懐かしい声が聞こえた。そんな気がして、キラは振り向く。 「どうしたんだ、キラ?」 それを目にしたのだろう。アスランが問いかけてくる。 「ごめん……誰かに呼ばれたような気がしたから……」 気のせいだったみたい……と付け加えつつも、キラはさらに周囲を見回す。 その声が、自分が一番聞きたいと願っているものによく似ていたのだ。それは二度と聞くことができないとわかっていても――そして、よく似ていたとしても《彼》出はないのだ、とわかっていても――もう一度その声で自分の名を呼んで欲しい、とキラは思う。 自分にとって、その声の主は未だに忘れられない存在なのだ。 いや、そんな言葉では言い表せない。 彼がいたからこそ、自分はここにいる。そして、彼の最後の言葉がいまでも自分に生きることを選択させているのだ。 でも、と思う。 「もう一度、貴方に会えたらいいのに……」 そうすれば、この心の隙間が埋まるのではないか。キラはそう思う。 確かに、アスランをはじめとした者達は、キラの心の隙間を埋めようと努力してくれている。中でもアスランは、自分のことよりもキラの気持ちを優先してくれていた。それに関してはとてもありがたいと思う。 それでも、だ。 自分はどうしても彼を《親友》あるいは《家族》としてしか見ることができない。彼が自分に向けてくる《恋情》すら苦しいと思うほどだ。 別段、彼の感情が変わったわけではない。初めて思いを告げられたあのころは、そこまで感じていなかったのだから。 いや、それを考えるだけの余裕がなかった……と言うべきなのかもしれない。 あのころのキラの思考をしめていたのは、戦争を終わらせること。そして、自分自信の上に降りかかっていたあれこれを理解し、受け止めることだけだった。 エデンと呼ばれた場所で自分がされたことだけでも衝撃的だったのに、その上を行くような事実をあの男に突きつけられた。 それを受け止めるだけでも崩れ落ちそうになっていた。 そんな自分を支えていてくれたのがフラガだったことは否定でいない。 あるいは、とキラは心の中で呟く。 自分がどのような選択をしていたのだとしても、アスランは受け入れてくれる……と考えていたのだろうか、自分は。 それは、自分が彼に甘えていたという証拠かもしれない。 今も、中途半端な距離を保ちつつ、こうしているように……と。 「……アスランは嫌いじゃない。でも……」 その後の言葉をキラは飲み込む。 口に出しても、意味はない……とわかっているのだ。 たとえ口に出しても、その願いは叶えられるはずがないのだ、とも。 それでも願わずにはいられない。 夢でもいいから、もう一度彼――ムウ・ラ・フラガにあわせて欲しいと。 だが、それを口に出すことは許されない。そんなことをすれば、アスランをはじめとした者達に心配をかけてしまうだろう。 自分のせいで、これ以上彼らに負担をかけてはいけない。 そう考えている自分をフラガが知れば、どうするだろうか。ここまで考えたときだ。 結局、自分の思考は彼に向いてしまうのか。 それが、ひな鳥に刷り込まれた感情と同じものだとしても、自分にとっては大切なものだった。こう考えて、キラは悲しげな笑みを口元に刻んだ。 「……俺をどこに連れて行く気だ?」 フラガは周囲を見知らぬ男達に囲まれていることを忌々しく思いながら、こう問いかける。 「あそこでは、もう貴方の治療はできませんのでね。より高度な治療ができる場所に移動して頂こうかと」 だが、それだけが理由ではないだろう。 裏に何か潜んでいることはわかっていた。だが、それが何であるのかまではわからない。 だが、今の自分にはそれに逆らうことはできないのだ。 どういう思惑を隠しているかはわからないが、命を救ってもらったことだけは間違いようがない事実なのだから、と。 だからといって盲目的に信頼する気になれないのは、目の前の相手の正体がわからないからだろうか。 そう思いつつもフラガはまだ完全に自分の思い通りにならない体を引きずってエアポートの通路を歩いていく。 それにしても……と心の中でフラガは呟いた。本当にこの男は何者か、と。彼らが今通っている通路は、一般の乗客が使用する場所ではないのだ。 フラガも地球軍時代に何度か通ったことはあるが、それは地球連合の要人の護衛だったときだ。 つまり、目の前の男はそれと同等の地位にある……と言うことだろう。 だが、フラガの記憶の中に目の前の男の顔はない。 最も、先の戦争であちらこちらの上層部で頭が入れ替わっていたはずだ。そんなメンバーの中の一人だとするのであれば、知らなくても無理はないのか、と。 同時に、それはあの組織にも言えることだな……とフラガは思う。 そして、そうであるのであれば、全てのつじつまがあうのではないかと。 「おや?」 その時だ。 不意に男は足を止めると階下にある一般用の通路へと視線を落とす。 その行為につられるようにフラガも視線をそちらへと向けた。次の瞬間、それは驚愕に見開かれる。 「……キラ……」 思わず唇から言葉が漏れた。それは、本当に囁き程度のものだったのではないだろうか。 それなのに、どうしてキラは気づいてしまったのだろう。 あるいは、ただの偶然なのかもしれない。それでも、彼は周囲を確認するかのように視線をさまよわせている。それは、迷子が親を捜しているときの様子によく似ていた。 「……まさか……」 このタイミングを見計らってこの男は自分をここに連れ出したのだろうか。その可能性は大きいだろうな、と心の中で付け加えた。 連中にしてみれば、キラの行動を調べ上げることぐらい簡単だろう。 あるいは、わざと仕事を与えてこの場に足を運ばなければならないようにしたのかもしれない。 そうは思っても、実際のキラの側にいられる……というのは何とも言えない喜びと苦しさを感じる。決して声をかけるわけにはいかないのだ。 その事実が悔しい……と思ったときだ。 キラの側に歩み寄ってくる人影が確認できた。それが誰であるのか、特徴的な髪の毛の色からわかる。 それを認識した瞬間、フラガの心の中を飛来した感情は何なのだろうか。そして、そんな自分を見つめながら男がほくそ笑んでいたことに、フラガは気づいていなかった。 |