戦後の処理は軍人の仕事ではない。
 もちろん、何もしなくていいわけではないことも事実だ。
 実際、終戦を向かえたというのに無駄な戦闘を仕掛けてくるものも多い。
「ったく……」
 どうしてそんなことをするのか……シンにはわからなかった。それとも、自分が死にたいだけなのか。だとするなら、周囲を巻き込むなよ……とも思う。
「いらついているわね」
 そんな彼に、ルナマリアが声をかけてきた。
「まぁ、気持ちはわかるけど」
 本当、ばかばかしいわよね……と言いながら、彼女は隣のいすに腰を下ろしてくる。
「可愛いあの子に会えないのが、気に入らないんでしょう、あんたは」
 そして、からかうように付け加えられた言葉に、シンは唇をとがらせた。
「そういうわけじゃない!」
 確かに、ステラに会えないのは寂しい。だが、任務である以上、仕方がないことだ。それに……とシンは心の中で呟く。デュランダルの好意で、たまにとはいえ通信が許可されている。だから、まったく会っていないわけではないのだ。
 もっとも、そんなこと、目の前の相手には言えない。
 そんなことをすれば、間違いなくあの男の耳にはいるだろう。そもそも、彼女がその事実を知らないと言うことは、彼女の妹も口をつぐんでいるからに決まっている。
「そう言えば、知ってる?」
 シンから何のリアクションもなかったからだろうか。ルナマリアが不意に話題を変えてきた。
「何を、だ?」
 自分はさっき、帰ってきたばかりだぞ……とさりげなく付け加える。そう言っているルナマリアは、機体のオーバーホールのせいで待機だったが……とも。
「そっか。そうだったわね」
 ようやくそのことを思い出したのだろう。ルナマリアは気まずそうに視線を彷徨わせている。
「えっとね……ラクスさまが、オーブに行かれるのだそうよ」
 それは本物の《ラクス・クライン》ではないのだろう。だが、彼女であれば周囲の者達にさほど警戒されないことも事実。デュランダルもそれをねらって彼女を行かせるのではないか、と判断をする。
「で、その護衛に、パイロットを含めて何名か選出されるんだって」
 議長のお気に入りだから、シンも行けるかもしれない。彼女はそう言って笑った。
「だといいんだけどな」
 と言うことは、あの男もだだをこねる可能性があるのではないか。シンは思う。
 いや、無理矢理にでもそうするのではないか。
「……アスランが一緒なら……せめてレイか、でなければハイネさんも一緒でないと大騒ぎになるよな」
 最悪、キラ・ヤマトをかっさらって逃亡するかもしれないし……と心の中だけで付け加える。
「そうなの?」
「そうなんだよ」
 信用できないならレイにでも聞いてみな……とシンは口にした。
「だから、何なの?」
 その前にあんたが説明をしなさい! とルナマリアが言い返してくる。だが、シンがそれに言葉を返す前に彼を呼び出す放送が艦内に響き渡った。
「呼び出しだ」
 悪いな、ルナ……と言い残すと、シンは立ち上がる。
「後でちゃんと話をしなさいよ!」
 歩き出したシンの背中に、ルナマリアがこう怒鳴りつけてきた。

 デュランダルの《ラクス・クライン》の護衛をしてオーブへ行くように、と言われたのは最初、シンの他にレイとハイネだけだった。
 しかし、当然のようにアスランがそれに横やりを入れてくる。
「既にこの場に自分が必要だ、とは思えませんが?」
 言外に、自分も行かせろ……と彼は告げる。その事実に、デュランダルは苦笑を浮かべた。
「それで、オーブの方々に不安を与えろ、というのかね?」
 ラクス・クラインがプラントにとって重要な存在であることは否定できない。
 だからといって、FAITHを二人も護衛に連れて行くべき存在なのかと言われれば答えは『否』だろう。
「それに、申し訳ありませんがハイネよりも自分の方がオーブという国について詳しいと思いますが?」
 だから、ハイネよりも自分の方がふさわしいのではないか。アスランはそう言いたいのだろう。
 確かに、普通に考えればそうかもしれない。
 だが、彼の場合別に理由がある。それが一番のネックなのだ、と本人だけが気づいていない。
「しかし、今回はあくまでも事前準備なのだがね」
 ラクスという隠れ蓑を使って、自分とカガリが会談を行うための下準備を行ってもらうための……と口にした。
「議長?」
「いずれ、大西洋連合の大統領とも会談を持たなければなるまい。その前にアスハ代表と打ち合わせておく必要がある。その必要性は君もわかってくれるのではないかな?」
 違うかね? とデュランダルは続ける。
「君にはその時に……と思っていたのだよ」
 それこそ、オーブの地理に詳しいだろうからね……とアスランの先ほどの言葉を逆手にとった。
「……つまり、議長は内密にオーブを訪れる予定だ、と判断してよろしいのですね?」
 口を開いてきたのはアスランではなくハイネだ。
「まだ、我々が戦後処理についてあれこれ話し合っていることを公にしない方がいいと思うが?」
 地球軍とブルーコスモスの残党を刺激しないためにも、と言い返す。
「だからこそ、ラクスに人々の注目を集めてもらいたいのだよ」
 そうすれば、いくらでも自分の訪問を隠すことができるのではないか。デュランダルはそう答える。
「だから、今回は君を派遣するわけにはいかない。わかってもらえるね、アスラン・ザラ」
 自分と共にあちらに訪問してもらうのだから……と言えばアスランは悔しげに唇をかむ。
 いくら彼でもここまで言われては反論できないのだろう。
「あの《ラクス》に関しては、ハイネの方がよく知っているからね」
 レイとシンについては、ハイネの指示があればどのような事態になっても十分に対処できると判断したのだ、と付け加えればなおさらだ。
「そう言うことだ。準備をしておいてくれ。明日の朝には出発をしてもらう」
 これ以上の会話は無用だ、とデュランダルは言外に告げる。それに、彼等は敬礼で応えた。