デュランダルが来ているからだろう。カガリ達はとても忙しそうだ……とキラは思う。それこそ、自分たちがこんなにのんびりしていていいのか、と思うほどに、だ。
 しかし、自分たちができることは何もない。
 いや、できるとすれば彼等の邪魔にならないことだけかもしれないな……と心の中で呟いたときだ。
「キラ」
 ラクスの声が耳に届く。
「どうしたの?」
 彼女もカガリに勝るとも劣らないくらい忙しいはずなのに。
 そう思いながらキラは腰を上げた。ともかく、座ってもらうぐらいはしないと……とそう考えたのだ。
「こちらが、貴方に会いたいと言い出しましたの」
 何かいたずらを思いついた子供のような表情で彼女は近づいてくる。その後をもう一人の少女がついてきた。だが、その顔を見た瞬間、キラは思わず目を丸くしてしまう。
「ご紹介しますわ、キラ。プラントで私の代わりをしてくださっていたミーアさんです」
 今回も、彼女が《ラクス・クライン》としてオーブを訪問してくれていたのだ、とラクスは微笑む。もっとも、ここしばらく表に出ていたのはそう言っている彼女の方であることもキラは知っていた。
「……ディオキアのコンサートの……」
「見てくださったんですか、あれ! はい。あれは私です!」
 嬉しそうにミーアがこう口にする。
「そうなんだ……ラクスの曲を歌っていなかったら、凄く素敵だったと思ってたんだ」
 ラクスが歌っていた歌だから、逆に違和感を感じてしまったのだけど……とキラは申し訳ないと思いながら付け加えた。
「それはいいんです。っていうか、それを狙いにしていたんです、あのコンサートは」
 それに引っかかったのだろうか、自分たちは。
「でも、キラさんはやっぱり私とラクスさまをちゃんと別人だ、って認識してくださったんですね」
 そちらの方が嬉しいのだ、とミーアは口にする。その押しの強さはラクスやカガリとは違うが、同種のものを感じさせた。
「ともかく、座らない?」
 お茶ぐらいなら、用意してあげるよ……とキラは慌てて口にする。
「では、遠慮なく。少しぐらいの息抜きなら、皆さん、許してくださいますでしょう」
 ミーアさんもご一緒に……と告げるとラクスはソファーへと腰を下ろした。そこは既に彼女の定位置となっている。その隣にミーアはちょこんと腰を下ろす。
「でも、今日はどうしたの?」
 フラガ達は先ほど検査のために出かけた。多分、後一時間は帰ってこないだろう。ラクスであればそれを知っているはずだ。それとも、彼らのいない場所でなければできない話なのだろうか。
 そんなことを考えながら、キラは手早くお茶の用意をする。
 ポットと人数分のカップをお盆にのせながらキラはラクス達の元へと戻った。
「カガリが議長と話し合いをされているのですわ。私の方はその間何も予定がありませんので、久々にキラとお話をしたかったのですわ」
 ご迷惑だったでしょうか……とラクスは小首をかしげる。
「そんなことはないけど……」
 だったら、せめてもう何人かを連れてきてくれればいいのに……とキラは心の中で呟く。その方が、変な誤解をされずにすむのではないか、と思うのだ。
「第一、キラがここにいるのはキラの安全のためでしょう?」
 そのキラに自分が会いに来て行けないわけがないだろう。ラクスはこう言って笑う。そう言いきれる強さがまぶしいな、とキラは心の中で呟く。
「まぁ、他にも理由はありますけど」
 くすりとラクスは笑いを漏らす。
「……アスラン、ですか? ラクスさま」
 どうやら思い当たる節があるらしい。ミーアがこう問いかけている。
「アスランが……どうかしたの?」
 そう言えば、彼は一度もこちらに顔を出していない。それはカガリ達が止めていたからだ……と思っていたが、別の理由もあるのだろうか。キラはそう考えて不安になった。
「いろいろと、悩んでいらっしゃいますのよ。私たちの言葉だけではわからなかったことが、この場に来て伝わったのでしょうね」
 それに、とラクスは小さなため息をつく。
「こう言っては何ですが……ようやく、キラが戻ってきてくださいましたでしょう? ですから、アスランも少しは頭が冷えたようですの」
 彼女の言葉を耳にしながら、キラは取りあえず紅茶をカップにつぎわける。
「……そうなの?」
「そうですわ。まぁ、アスランも、今、お仕事は考えるぐらいしかないのですもの。もっと悩めばよろしいのですわ」
 でなければ、全てはもっと簡単に終わったのではないか。ラクスはこう言い切る。
「……ラクス」
「よろしいのですよ、キラ。アスランの前髪が少々後退しようとも。でなければ、あの方はいつまでもあのままですわ」
 ここできっちりと悩んでそれを解決すればいい。そうすることで、きっとアスランは成長できるだろう。
 ここまでいわれてようやくキラはラクスの真意がわかった。
 確かに、アスランは自分以外に目を向けた方がいいのだ。それが彼だけではなく他の人たちのためにもなるだろう、とキラは思う。
「そうだね……僕のことに捕らわれていない方が……アスランのためにはなる」
 だから、自分のことなんて忘れてくれていいのに……とキラは心の中で付け加える。
「ところで、キラ」
「何?」
 ラクスの問いかけに、キラはほとんど無意識に言葉を返す。
「貴方にとって《アスラン》とは、どのような存在ですの?」
 教えてくださいませんか? とラクスは微笑む。
「僕にとっての、アスラン?」
 しかし、どうして彼女がそれを聞きたがるのだろうか。キラにはそれがわからない。
「そうですわ。これからいろいろと決めなければなりませんでしょう? その時の参考にさせて頂きたいのですわ」
 キラがフラガと一緒にいたいというのは大前提だろうが……とラクスは言い切る。
「……ラクス?」
「必要であれば、アスランが二度とこちらに来られないようにした方がよろしいでしょう?」
 そういう問題なのか、とキラはため息をつく。
「僕の答えは……いつでも同じなんだけど……」
 そのまま、はき出すように言葉を口にした。
「アスランは、親友で……大切な《家族》なんだ」
 自分の中では、とキラは付け加える。アスランは違うかもしれないけれど……とも。
「それ以上の関係にはなれない。でも、それ以外の存在にもならないんだ、僕の中では」
 フラガとは違う。
 もちろん、ステラ達ともだ。
 そう言った意味では、今でもアスランは自分の中で特別な存在だと言える。
「どうして、それじゃダメなのかな?」
 キラの呟きに、ラクスは微笑んだ。
「だ、そうですわよ、アスラン」
 そして、その表情のままこう口にする。
「え?」
 アスラン、とキラは顔を上げた。そのまま、ラクスの視線の先へと顔を向ける。
 そこにはハイネやシン達と共にアスランが立っていた。