「脱出通路だと?」
 報告を耳にして、デュランダルがかすかに眉を寄せる。
「現在、目的地を確認していますが……」
 間に合うかどうか……と彼は報告をしてきた。
「方角は?」
「南西に向かっております。途中で曲がっていなければ、の話ですが」
 その言葉に、デュランダルをはじめとした者達は一斉に地図に視線を落とす。その方向に何があるのか、と思ったのだ。
「……ダムがありますな」
 特に気にもしなかったが……とザフトの指揮官の一人がこう呟く。
「偽装かもしれないね」
 デュランダルは不意にこう口にした。
「議長?」
「おそらく、脱出用の発着場だろう。それだけ大きなものを作るのだ。偽装のための工事も大がかりなるだろうね」
 だが、近くにダムがあればどうだろうか。ダムの中にそのようなものを作るわけではないが、施設を作るために採掘された土砂を運び出すのに不信の目は向けられないだろう。多少その量が多くても、だ。
「全機、向かわせますか?」
 もしそうであるのなら……と問いかけてくるものがいる。
「いや。百%の確証がもてない以上、それはやめておこう」
 裏をかかれたときに対処ができなくなるだろう、と言えば誰もが納得をする。
「そうだな。アスランに向かうように伝えてくれ。彼の機体であれば、シャトル発車後でも追いつけるだろう」
 そのような機能を持った機体なのだ。そして、アスランはパイロットとしても有能であることは否定できない。
 何よりも、あの男を逃がせば彼の大切な存在がまた戦争の道具として使われる。しかも、その時は《彼》自身の自我は破壊されるだろう。
 そのようなものがなければ、裏切ることはなくなるのだから。
 しかし、アスランにしてみればその主張は認められるものではない。
 だから、意地でも彼を捕縛するか、それが無理だと判断すれば殺害することも厭わないはずだ。
「わかりました。では、目的にはセイバーを」
 インパルスとザク二機もそちらに向かっている。だから、戦力としては十分だろう。そう告げられた言葉に、デュランダルはしっかりと頷く。
「これで、全てが終わればいいのだが……」
 いや、終わらせなければいけないのだ。
 これ以上、無駄に人の命をただ一人の人間の恣意によって搾取されることは許されない。
 それを終わらせるために、自分たちは戦ってきたのだ、とデュランダルは心の中で呟く。そして、そのまま視線を外へと向けた。

 デュランダルの指示はすぐにアスランへと伝えられた。
「了解しました」
 願ってもない指示だ、とアスランは思う。
 あの男さえいなければ――たとえフラガが生きていたとしても――キラが自分たちから奪われることはなかったはずだ。
 そして、そうであれば、違った未来があったかもしれない。
 キラが自分の隣で微笑んでいてくれる。そんな未来だってあったのではないだろうか。
「……それを奪ったのは、お前達だ!」
 いや、自分だけではない。
 他の者達だって、連中のせいで多かれ少なかれ何かを奪われている。そして、奪った本人達は何も知らずにのうのうとしているではないか。それを許せるわけがない、とアスランは心の中で呟く。
「……それなりの処罰を受けてもらおう」
 一番いいのは、人々の前で裁かれることだ。そうすることで、同じような人間が生まれることを抑制できるだろう。もちろん、それが永遠に続くわけではない。それでも、自分たちが生きている間だけでいいのだ。
 キラさえ、もう二度と連中に利用されなければそれでいい。
 そう思ってしまう自分も、ある意味連中と同じ思考の持ち主なのだ、と言うことはわかっている。それでも、自分にはまだ止めてくれるものがいるのだ。
 だからきっと、あいつらと同じ存在にはならない。
 いや、なってはいけないのだ。
「……そんなことになれば、キラが悲しむ」
 結局は《キラ》なんだな、とは思う。それでも、それが自分なのだから仕方がない。
 そうアスランが自嘲の笑みを浮かべたときだ。
 センサーが何かを捕らえる。
 反射的にモニターでそれを確認すれば、一機の飛行艇だった。
「……あれに乗っているのか」
 あの男が……とアスランは眉を寄せる。
 しかし、ダミーの可能性も否定できないな。だからといって、見逃すこともできないだろう。そう考えて、セイバーで追いかけ始めたときだ。
『アスラン!』
 通信機からシンの声が響く。
「何だ?」
 焦りまくったようなその声に、アスランはかすかに非難を滲ませる。 『目の前に、飛行艇が見えますか?』
 だが、シンの方はそれを気にしていない。いや、気にする余裕がない、と言うべきなのだろうか。
『すみません、ジプリールを取り逃がしました! それに乗っています』
 重要なことを先に言え! とアスランは心の中ではき出す。
 だが今はそれよりも優先すべき事がある。
「わかった。俺が追いかける。お前達も可能なら追いかけてこい」
 もっとも、彼等の存在は必要ないだろう。それでも、念のためにこう声をかける。
 アスランはセイバーをMA形態へと変形させた。
 そして、先行している飛行艇を追跡する。
 アスランの動きに気がついたのだろう。相手の飛行艇もさらに速度を上げた。
『アスラン』
 今度はタリアか……とアスランは盛大に顔をしかめる。
『地球軍とおぼしき戦闘機の一群が、そちらに向かっているわ! 捕縛が無理なら、撃墜して』
 合流させるわけにはいかないのよ! とタリアが叫ぶ。
「了解!」
 確かに、そんなことになれば厄介だ。
 シン達もまだ追いついてくる気配を見せない。ならば、撃墜も仕方がないか。
 そう判断をすると、アスランはビーム砲の照準を飛行艇に向けてロックする。そして、引き金を引いた。

 世界を混乱させ続けた狂信者集団の盟主は、想像以上にあっさりとその命を終えた。