キラの予想は当たっていた。
 彼等の話を聞いた瞬間、ステラは不安そうな表情になる。
「シン、一緒?」
 そして、こう問いかけてきた。
「彼は……ここに残るよ」
 それに対し、こう答えるしかできない。
「どうして……一緒って、言ったのに……」
「彼には、ここでやらなければならないことがある。ステラは……僕を守ってくれるんじゃなかったの?」
 瞳を潤ませ始めたステラに向かって、キラはわざと明るい口調でこう告げた。
「うん……でも……」
 一緒だと思っていたのだ、と彼女は呟く。家族なら、それが当然なのではないか、と。
 そんな彼女をどうすれば説得できるのか。
 どうもいいアイディアが見つからなくて、キラは救いを求めるかのようにフラガへと視線を向けた。そうすれば、彼は苦笑を浮かべながら頷いてみせる。
「家族はな、離れていても家族だって、前に言っただろう?」
 そして、言葉と共にステラの顔をのぞき込んだ。
「……聞いた……」
 ぼそり、とステラは呟く。
「なら、我慢するんだ。あの坊やは……お前を守るためにここに残るんだし」
 終わったら会いに来るに決まっているだろう? とフラガは笑って見せた。
「ステラを……守るの?」
 シンは……と彼女は口にする。
「そうだ。ステラだけじゃない。みんなを守るために、あの坊主はここに残るんだ」
 フラガの言葉に、ステラがキラに視線を向けてきた。そして、視線でと言いかけている。
「そうだよ。だから、待っているのもステラの役目。そうすれば、シン君は安心して戦いにだけ集中していられる」
 その方が生き残れる可能性が高いのだ……とまでは言わない。それでも、ステラには十分だったらしい。
「待っているのも、ステラの役目……」
 小さな声で、彼女はこう呟く。
「キラだって、そうだったろう? 艦でステラ達を待っていた。だから、ステラ達はがんばって帰ってこようと思ったんだろう?」
 違うのか? と言う言葉にステラは小首をかしげた。だが、すぐにしっかりと頷いてみせる。
「シンも、そう?」
「そうだよ。気になるなら、会ってみる?」
 作戦前だから、直接は無理かもしれない。だが、通信ぐらいならきっと時間を割いてもらえるのではないか、とキラは思う。ラクスかバルトフェルドに頼めば、多分大丈夫だろう、とも。
「会いたい」
 そして、ちゃんと『待ってる』というの! とステラは笑う。そんな彼女の様子に、キラだけではなくフラガも思わず微笑みを浮かべてしまった。

「……こっち」
 タリアに言われてアークエンジェルに足を運んだシンを出迎えたのはアウルだった。
「部屋じゃないのか?」
 行き先がいつもと違う方向だと気づいて、シンはこう口にする。
「今回は食堂」
 覚悟しろよ……と彼は意味ありげに笑って見せた。
「朝からなにやらやっていたからな」
 まぁ、キラが側で見張っていたから、とんでもないことにはなっていないとは思うが……と彼はさらに苦いものを笑みに含める。
「……食堂で、何をしていたんだ?」
 普通の状況であれば、料理をしていたと考えるべきだろう。しかし、この状況で……そんなことをするとは思えない。
 第一、彼女にそんな知識があるのか……とも。
「……お菓子作り、ったっけ。キラの話だと、先生役の人が得意だから大丈夫だろうっていってた」
 でも、というとアウルは足を止めた。そして、シンの方を振り向く。
「念のためにやる。コーディネイター用だって言うから、ちゃんと効くと思うぞ」
 そして、何かを差し出してきた。
「何だ?」
「胃薬。ネオが念のために渡しておけって」
 作戦前だろう? と彼は笑う。
「……そうだけどさ……」
 だけど……とシンは小首をかしげる。普通の食材で作られたものなら、何とかなるのではないか。そう思うのだ。
 第一、自分は軍人なのだし、どのようなものでも喰える自信はあるぞ、と。
「……まぁ、念のためだって……」
 何事もなければそれでいい。
 そう言うことだろう……と言われて、シンは取りあえずそれを受け取った。そしてポケットへと滑り込ませる。
「じゃ、行く?」
 そう言って笑うと、アウルはまた歩き始めた。シンもまた、複雑な表情を浮かべるとその後をついていく。
 しばらく行けば、食堂にたどり着いた。内部から甘い香りが広がってきている。
「シン!」
 何事か、と思えばエプロンを付けたステラが駆け寄ってきた。その手には何やら皿の上にのせられたお菓子が乗っている。
「ステラ、作ったの」
 そう言いながら、彼女は満面の笑みでシンにそれを差し出した。
「一応、大丈夫だと思うよ」
「そうねぇ……味の方は好みがあるから何とも言えないけど、少なくとも胃薬は必要ないわ」
 ねぇ……といいながら視線を周囲に流したのは、確かこの艦の艦長ではなかっただろうか。
「そうですわ。何を心配されているのかわかりませんが、普通に食べられるものですわよ」
 いったい何を考えているのか、とラクス・クラインも頷いている。
 そんな彼女たちをおいて、キラがそっとステラに歩み寄った。
「ステラ……彼に伝えたいことがあるんだろう?」
 そして、彼女に優しく声をかけている。
「うん」
 キラの言葉にステラはしっかりと頷き返す。そのまま、シンを見つめてきた。
「シン、あのね」
 そしてふわりと微笑みながら口を開く。
「ステラ、待ってるから……きっと、帰ってきてね?」
 約束……とステラは微笑む。
「あぁ」
 そんな彼女に、シンはこう言い返すのが精一杯だった。それでも、胸の中がとても暖かくなってくる。
 だから、どんなことをしてもステラにまた会うために生きて帰ってこよう。
 そう心の中で呟いていた。