オーブに入国したのは、シン達が向かってから一週間後のことだった。
 もっと早く……と思ったのだが、デュランダルが動けなかったのだから仕方がない。
 だから、ようやくこの地に足を踏み入れることができて、アスランは歓喜に震えていた。
 これでキラに会える。
 その思いでいっぱいだったのだ。
 カガリの執務室の中に足を踏み入れ、周囲に信頼が置けると判断したもの以外誰もいなくなった瞬間だ。
「……そう言えば、彼等は?」
 そんなアスランの心情を読んだかのように、デュランダルがカガリに問いかける。
「元気だ。特に、あの三人は、もうじきマインドコントロールからも解放されるだろう」
 ただし、一度壊されてしまった生体機能はそう簡単には回復しない。いや、一生戻らないかもしれないのだ。
「まぁ、彼等も戦争の被害者だからな。オーブで面倒を見ることは問題がない」
 もっとも、その場合そちらは困ることになるかもしれないが……と意味ありげにカガリは付け加えた。
 それは、彼等を研究材料をしたいものがいる、と彼女が知っていると言うことでもあろう。
 だが、それに関してはデュランダルがしっかりと抑えているから大丈夫なのではないか、とアスランは考えていた。
「そうですね。プラントで保護するよりはいいでしょう。ただ……彼等にもそれなりに協力して頂かなければいけませんが」
 それは、間違いなく彼等に施された技術に関するものだろう。その程度の事はカガリもわかっているはずだ。
「わかっている……信用できる医師と研究者達が、彼等の肉体についてあれこれ調べている。医療に転化できるものもあるかもしれないからな」
 その程度は妥協すべきだろう、とカガリは頷いてみせる。
 それに……と彼女は付け加えた。
「キラの遺伝子についても、同様だ」
 あの子の遺伝子があのデーターどおり人々の医療に役立つのであれば……とカガリは口にするものの、その裏に複雑な感情が見え隠れしている。おそらく、それがあったせいでキラは普通の生活を取り上げられた、と彼女は考えているのだろう。
「彼については、私も身の安全の確保に、最大限協力をさせて頂くつもりですがね」
 だが、その分キラ達には不自由を味あわせてしまうだろう、とデュランダルは答えを返す。
「彼の遺伝子はもちろん、その存在そのものを欲しがるものは多いでしょう」
 特に、あの一件が知れ渡れば……と彼は眉を寄せた。
「……不本意だがな。それでも……フラガのマインドコントロールがとけた以上、もう、それに関しては大丈夫だと信じたい」
 二人を引き離すような事態にならなければ、彼がキラを守るだろう。
 だが、アスランにはその言葉が信用できなかった。
 確かに、フラガは《キラ》を守るだろう。
 しかし、それが自分たちの望む形なのか……と思ったのだ。
 何よりも、あの男が側にいてはキラは自分たちに視線を向けてくれないだろう。それではいけないに決まっている、ともだ。
「キラにしても、フラガが側にいれば安定している」
 だからかまわないだろう、とカガリは微苦笑を浮かべた。
「あいつらも自由にさせるわけにはいかないが……幸い、モルゲンレーテの方で依頼したいことがあると言うし。ここで生活をするのに問題はない」
 もっとも、プラント側としてはご不満かもしれないが……と彼女は言う。
「我々としては、彼等がまたロゴスやブルーコスモスに利用されないこと。そして、我々と敵対をしなければ、それでかまいませんよ」
 ただ……とデュランダルは意味ありげに視線をアスランへと向けてきた。
「君としては、それでは不本意なのだろうがね」
 違うのか、と彼は言葉を飾ることなく問いかけてくる。
「……議長……」
 それに何と答えるべきか、アスランは一瞬悩む。
「君がキラ君に執着をしていることは知っている。だが、それがどのような意味でなのか、もう一度考え直すべきではないか、と思うのだよ」
 彼の言葉の意味が、アスランにはわからない。
「もっと正確に言おうかね?」
 唇に苦笑を刻むと、彼はゆっくりと言葉をつづり出す。
「君がキラ君に抱いている気持ちは、本当に《恋愛感情》なのか。それとも《親友》が自分以外の《誰か》を一番大切な存在にしてしまったことに対する不満をそう感じているのか。どちらなのかね?」
 デュランダルの言葉に、アスランは思い切り渋面を作る。
「そのようなこと……」
「言われなくてもわかる、かな?」
 そうは思えないから、そう言っているのだ……と彼は言い返す。
「では、別の質問をしよう」
 デュランダルだけではなく、カガリもまたアスランをまっすぐに見つめている。
「ヘリオポリスで君達が再会した日、君が彼を保護できていたら、今と同じくらい執着したかね?」
 そのようなことを考えたことはなかった。
 なぜなら、現実はそうではなかったから、だ。
「あるいは、ヘリオポリスが崩壊をしたときにキラ君が君の手を取っていたら?」
 そんな前提で物事を考えたことはない。
 なぜなら、いつでもキラは自分を拒んだのだ。
 それが仕方がない状況だったとしても、それは認められないことだったから、とアスランは心の中で呟く。
「ラクス嬢を君に返したときでもかまわないね」
 もっとも、その時、キラには君との記憶はなかった……と聞いているが。デュランダルはそう付け加える。
「ラウ――クルーゼ隊長が生きていた頃、私は彼と面識があった。その時に君の話題も出たのだが……その時に聞いた彼に対する態度は、言っては悪いが、兄弟が他の《友人》に目を向けたときに嫌がる幼子のように感じられたのだよ」
 今のアスランの執着は、その延長線上に感じられる……ときっぱりと言い切られて、アスランは信じられないというように目を丸くした。
 同時に、そんなことはない、と心の中で呟く。
 だが、何故かそれを口に出すことはできなかったのだ。
「もう一度じっくりと考えてみたまえ」
 君の気持ちを……とデュランダルは告げる。
「何よりも、キラ君にとっての幸せとは何なのかもだね」
 それで出た結論次第で、君の今後を考えなければいけないだろうね……と彼は言った。
 だが、それにアスランは何も言い返さない。
 それよりも先に考えなければいけないことがたくさんある。だから、言い返す余裕がなかった……と言うべきかもしれない。
「……俺は……」
 呟き共にアスランは視線を外へと流した。