その報告は、カガリの元にもすぐに届けられた。
「そうか」
 彼女は小さなため息と共にこう呟く。
「なら、これからさらに忙しくなるな」
 終戦に向けて……と告げれば、周囲の者達は静かに頷いてみせる。
 地球軍に、既にそれだけの力はないことは明白だ。地球連合にしても同じ事であり。だが、彼等は直接、プラントに連絡を取ろうと考えないはずだ。
 そのようなことをすれば、デュランダルに言いくるめられてしまう。
 少しでも自国に有利な状況での条約を結びたいと思っているはずだ。だから、当然、オーブに仲介を依頼してくるものと考えられる。
 それについてはやぶさかではないが……とカガリは小さなため息をつく。
「二度と、ブルーコスモスを生み出してはいけないんだ……」
 そのためには何ができるだろうか。
 カガリはそう考える。
「ともかく、避難民が来るはずだ。彼等を収容する準備をしておいてくれ」
 オーブ本土はさほど被害を受けていない。だからこそ、彼等に対し援助をしなければいけない。
「それと……デュランダル議長から連絡があったら教えてくれ」
 彼とも、今後のことを話し合わなければいけないだろう。もっとも、あちらもまだ混乱の中にあるのではないかと推測できる。だから、いつになるかはわからないが……と心の中で呟く。
 だが、それが今後のために必要になるはずだ、とも思う。
「私は、あちらにいる。彼等とも話し合いをしたいからな」
 何よりも、キラ達に戦争が終わったことを知らせたい……とカガリは口の中だけで呟く。
「それがよろしいでしょう。少しはおくつろぎになる時間も必要でしょうし」
 気を張ってばかりでは倒れるかもしれない……と言葉を返してくれたのはキサカだ。彼だけは、自分とキラの関係を知っているのだから、当然かもしれない。
「その間に、必要だと思われることを準備しておきます」
 それを調べ上げるのにも時間は必要だ。その間ぐらいはカガリを自由にさせてもいいだろうと彼等は判断したらしい。もちろん、目的地がすぐ側の別館だとわかっているからに決まっているが。
「では、後を頼む」
 それでもかまわない、とカガリは思う。
 必要なのは、彼等と話し合う時間をもてると言うこと。それなのだから、とも。
「デュランダル議長からのご連絡があれば、最優先でお伝えいたします」
 それ以外は、データーがそろうまで自由にしてくれていい……とキサカは言外に告げてくる。それに頷き返すと、カガリはさっさと歩き出した。

「戦争が、終わった?」
 カガリの報告を聞き終わったキラが、信じられないというように目を丸くしている。
「本当だ。正式な調印等はまだだが……大西洋連合をはじめとした国々から、非公式に、デュランダル議長に連絡を取って欲しいと依頼が来ている」
 もっとも、こちらとしてはすぐに動くつもりはないが……と彼女は付け加えた。
「それがよろしいですわ。最低でも、議長とお話をされるまでは」
 ふわりと微笑みながら、ラクスが頷いている。
「こう申し上げては語弊があるかもしれませんが、あの方々は、あくまでもご自分達の《権利》を保持されようとされるでしょう。しかし、それでは、意味がないのですわ」
 それでは、彼等にとって《コーディネイター》は憎むべき存在であり、歩み寄る対象ではない。ただ、今回は自分たちが負けたからこそ、譲歩をするのだ。そう考えたとしてもおかしくはないのではないか、とラクスは付け加える。
「あぁ。私もそう思う。民間人の権利と生活は守るべきだろうが……上層部にはそれなりの責任を取ってもらわなければいけないだろう」
 それが、一国を背負う者達の義務でもあるのだ、とカガリは言い切った。逆に言えば、その覚悟がないものが国家を指導する立場になってはいけない。
 きっぱりと言い切る彼女に、フラガは思わず感嘆の呟きを漏らしてしまう。それが彼女の何かを刺激したのだろうか。
「何が言いたい! ムウ・ラ・フラガ」
 即座にこう怒鳴りつけてくる。
「カガリ……」
「カガリ?」
 どうしたのか、とキラとラクスが問いかけた。
「フラガにしてみれば、クサナギに乗っていた頃のお前と今のお前のギャップに、素直に驚いただけだろう。あのバカどものような意味があるわけじゃない。そのくらいはわかるだろう?」
 さらに、バルトフェルドが苦笑と共にこう声をかけている。
「ひょっとして、逆鱗に触れたのか?」
 俺は……とフラガは側にいたマリューに問いかけてしまう。
「……それだけ、セイラン一派がバカだったってことよ。貴方やキラ君が気にすることじゃないわ」
 こう言われても、即座に納得できるか……というと疑問だ。だが、そのころの彼女を知らないと言うことも事実である。
「そうか……」
 だからただ頷くだけにとどめた。
「なぁなぁ」
 そんなフラガの肩越しに顔を出したアウルが、キラに声をかけている。
「セイランって、あいつだろう? キラに言い寄ってたバカ!」
 さらに付け加えられた言葉に、カガリの眉が跳ね上がった。
「……あぁ、身代わりがどうのこうのっていってた、あのにやけ顔か」
 キラの隣――と言っても、そこはソファーの肘掛けだが――に腰を下ろしていたスティングがこう吐き捨てる。
 その瞬間、ラクスの持っていたカップがかすかなきしみを立てたのは錯覚か。
「ステラ、あの人、嫌い」
 珍しく彼女がこう言い切る。だが『ステラにキスしようとした』と付け加えられてはフラガも無視できないことだ。
「そんなこと、されそうになったの?」
 自分の時はそんなに焦った表情を見せなかったキラも、ステラのことだと許せないらしい。かすかに眉を寄せてこう問いかけた。
「でも、すぐにスティング達が来てくれたから」
 大丈夫だったの、とステラは微笑み返す。それにキラもほっとしたような表情を作っている。
 しかし、そう思わないものも当然いた。
「なかなかに楽しい話だな……」
 カガリが低い声で呟く。
「これで、あいつらの罪状がさらに増えたわけだ。物証があれば、さらによかったんだがな」
 特に、キラの件に関して……と彼女は嗤う。
「まぁ、いい。ユウナをまたぶん殴る理由ができただけでも、よしとしよう」
 ついでに、男に手を出そうとした変態の烙印も押してやれるしな……と彼女は付け加える。
「そういう不実な男は、いっそ、男として使い物にして差し上げたいですわね」
 さらにラクスまでもがこんなセリフを口にした。
「……それは……」
 同じ男として、一抹の憐憫を感じてしまうな……とフラガは呟く。
「キラが相手じゃ、仕方がない……と言うことで妥協をしておいてやれ」
 そうなのかもしれないが、だからといって納得はできないぞ……と思う。キラは自分のものなのだし、とも。
「……しかし、いい気分転換になるな、やはり」
 カガリの呟きが耳に届く。
「それならよろしいですわ。緊張ばかりではダメですもの。どこかで息を抜かないと」
 これから長丁場になるのだろうから……とラクスが言い返している。そんな少女達の強さがまぶしいとフラガは感じた。