眼下にカーペンタリアの光景が広がっている。その海岸には、ザフトの艦艇に混じってアークエンジェルの姿も確認できた。
「……キラ……」
 あの中に、自分の一番大切な存在がいるはずだ。自分が一番憎んでいると言っていい相手の腕の中で微笑んで。
 そう考えれば、今すぐにでもあの艦に押しかけたい。
 しかし、それができる立場ではないこともわかっているのだ。
「……お前を取り戻すためにザフトに戻ったことが、こんなに俺を縛り付けているとはな」
 悔しいが、仕方がない。
 もうキラが、自分の目の届かない場所に行くことはないのだから。それだけで今は満足するしかないのか。
 自分にそう言い聞かせるものの、割り切れるはずがない。割り切らなければならない、とわかっていてもだ、
「……義務さえ果たしてしまえば、後は自由なはずだよな」
 禁止されていようとかまわない、とアスランは心の中で呟く。いや、禁止されているからこそ、思いが強くなったのだ。
 だが、その前に果たさなければならない義務がある。
 面倒だが、キラの身の安全を確保するためには仕方がないことだ。
 そう考えて、アスランはセイバーを軍の空港へと向ける。
「こちら、アスラン・ザラ、セイバーだ。着陸許可を頼む」
 管制に向けてこう言えば、即座に許可が返ってきた。既に話が通っていたのかもしれない。だが、少しでも早く、アスランをセイバーから下ろしたいのだ、と考えてしまうのは穿ちすぎだろうか。
 そんな感情を抱きながら、アスランはセイバーを着地させる。そのままMSハンガーへと機体を移動させたところで停止させた。
 足下に置いてあった鞄を取り上げると、そのままハッチを開ける。
「ご苦労様です」
 整備兵がこう声をかけてくるのに、軽く手を挙げて応えた。そのまま歩き出そうとしたときだ。
「こっちだ、アスラン」
 アスランの後頭部に声が投げつけられる。
「……ハイネ……」
 会いたくなかったものを……とアスランは心の中で付け加えた。彼が一緒であれば、命令を無視してアークエンジェルへと向かうことは不可能とは言わないが難しい。
「嫌そうな顔をされても仕方がないな」
 命令だからな、と彼は笑う。
「……わかっている」
 そうは言い返すものの、忌々しいと感じてしまう気持ちは捨てきれない。
「そう言えば……ラクスさまとバルトフェルド隊長もおいでだそうだ」
 不意に付け加えられた言葉に、アスランは思わず渋面を作ってしまう。
 あの二人までいるのであれば、ますます自分の希望を叶えることは不可能なのではないか。そう思えるのだ。
「……悪いが、今の彼に会わせるわけにはいかない。余計な雑音は、彼の精神をまずい方向へと向かわせる。それが、ドクターの判断だ」
 だから、俺たちの目を盗んで勝手なことをするなよ、とハイネが口にする。それは、まるでアスランの心を読み取ったかのようだ。
「諦めるんだな。俺たちも、あいつらを失いたくないんでね」
 そう付け加えると同時にハイネはアスランの腕を掴む。そのまま彼を引きずるように歩き出す。
 そんな彼に逆らうこともなくアスランもまた歩き出した。

「シン!」
 こう言いながら、ステラが駆け寄ってくる。そんな彼女に、シンは微笑み返した。
「今日、どうしたの?」
 お仕事じゃないの、と彼女は問いかけてくる。
「今日の仕事は、キラさんの護衛。だから、ステラと一緒にいられるよ」
 そう口にすれば、ますます彼女は嬉しそうに微笑む。
「うん、一緒」
 キラもネオもスティング達も……といいながら、彼女はすり寄ってきた。彼女の肩をシンもしっかりと抱き返す。布越しに伝わってくるぬくもりが安堵の思いを抱かせてくれた。
「みんなとステラは《家族》なんだって」
 血のつながりはないけど、ずっと一緒にいていいんだよ……と彼女は口にする。
「家族?」
 それは、あの日、自分が失ったものだ。
 同時に自分が欲しくてたまらないものかもしれない。
「でね……シンがいいって言ったら、シンも《家族》になっていいって……」
 そんなシンの気持ちを察したのだろうか。ステラがさらに言葉を重ねてきた。
「ステラ?」
「そうしたら、シンもずっと一緒にいられるでしょ?」
 シンも一緒がいいの……と言われてシンは反射的に頷いてしまう。
「そうだよな。一緒にいられたらいいよな」
 現実問題として、それが可能かどうかはわからない。だが、そうできればいいという希望を抱いていたとしても悪くはないだろうと思うのだ。
 その気持ちがあれば、きっと、これからの戦いも生き抜けるような気がする。
「そう言えば、ラクスが言ってた。シンとステラが結婚すれば、ずっと一緒にいられるって」
 本当? と言う言葉に、シンは返事に悩む。
 確かに、それは間違っていないのだが、ステラが《結婚》の本当の意味がわかっているのかどうか、確証がもてないのだ。彼女の言動は、どう見ても幼い子供のものと同じだし、と。
 もちろん、彼女と結婚することが嫌なわけではない。
 ただ、今の彼女とそう言うことをするといけないような、微妙な気持ちになるだけだ。
「結婚するしないは別にして……ステラとはずっと一緒にいたいよ、俺も」
 家族になるのもいいよな……とシンは付け加える。
「うん、ずっと一緒」
 この言葉だけで彼女は満足したらしい。さらにシンに体をすり寄せてきた。
 こんな彼女でも、MSに乗れば自分たちに負けない動きを見せるのだ。しかし、それはあくまでも戦場に出ているときだけらしい。そうキラが教えてくれた。
 だから、もう彼女たちが戦いに出るような場面にならないようになればいい。
 いや、自分がそうさせないのだ……とシンは思う。
 その時、ドアからキラが顔を覗かせた。
「キラ! シン、来たの」
 ステラがこう言ってシンの腕にぶら下がるような態度を取る。
「シン君、いらっしゃい。ステラ。それじゃ、シン君が重いよ」
 苦笑と共にキラがこういう。その何気ない一言が嬉しいと思ってしまうシンだった。