オーブでの暮らしは、本当に穏やかだったと言っていい。
 もっとも、さすがに自由に外出をすることはできなかったが、それでもかまわない。というよりも、別段出かけたいところもないし……とフラガは心の中で呟いたときだ。
「ここって、前に来たとこだよな」
 不意にアウルがこう口にする。
「ここ?」
 それに言葉を返したのは、コーヒーを持って戻ってきたキラだ。
「この国。しばらく、いたよな」
 それとも、俺の記憶が間違っているのか? と彼は付け加える。それでもキラの手から人数分のコーヒーが入ったカップをのせていたお盆を取り上げた。
「あぁ、そう言うこと」
 こぼさないようにね……とキラはそんなアウルに微笑む。
「それなら、確かにいたね」
 間違いなく、この国だよ……と言うキラに、アウルは満足そうだ。
「それがどうかしたの?」
 そして、今度はキラが聞き返している。
「前に食った菓子がうまかったからさ。また食えるかなって思っただけ」
 ここって、飯もうまいよな……と彼は無邪気に笑う。
「暖かいからだろう。だから、作物がおいしいんじゃないのか?」
 それに、海に囲まれているから海産物が新鮮なんじゃないのか? と言ってきたのはスティングだ。どうやら、彼は暇に飽かせて本を読んでいるらしい。手に入れた知識を披露したくてたまらないのか。
「どんなお菓子? 頼めば、多分買ってきてもらえると思うよ」
 今だって、必要なものはそうやって周囲の好意に甘えている状況なのだ。もっとも、自分たちの立場を考えれば、かなり寛大な処置だと言えるだろう。
「いい」
 アウルは一言こう言い返す。
「アウル?」
「毎日、菓子だけは山ほどあるじゃん。だからいい」
 ステラが意味もなく大量に作っているのを消費しているのは自分たちだ、とアウルは呟く。それは間違いない事実だろう。実際、自分たちは皆、多少は丸くなっているのだから。
「じゃ、今日のはいらない? 僕が作ったんだけど」
 ステラへのお手本に……とキラは微笑む。
「キラ?」
「……覚えているもんだね。昔、母さんと作ったんだ」
 たまたまそれに使うドライフルーツが手に入ったから……とキラはどこか遠くを見るような眼差しで告げた。
「キラ」
 そんな彼をそのままにしておきたくなくて、フラガは名を呼ぶ。そして、かすかに腕を広げることで、自分の所に来るように告げた。
 キラは一瞬目を見開く。だが、素直にフラガの元へと近づいてきた。
「いいこだ、キラ」
 そのままそっと抱き寄せると、フラガは囁く。
「……ムウさん」
「だから、我慢しなくていいんだぞ」
 この言葉の意味がわからないわけではないだろう。それでも、キラは静かに微笑んでいた。

 そんな穏やかな時間といえるものをキラ達が過ごしている間にも、戦争は続いていた。
 しかし、それも終盤に近づいてきている。シンにはそう思えた。
『……いったい、どこにいるのよ!』
 回線越しにルナマリアの声が響いてくる。
『焦るな。そんなことでは、逆に取り逃がしかねないぞ』
 そんな彼女に向けて――いや、彼の意識の中では自分にも聞かせるつもりなのではないか、とシンは思う――レイがこういった。
『わかっているわよ!』
 相変わらず勝ち気そうな声がすぐに返ってくる。
『でも、これだけ探しているのに見つからないのよ。他の連中は既に確保されているって言うのに!』
 一番厄介なジブリールだけが見つからないのだ。
「どこかに、極秘の通路があるのか……それとも発着場かな」
 ぼそり、とシンは口にする。
『その可能性は、否定できないな……その場合、目的地はどこだ?』
 そう言われて、シンは脳内でシミュレーションを開始した。
「月か……オーブ……」
 まだ、オーブの親ブルーコスモス派が失脚したと公になっているわけではない。だから、あの男が再起をかけて移動したとしてもおかしくはないだろう。
 何よりも、あの国の軍事力は、ほぼ無傷で残っているのだ。
 それを手に入れたいと考えたとしてもおかしくはない。
 だが、とシンは心の中で呟く。そんなことをさせてたまるか、と思うのだ。
「……オーブには、ステラ達がいるのに……」
 そんなことになれば、彼等は間違いなくまた戦争へと借り出される。
 いや、ロドニアの情報をザフトに渡した……と言うことで処罰されるかもしれないのだ。そんなことになれば、彼女たちがどうなるか。
『わかっている』
 レイが低い声でこう言い返してきた。
『だからこそ、冷静に奴を捜さなければいけない。わかっているな?』
 でなければ、わずかな痕跡を見逃してしまうかもしれない。レイはそう告げる。
 彼の冷静さが、こんな時にはありがたい、と思えてならない。
 自分とルナマリアだけでは激昂のままの行動を取ってしまい、肝心の手がかりを見逃しかねない、と思えるのだ。
「あぁ……わかっている」
 シンは素直に頷いてみせる。
『もちろんよ……って、あれ、何かしら』
 不意にルナマリアが小さな呟きを漏らす。
「ルナ?」
『入り口みたいに見えるけど……トラップかしらね』
 そう言いながら彼女が示した場所には確かにそれらしきものが確認できる。
『調べてみるか……』
 レイの言葉が、全ての結論だった。