本来であれば、キラを《システム》につなぐべきなのか。
 だが、どうやら何か不具合が出たらしい。そして、ステラの一件もある。彼の存在が、彼女の安定に大きく関わっているらしい。だから、今回はキラを眠らせる必要はなかった。
「まぁ……俺としてはありがたいことだがね」
 もう二度と、あのすみれ色を見られないかもしれない。そんな恐怖を味あわなくてもすむからだ。
 だが、逆に言えば《キラ》の《能力》を直接使えない、ということでもある。
「まぁ、何とかなるだろう」
 あの三人も、実戦経験を積んだことだし……それに、今回は自分出撃するのだ。オコサマ達のフォローは十分可能だろう。そして、こちらのことはクルーに任せておけばいい。
「……ネオさん……」
 そう考えたときだ。
 背後からおずおずとした声がかけられる。
「どうした、キラ?」
 きっと、不安そうな表情をしているのだろう。そう思いながら振り向けば、予想通りの表情をした彼の姿が確認できた。
「パイロットスーツ、は?」
「大丈夫だ。そんなものがなくても、俺はちゃんと戻ってくる」
 キラを一人にしない、と約束しただろう? と付け加えながらそっとそのほほにキスを贈る。
「……不安なら、寝ているか?」
 そして、ふっと思いついた、というようにこう問いかけた。
「キラがつらい、というのなら……それでもかまわないぞ」
 キラがここにいるのは自分のわがままなんだし……とフラガは付け加える。それに、キラは一瞬考え込むような表情を作った。だが、すぐに小さく首を横に振る。
「いえ……みんなが戻ってくるのを……待ってます」
 じゃまにならない場所で……とキラは付け加えた。
「そうか……」
 キラがそう決めたのであれば、自分には何も言えない。もっとも不安だ……というのは否定できない事実ではあるが。
「無理は……するなよ?」
 たとえ、キラが逃げ出したとしてもそれを非難しないから……とフラガは告げる。
「大丈夫です」
 そんな彼に対して、キラはきっぱりとした口調でこう言い返してきた。
「僕が……みんなのそばにいたいから……守られるだけじゃ、いやなんです」
 それでも、待っているだけしかできないが……とキラは目を落とす。実は、彼は一番自分たちを守ってくれていたのだ。しかし、本当のことを話すわけにはいかないだろう。
「お前は、俺のそばにいてくれるだけでいいんだ」
 自分の腕の中にさえいてくれれば、それでかまわない、とフラガは口にした。そのまま、そっとその体を抱きしめる。
「戻ってきたら……楽しみにしてろよ」
 耳元でそうささやけば、キラは小さくうなずいてくれた。

 相手は、今もデコイを追い続けている。
 つまり、こちらの作戦には気づいていない……ということだろう。その事実にフラガは満足そうな笑みを口元に刻む。
「個々の実力は高くても……経験不足って言うのは埋めがたいものだな」
 そういえば、あのころの自分たちもそうだったな……とフラガは心の中で呟く。
 実戦を経験をしていたパイロットは自分だけ。
 有能すぎるほどの実力を見せてくれたキラは、実戦経験どころか軍人としての教育すら受けたことがないオコサマだった。
 自分たちが生き残るためにそんな彼を戦場に駆り立てたのは自分だ。そして、今も無理矢理個々に縛り付けている。
 キラが『自分の意志』と信じている《選択》すら、自分がすり込んだものかもしれない。
「そのおかげで、こちらは有利な状況を作れるのではありませんか?」
 そんなことを考えていた彼の思考を中断させるかのようにイアンが声をかけてくる。
「大佐はもちろん……彼の経験も我々にとってはプラスです」
 彼が何気なく付け加えた言葉に、フラガは表情をこわばらせた。《キラ》の存在に彼らが気づいていないとは考えてはいない。だが、その経歴まで彼らにばれているのだとすれば、問題だ、と思う。
「ご心配なく。私は……協力してくれるものまで排斥したいとは考えておりません」
 キラのことも、そうだ……と彼は付け加える。むしろ、許可さえもらえるのであればいろいろと話もしてみたいのだ……と付け加える。あるいは、あの三人をコントロールするためにキラの協力を得たいと思っているのかもしれない、とフラガは判断する。
「粘りますな」
 不意にイアンが話題を変えた。
 確かに、少々時間がかあkりすぎている。このままではあの三人のフォローが厄介になるかもしれない。
 もちろん、方法がないわけではなかった。
「だが、船は足を止められたら終わりさ」  指示を出す母艦と引き離してしまえば、エネルギーもつきるだろう。そうなれば後はいくらでも逃げられる。
 フラガはふっと笑いながら言葉を口にし始めた。
「やつがへばりついている小惑星にミサイルをぶち込め! 砕いた岩のシャワーをたっぷりとお見舞いしてやるんだ。船体が埋まるほどにな」
 確かに、攻撃を受ける方向を限定するにはいい判断だとは思う。しかし、盾にしているものがまずいよな……とかすかな苦笑を浮かべる。
 その言葉に、イアンが大きく頷いて見せた。彼もこの指示の意図がわかったのだろう。小さく笑みを浮かべている。
 的が大きいから、砲撃手も気が楽だろう。
「さてと……出て仕上げをしてくる。後を頼むな」
 早々に片を付けて、キラを抱きしめてやれば、彼が今抱いている不安を消してやれるはずだ。
 何よりも、ここしばらく禁欲生活を強いられていたしな……と指揮官にあるまじきセリフを考えてしまうのは、気持ちを高ぶらせるためだ。
 そして、高ぶった精神を鎮めるためには、あの愛しい存在の内へと熱をはき出す必要がある。
 こんなことを考えながら移動をしたフラガの背を、
「はっ!」
 イアンの声が追いかけてきた。
 それに手をひらひらと振って答えを返す。
 ブリッジからデッキへ向かうためにエレベーターへと乗り込むと素早くドアを閉める。
「大丈夫だ、キラ」
 すぐに帰ってくるさ……と呟く彼は、自分たちの勝利を確信していた。