ミサイルが迫ってくる。
 だが、それは直撃しないだろう……と思った次の瞬間、アスランはある可能性に気づいてしまった。
 あちらの狙いは、ミネルバではない。
 この艦が盾にしている小惑星だ。
「船を小惑星から離してください!」
 アスランはとっさにこう叫ぶ。 「え?」
 だが、タリアにはぴんと来ないようだ。何を言い出したのか、と言うようにアスランを振り返る。
 その反応の遅さがこちらにはマイナスになった。
「うわぁぁぁ!」
 衝撃が艦を襲う。
「右舷が……艦長っ!」
「離脱する! 上げ舵十五!」
 ようやく、彼女たちにもアスランが何を言いたかったのかわかったらしい。だが、遅い!、とアスランは思う。
 これが、マリューであれば……自分が指示をするよりも早くその事実に気づいたに決まっている。そして、キラ達から聞いた話では、彼女はただの技術士官で、艦の指揮なんてあの時まで執ったことはなかったのだ、という。それにしては、ずいぶんと手こずらせてもらったな、と心の中で呟く。それが、キラとあの男の実力があったからだ、としてもだ。
「第二波、来ます!」
 この報告が彼等の耳に届いたときにはもう、ミサイルは小惑星に着弾していた。 「四番、六番スラスター、破損! 艦長、これでは身動きが……」
「進路、ふさがれます! さらに、MA、MS、接近!」
 相手はかなり用意周到に自分たちをここに追い込んだらしい。アスランは報告を聞きながらそう判断する。
「エイブス、レイを出して! シン達は?」
「インパルス、ザクは依然、カオス・ガイア・アビスと交戦中です!」
 タリアはそれなりに対処を取ろうとしているらしい。だが、現状では打開策はないのではないか、と思う。
「この船にはもう、MSはないのかね?」
 デュランダルが冷静な声でこう問いかけている。
「パイロットがいません!」
 タリアがきっぱりとした口調でこう言い返した。その瞬間、デュランダルが意味ありげな視線を自分に向けてくるのをアスランは感じている。
 だからといって、今の自分に何ができるというのか。
 既に《ザフトのアスラン・ザラ》は存在していない、というのに。
 だが、このままではキラを取り戻す前に自分の命が失われてしまいそうだ。そして、カガリの命が失われてしまえば、オーブは間違いなく地球連合に組み込まれてしまうだろう。
「艦長! タンホイザーで前方の岩塊を……」
「吹き飛ばしても、それで岩肌をえぐって同じ量の岩塊をまき散らすだけよ」
 では、現状を打破するためにはどうすればいいのだろうか。
 アスランは必死に脳内でシミュレーションを繰り返す。
「右舷のスラスターはいくつ生きているんです?」
 その中で、一番成功する確率が高そうなものを提案するために、アスランはまずこう問いかけた。そんな彼の言葉に、タリアは不審そうな視線を向けてきた。しかし、デュランダルの視線に小さくため息をつくと口を開く。
「六基よ。でも、そんなのでのこのこ出て行っても、またいい的にされるだけだわ」
 もちろん、それもわかっている。
「同時に右舷の砲を一斉に撃つんです。小惑星に向けて!」
「えぇっ!?」
「爆圧で、一気に船体を押し出すんですよ……回りの岩も一緒に!」
 そうすれば、敵は船体だけをねらうことができなくなるはず。その間に、こちらは体制を整えられるだろう。いや、それができなければ本当に『無能だ』と言われても仕方がないのではないか。アスランはそんなことを考えてしまう。
「バカを言うな! そんなことを言えば、ミネルバの船体だって……」
 副長がこう言い返してくる。
 もちろん、そんなことはわかりきっていることだ。だが、とアスランは心の中で付け加える。
「今は状況回避が先です。このままここにいたってただ的になるだけだ!」
 艦の損傷であれば修理をすればいい。
 だが、命が失われてしまえば取り返しが付かないのではないか。
 まずは生き残ることを考えるのが先決だろう、とアスランは心の中で呟く。だからといって、その気持ちをそのまま口に出すつもりはなかった。
 ここでは、やはり自分は部外者なのだ。
「タリア」
 だが、デュランダルはそう考えていなかったらしい。タリアに向かって、何かを促すかのように声をかけている。
 その声に、彼女は何かを考え込むかのような作った。
 だが、すぐに表情を引き締める。
「……確かにね。いいわ、やってみましょう」
 彼女も、それしかないと判断したのだろうか。
 だとすれば、経験こそは少ないがかなり有能な指揮官なのだ、とアスランは思う。
「艦長!」
「この件に関しては、後で話しましょう、アーサー」
 タリアは冷静な口調で彼を諭す。そして、必要だと思われる指示を出し始めた。

 不意に、ブリッジにキラが飛び込んでくる。
 そんなことを彼がした事は今までになかった。
「どうか、したのかね?」
 少なくとも、大佐をはじめとしたものは無事だ……とイアンは言葉を返そうとする。
「あの艦、離脱します! 大至急、回避をしてください」
 だが、キラは予想外の言葉を口にした。
「そんなことは……」
 ないだろう、とイアンがキラに言い返そうとする。しかし、それよりも早く相手の砲が動いた。
 まさか、そんな方法を……と思わなくもない。あれでは、かなり船体に負担をかけただろう、と考えてしまう。
 しかし、相手の主砲がこちらに向いていることに気づいてしまえば、悠長なことは言っていられない。
「回避!」
 即座に行使時を出す。と同時に、彼はキラに向かって手を差し出す。その手をキラが掴んだとき、船体が大きく揺らいだ。
「オークレー達に帰還信号! この宙域を離脱する!」
 何とか体勢を整え直したところで彼はこう指示を出す。
 このまま相手を落とそうと思っては逆にこちらがやられる。ならば、再び有利になる状況を作るべきだ、と判断したのだ。きっと、大佐も反対しないだろう、と。
「……それにしても、良く、気が付いたな」
 ふっとと息を吐き出しながら、イアンはキラに声をかける。
「あちらの右舷の砲塔が開いているように見えましたので……」
 エグザスから送られてきた映像で……とキラは呟くように口にした。その理由を考えて、結論を出したのだ、とも。
「……出過ぎたまねをして、申し訳ありません……」
 そう言って、キラは身を縮こまらせる。
「気にすることはない。助かったよ」
 この少年もまた、あの戦いを生き抜いた存在だったのだ、とイアンは思い出す。そして、その実力もかなりなものだ、と言うことも、だ。
 これで、彼がナチュラルであれば、他の者達に負けない活躍の場を与えられるのだろう。しかし《コーディネイター》であるが故に、あの装置に縛られている。
 だが、彼の存在がこちらにあることは、ある意味ありがたいことなのだ。
 その事実を改めて認識させられたイアンだった。