もう一人の《ラクス・クライン》をアスハ宮殿でもてなす……というのはあちらの好意なのか。それとも、本物のラクスの指示なのか。どちらなのかわからないな……とシンは思う。
 だが、それに伴って自分たちもまたアスハ宮殿に部屋を与えられたのは嬉しいかもしれない。
 しかもだ。
 その部屋の窓からステラ達がいる別宅が見えるとなればなおさらだ。
「シン!」
 窓から顔を出していたからだろう。ステラが自分の姿を見つけたらしい。嬉しそうに手を振っているのがわかった。
「暇なら、おいでよ?」
 側にいたキラも、こう言って笑ってくれる。
「ただし、正門からね。多分、カガリから許可が出ていると思うから」
 この言葉にシンは一瞬眉を寄せた。だが、彼等の立場を考えればそれが当然なのだろう。
 何よりも、まだどこにブルーコスモスの残党がいるのかわからないのだ。
 それを考えれば、アスハのお膝元とはいえ警戒が厳しいのもわかる。というよりも、そうでなくては困るのではないか。
「わかった」
 ダメだったら、カガリに直談判に行けばいいか。そう思いながら、シンは言葉を返す。
 どうせ、今、ここで自分がすべき事はないのだし……とも。待機だけならどこでも一緒だ。そう考える。
 何よりも、彼等は自分を『家族だ』と言ってくれたのだ。家族なら、いつでも会いに行ってかまわないだろう、とも思う。
「今、行くから」
 ステラに手を振りながらシンはこう叫ぶ。
 そのままきびすを返すと廊下へと飛び出した。
「やはり出てきたな」
 しかし、何故かそこにはバルトフェルドがいたのだ。その理由がわからないシンの手に、バルトフェルドが紙袋を押しつけてくる。
「もんにいる連中には、俺からこれを預かったと言えばいい。後で、カガリから正式に許可をもらえるはずだがな」
 それまで会えないのはいやだろう? とバルトフェルドは意味ありげに笑う。
「ひょっとして……隊長がお膳立てをしてくださったのですか?」
 でなければ、手際よくこんなものを用意して自分の部屋の前にいられるわけがない、とシンは気づく。
「君達が来る、と伝えた瞬間、ステラに騒がれてね。皆、彼女には弱いようだ」
 当然だろうが……とバルトフェルドは口にした。
「まぁ、こちらの被害を減らしたかった……というのも理由なんだが」
 しかし、この一言は何なのだろう。シンはかすかに眉を寄せる。
「と言うことで、これは俺からの気遣いだ」
 そう言いながらバルトフェルドが新たに差し出してきたのは胃薬だった。
「ひょっとして……向こうにいたとき、あの二人に胃薬を手渡したのも、バルトフェルド隊長ですか?」
 シンの問いかけに、彼はさらに笑みを深める。
「どうだろうねぇ」
 しかし、彼はこう言うだけで答えてはくれない。もっとも、デュランダルも似たようなタイプであるから、ザフトの上官というのはみんなこうなのかもしれないとも思う。
 しかし、それはあまり嬉しくないな。
 シンは心の中でこう呟く。
「失礼します」
 それよりも、早くステラ達に会いたい。その思いをシンはさっさと行動に移した。

 玄関へと回れば、荷物を抱えたシンの姿が確認できる。どうやら、バルトフェルドに押しつけられたらしい、とキラは彼と護衛の者の会話から推測した。
 その時だ。ステラが不意にキラに腕を絡めてきた。
「ステラ?」
 どうしたの? と問いかければ
「シン、来たの」
 それが嬉しい、とステラが微笑む。
「そうだね」
 彼が無事に顔を見せてくれたことは確かに嬉しいとキラも思う。だから、ステラにしてみればなおさらだろうとも。
「家族だものね。それが普通だよ」
 だから、シンに向かって素直にそう告げてごらん、とさらに笑みを深めながら口にした。きっと彼も喜んでくれるだろう、と言われて、ステラは小首をかしげる。
「そうなのかな?」
「そうだよ」
 帰ってきたときに出迎えてくれる人がいることは嬉しい。少なくとも、自分はそうだった、とキラは説明をする。
「だからね。シンに『お帰り』って言ってあげるといいかもね」
 ほら、と口にすると同時にもんの方を指さした。そうすれば、シンがこちらに駆け寄ってくるのがわかる。
「シン!」
 彼の名を呼ぶと同時にステラが駆け出す。キラにはそれを止める間もなかった。もちろん、最初から止めるつもりはない。
「ステラ!」
 シンもまた嬉しそうに彼女の名を呼んだ。
「……荷物は……預かった方が良さそうだね」
 僕が……と思いながら、キラもステラの後を追いかける。でなければ、今日の夕食のメニューがとんでもなく寂しいものになりかねない、と思ったのだ。
「シン、お帰りなさい!」
 ステラ、待ってたの! と彼女は付け加える。
「……ステラ?」
 その言葉に、彼は目を丸くした。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
「君はもう、家族でしょう? だから『いらっしゃい』じゃなくて『お帰りなさい』だよ」
 もっとも、ここが自分たちの家ではないのだが……とキラはそんな彼に説明をしてやる。これを聞いた瞬間、シンが嬉しそうに笑った。
「バルトフェルドさんからの荷物は、それ?」
 預かるよ……と手を差し出せば、彼は素直に手渡してくれる。いや、ひょっとしたらそれを渡したことも自覚していないのかもしれない。
「ステラ。シン君を連れてリビングに行っていて」
 お茶を持っていくから……と言いながらキラはきびすを返す。この言葉も、彼等の耳に届いているか疑問だよな、と心の中で呟く。だが、言われなくてもつれていくだろう。
 そんなことを考えながら玄関をくぐった。
「ステラのマインドコントロールが、一番最初に解除されそうだな」
「ムウさん」
 苦笑と共に彼がこう声をかけてくる。
「いいことなんだろうが、少し寂しいか」
 確かに、そうかもしれない……とキラは心の中で呟く。
「でも……僕はずっとムウさんの側にいます」
 それだけじゃダメですか? とキラは問いかける。そうすれば、彼はしっかりと抱きしめてくれた。