眼下に深い森が広がっている。
「……ここに何があるんだ?」
 自分たちだけではなくアウルとスティングまで出てきたのだ。かなり重要な施設なあるのだろう、とシンは判断をする。
「俺たちが……育った場所だ」
 その時、スティングが呟くようにこう口にした。
「あんまり好きな場所じゃねぇよ」
 あそこから出るまで、自分たちはただの消耗品でしかなかったしな……とアウルも付け加える。
「だが、いいのか?」
 そんなところに自分たちを案内して……とシンは問いかけた。
「だって、ネオとキラだけなんだぜ。俺たちを人間扱いしてくれたのは」
 その二人が頼むって言うなら、自分たちは従うだけだ……とアウルは口にする。
「お前らも普通に接してくれるからさ。協力してもいいかなって気になったっていうのも事実だな」
 苦笑と共にこう言われて、シンは目を見張った。
「……お前達は人間だろう?」
 少なくとも、感情を持っているのだから……とレイが静かな声で告げる。そして、少なくとも自分とシンはそれを否定する気にはならないだろう、とも。その言葉に異論を挟むつもりはない。だが、どこか面白くないな、とシンは心の中で呟く。
「そう言ってくれるのは、お前らぐらいか?」
「あの艦の連中もそうじゃん」
「言われてみればそうか」
 でも、あいつらは、二人の仲間だったんだろう? とアウルは無邪気な口調で告げる。どういう理由で敵対したかまでは知らないが、それでも、彼等は二人をまだ《仲間》だと思っていてくれるらしい。だからこそ、自分たちはあの艦で自由に過ごすことができているのではないか、と思う。
 スティングは淡々としてこう告げた。
「だからさ。俺たちにしてみれば、地球軍だとかオーブだとか、ザフトだとか関係ないんだ。あの二人がいる場所が、俺たちの場所だって、そう決めているかさ」
 だから、ザフトのために自分たちがいたラボへと案内することもどうと言うことはないのだ、と二人は笑う。
「……その気持ち、わからなくもないな」
 不意にレイがこう呟く。
「大切な存在は、どれだけ離れていても変わらない。いずれ、お前達もそう感じるようになる」
 その言葉をどう受け止めればいいのか。シンだけではなくアウル達もわからないようだ。だが、レイはこれ以上説明をする気はないのだろう。視線を窓の外へと向ける。
「お前って、本当に言葉が足りないのな」
 自分はなれているからいいが、アウル達には何を言いたいのかわからないだろう、とシンはため息をつく。
「要するに、あの人達はお前達を信頼してくれている。それに、いつでも待っていてくれるんだろう?」
 だから、何も心配いらないんだと微笑みかければ、彼等は複雑な表情を作っている。それは、まさか自分たちからそんなことを言われるとは思っていなかった……と言うかのようだ。
「目的地に着くぞ」
 その時、バルトフェルドの声が耳に届く。
 反射的に、シンは手元のライフルを握りしめる。そして、機体が急速降下するとき特有の浮遊感に身をゆだねていた。

「……こいつさえ捕らえてしまえば……この戦争は終わるのか?」
 それとも……とカガリは呟く。また新たな火種が生まれるのだろうか。
「ともかく、議長に連絡をした方がいいだろうな」
 同じデーターを見つめていたアスランがこう口にする。
「そうだな」
 どちらにしても、連中を何とかしなければキラ達を安全に保護することはできないだろう。それはカガリにもわかっている。
 だからこそ、セイラン他の者達には国外退去を命じたのだ。
 そして、その時が来れば、キラ達はアスハの館に引き取ることを前提に準備を始めている。もちろん、本館ではなく隣接している別館の方だが、それでも警備は十分だろう。
「あいつらが、もう誰にも利用されなければ、それでいいんだ」
 特にキラは……とカガリは心の中で付け加える。彼は、生まれる前からそれこそ他人によってその存在を利用されてきたのだから。
「……そうだな」
 どこか釈然としない……という口調でアスランも頷いてくる。
「それでも、あの男がいる限り、キラは完全に解放されないんだろうがな」
 このセリフが、アスランの本音なのだろう。
 しかし、とカガリは考える。
「だけどな。キラが何を《幸せ》と感じるのか、それはキラ個人の感情だろう?」
 そして、キラが過ごしてきた時間を取り上げることはできないのだ。そして、そんな状況でも、フラガがキラを必死に守ろうとしていたことだけはカガリにもわかる。
「……それが作られたものでも、か?」
「それも、キラの一部になっているならな」
 アスランの言葉にこう言い返す。同時に、アスランをあの二人から引き離していてよかった……と思う。
 そうでなければ、今頃どうなっていただろうか。
「今、フラガを失えばキラの精神が崩壊する。それは、三年前からわかっていたことだろうが」
「それでも……あの時は立ち直りかけていた」
 アスランが言いたいのは、キラが姿を消す前のことだろう。
「……あれは、バルトフェルド隊長が常にカウンセリングを行ってくださっていたからだ」
 いや、彼だけではない。
 彼の部下の中にはかつて同じような状況の兵士を診察していた専門家もいたのだ。それでも、キラの心の傷を塞ぐことはできなかったのだ、という。
「お前は知らなかったんだな。キラが一番ひどかったときの様子を」
 だからそんなことが言えるんだ……とカガリは吐き捨てる。
「カガリ?」
 何のことなのか、とアスランが言外に問いかけてきた。
「あいつは……無意識の時に自殺を図っていたんだ。その症状は……お前と再会してからも何度かあったらしいぞ」
 それでも、キラとフラガを引き離すのか……とカガリはアスランに問いかける。
「……そんなこと……」
 俺は知らない……とアスランははき出す。
「知られないようにしていたからだろう!」
 バルトフェルドが……とカガリはアスランをにらみ付ける。
「……ともかく、あの二人のことを認めろとは言わない。だが、引き離そうとするな」
 キラが大切ならな。そういうカガリに、アスランは言葉を返してこなかった。