どうやら、男は本気で言ったらしい。あの時の言葉通り相手はフラガに《キラ》のデーターを送りつけてきた。それは、自分たちが約束を違えないという証なのだろうか。
「どちらにしても……キラの姿を見られるのはうれしいか……」
 目の前のモニターに映し出されたキラは元気そうだ。
 だが、時々親に捨てられた子猫のような表情を作るのは、自分のことを思い出しているからだろうか。
「飯、食ってんのか、坊主は……」
 少し、やせたように思える。
 それとも、背が伸びたのだろうか。
「……マードックが脇にいるからか……」
 彼の方は相変わらずだ。何かを確認しあっている様子はほほえましいとすら思える。それは、マードックの方がキラを心配しているとわかるからだろうか。
 アークエンジェルでもそうだった。
 彼だけは、キラが何者であろうともかまわない……という態度を貫いてくれていた。しかも、そこにあるのは純然たる好意だけ。彼がキラに向ける感情で一番近いのは、父親のそれかもしれない。
 だからだろうか。
 彼がキラに触れようと何をしようと、安心してみていられるのは。
 そして、バルトフェルドにも同じことが言える。
 彼がキラをかまうのは、自分が頼んだからだろう。同じ痛みを知っている者として、そしてキラの状況を冷静に認識できる者として万が一のことを考えて選んだのだ。
 もっとも、これからどうなるかわからない……というのも本音だが。しかし、彼の場合、キラよりもラミアスの方が気になっているらしい……と思う。それならそれでかまわないのだが……と心の中で呟いた。
「しかし……ジャンク屋……とはね」
 確かに、無難かもしれないが、キラにはいいのかどうか。
 だからこそ、マードックが一緒にいるのかもしれないが。
「マリューあたりも、その点を心配しているんだろうな」
 あるいは、オーブにいる二人のお姫様か。
 どちらにしても、キラが周囲に愛されていることだけは間違いようのない事実だろう。
 それでも、彼の口元に浮かぶ微笑むからは、悲しさが消え去らない。
 それは、自分が彼の側にいないからだろうか。
「……俺は……」
 寂しいのは、自分も同じだ……とフラガは心の中で呟く。だからといって、キラを手元に呼び寄せることは彼の未来をつぶすことになりかねないのだ。
「どうすればいいんだろうな、キラ……」
 だが、こういう状況だからだろうか。
 フラガの内で焦燥感のみがふくらんでいく。
「お前を……あきらめられれば、一番いいんだろうが」
 それは不可能だ、と彼の心の中で叫ぶ者がいた。キラのためにはそれではいけないとわかっていてもだ。
 答えはまだ、見つからなかった。

 バルトフェルド達の実力は、ゆっくりと広まっていく。
 それは当然のことだろう、とキラは思う。実際、自分以外の者達は一人一人でも十分に仕事をこなせるだけの実力の持ち主なのだから、と。
 それに仕事が来なければ、困るのは自分達なのだから、嫌でも頑張らないわけには行かない。
 しかし、それがこういう弊害を産むとまではキラも想像していなかった。
「……アスラン……」
 キラは自分の目の前にいる人物が信じられない、と言う表情を作る。
「やっと、見つけた」
 一方、アスランはこう言いながらゆっくりとキラに近づいて来た。
「誰も、俺にはキラの居場所を教えてくれなくてね……噂だけを頼りに捜していたんだ」
 ジャンク屋に、新参だけど、もの凄く腕が立つ連中がいると聞いて、その中にキラらしい人間がいると知ってその行方を追いかけてきたのだ、と彼は微笑む。
「……どうして……」
 キラにしても、彼らが今どうしているか、を知らなかったわけではない。アスランとラクスはプラントの復興の為に働いている、とニュースでは告げていたのだ。そして、そのまま彼らは表舞台で平和の為に尽力をするだろうと。
 しかし、その後に続くはずだったキラの疑問は、全てアスランの胸へと吸い込まれてしまう。
「もっと早く、キラを捜し出して合流するつもりだったんだけど……後始末がなかなか終わらなくて……」
 穏やかとも言えるアスランの声がキラの耳に届いた。
「……アスラン……」
 後始末、と彼は口にする。だが、それだけではなかったはずだ。少なくとも、彼を必要としている人が大勢いたはずだと。
「僕は……」
 彼から逃げたのに、どうしてこんなに優しい声をかけてくれるのだろうか、ともキラは思う。
「……キラが何から逃げたかったのかは知らないし、知りたくない。でも、生きていてくれて、ありがとう」
 だが、そんなキラの気持ちを読み取ったかのように、アスランはこう囁いてくる。その言葉に、キラは思わず泣きだしたくなってしまった。
「ねぇ、キラ」
「……何?」
 それを必死に押し隠しながら、キラは彼に聞き返す。
「あの時の約束……って、まだ有効かな?」
「……あの時の、約束?」
 ひょっとして、自分がフラガの言葉で生きる事を選べたかのように、彼も自分との約束を果たすために生きてきてくれたのだろうか。
 キラは何の脈絡もなくそう思う。
「……親友から、やり直そうって、あれ……」
 そのためには、俺がキラの傍にいないとダメだろう? と言いながら、アスランはキラの髪へと指を絡めてきた。
「俺には、キラしか残らなかったんだ……キラが、まだあの人を好きでも構わない。いや、あの人が好きなキラも好きだから……だから、俺にチャンスを与えて欲しい……」
 この言葉に、キラはアスランの腕の中で小さく頷く。同時に、今まで堪えてきた涙がその頬を濡らしはじめる。
「……キラ……」
 泣くんじゃないって……とアスランが困ったように口にしてきた。
「だって……」
 そんな優しい言葉をかけてもらえるとは思わなかった、とキラは呟くように告げる。それに、アスランは苦笑を返してきた。
「……ゆっくりと、進んで行こう、俺達は……」
 そして、傷を癒していこう、と囁く。
「うん……アスラン……」
 そのまま、キラはいつまでもアスランに抱きしめられていた。