「……キラ、どうした?」
 黙ったまま目の前の建物の灯りを見つめているキラにフラガはこう声をかける。
「アスランが……」
 あそこに来ているのか、と思ったら……と彼はその後を飲み込む。どうやら《アスラン》の存在に不安を感じているらしい。
 もっとも、それはフラガ自身も同じだ。
 彼の存在は恐い。
 キラの心の中に、確固たる居場所を得ているのだ。
 それが自分の存在をキラの中から消し去るとは思わない。だが、それでも自分たちの関係に影を落とすのではないか。そう思うのだ。
 他の者達もそんな自分の不安を知っているからだろう。  アスランと極力顔を合わせずにすむよう配慮してくれていた。
 しかし、これからはそういうわけにはいかないだろう。それももちろんわかっていた。
「来ているな」
 だから、できるだけ冷静な口調で言葉をつづる。
「でも、俺はお前の側にいるだろう?」
 そして、お前は俺の側にいる……と囁きながら、フラガはキラの体を抱きしめた。
「わかっています……でも……」
 アスランがどのような行動に出るのかわからない。それが不安なのだ、とキラは呟く。
「アスランを、嫌いになりたくないのに……」
 ただ一人、幼い頃の思い出を共有できる相手だから……と言葉を選んで口にする。それはきっと、自分を気遣ってくれているのか。まぁ、キラのことだから幼なじみを切り捨てたくないと考えているだけなのだろうが、と判断する。
「……僕にとってアスランは……家族みたいなものなのに……」
 ステラやシン達と一緒なのだ。それでアスランが満足をしてくれないから困るのだ、とキラは付け加えた。
「あいつも、ある意味血迷ったんだろうけどな」
 フラガの呟きに、キラは意味がわからないというように小首をかしげる。そんな彼の頬に、フラガはそっと唇を落とした。まだ柔らかな曲線を描いている頬に触れたまま、次の言葉を口にする。
「お前に対する独占欲が、どの感情から出ているものなのか、わからない……って所だろう」
 いや、最初が最初だったから、きっと取り違えたまま来てしまったのではないか。
 フラガにはそんな気がしてならない。
「一番近しいと思っていた存在が、自分を忘れていた。その上、他の人間を『一番』と言い切られちゃな」
 子供でなくても、その相手に嫉妬をするに決まっているだろう……と小さな笑いを漏らす。
「そう、なのですか?」
「そういうものらしいぜ」
 男の子が父親を敵視するのと同じだ。フラガはこういう。しかし、キラにはそのたとえがよくわからないらしい。
「……お父さんとお母さんが仲がいいのは、当然のことでしょう?」
 どうしてそれで嫌がるの? とキラは真顔で聞いてくる。
「お前の家族は、本当に仲がよかったんだな」
 普通はそうなんだって……というか、自分の家族はそうだったのだ……とフラガはため息をつく。だから、あんな馬鹿なことを考えたのだろう。
 つまりは、この悲劇の原因は自分にある……と言うことなのかもしれないな。フラガは心の中でこう呟く。
「その中に、アスランもいたんだろう?」
 この問いかけに、キラは素直に頷く。
「あいつも、それに気づいてくれればな」
 それだけで全てが丸く収まるんだが……とフラガは付け加える。
「もっとも、俺がそれを言っても意味はないことか」
 アスランからキラを取り上げたのは、結局自分だしな……と思うのだ。
「ムウさん」
「だからといって、今更お前を手放せるわけがないが」
 そんなことになったら、自分が狂う……と囁きながら、フラガは彼の体を抱き上げた。
「ムウさん!」
 何を、とキラは問いかけてくる。
「お前がいくら考えても、最終的にはアスランの問題だろう?」
 違うのか……と問いかければキラは目を伏せた。それはキラもわかっているのだろう。だが、どうしても割り切れないのではないか。
「それに……なやみすぎてお前が倒れれば、あいつらがうるさいしな」
 アスランだけではなくあの三人やカガリ達に責められるのはごめんだ……とわざとらしく笑ってみせる。
「そんなことは……」
 ないと言いかけてキラはやめた。彼にしても思い当たる節があるのだろう。
「そういうことだからな」
 寝てしまえば悩まなくてすむぞ……とキラの耳元で囁く。
「……そうかもしれませんが……」
「何なら、夢も見ないようにしてやるが?」
 それはそれで、いくらでも協力してやるぞ、と付け加えれば、キラの頬が赤く染まる。
「ムウさん」
「もっとも、ただ抱きしめる……という選択しもあるがな」
 キラのご希望どおりにさせて頂きます……といいながら、キラの唇の脇にキスを落とした。
「キラが好きなようにしていいぞ」
 選択権はお前に預けるから……とそのまま口にする。
 そうすれば、キラは一瞬ためらうように瞬きを繰り返した。
 しかし、そっと腕を持ち上げるとフラガの首に絡めてくる。
「キラ?」
 その意図がわからないわけではない。だが、言葉で聞きたい……と思うのだ。
「どうして欲しいんだ?」
 だから、ついついこう問いかけてしまう。
「……して、ください」
 夢も見たくないから……とキラはフラガの肩に顔を伏せてくる。
「いいこだ」
 その囁きとともにキラの体をしっかりと抱きしめた。そして、そのまま振り向くと窓を離れる。
 そんなフラガの首に回されたキラの腕に力がこめられた。