
 しかし、現状は不可能だ。
「……キラ……」
 キラにとって、自分の側にいることが幸せなのだろうか。そう考えないわけではない。
 だが、まだあの男達を信用できない……というのもまた事実なのだ。
「……俺は、どうしたらいい?」
 目の前で、キラがころんとベッドに横になったのわかる。そのまま、彼は眠ってしまったらしい。
 それとほぼ同時に、アスランがバスルームから姿を現した。
 キラの姿を見て、彼も苦笑を浮かべている。それでもキラを起こすことなく、そうっと布団を掛けてやった。
『……キラ、俺は……お前だけを、愛しているよ』
 そして、囁きとともにキラの頬にキスを落とす。その程度であれば、まだ我慢できる。
『……ムウ、さん……』
 自分の夢を見ていてくれたのだろうか。キラがふわりと口元をほころばせると小さな声で呟く。
 だが、アスランにはそうではない。それを耳にした瞬間、彼の表情がこわばる。
『いい加減、キラを解放してくれませんか?』
 忌々しいというように彼は口を開く。
『だから……俺は貴方が嫌いなんです』
 さらにこう付け加える。
「奇遇だな……俺もだよ」
 それにフラガはこう言い返してしまった。