「……で、いいのか?」
 自分をブリッジに入れて……とフラガは口にする。昔はともかく、今の自分の立場を考えればまずいように思えるのだ。
「何を言っているの」
 今更でしょう……とマリューが笑う。
「そうそう。悪いが、君一人なら俺一人でもどうにかできるしな」
 さらに、バルトフェルドがこう付け加えた。
「……一応、自分たちもおりますが?」
 ノイマンとチャンドラも控えめにこう言ってくる。その内容にフラガは小さくため息をつく。
「俺としては、キラと一緒にいる方がいいんだがな」
 そして、こう呟く。
 別段、二人だけで現実逃避がしたいわけでも何でもない。ただ、キラの精神状態が心配なのだ。
 彼は他の三人とは違って《ゆりかご》に入らなくても普通の生活は送っていられる。それでも、操作された精神はちょっとした刺激で崩れかけない。
 それを補正するには自分の存在が必要だ、と言うことをフラガはよく知っている。
 いや、自分がそうなることを望んだ……と言うべきか。
 キラが自分だけに依存してくれるように。でなければ、他の誰かに取られてしまうかもしれない……と考えていたのも事実だ。
「あらあら……嫉妬深い男は嫌われるわよ」
 まぁ、それでもかまわないとキラなら言うだろうが……とマリューはさらに笑みを深める。
「大丈夫。ここにはあの子を君から取り上げようと言う存在はいないよ」
 アスランは議長と一緒だしね……とバルトフェルドは笑う。
「……あのなぁ……」
 そういう理由ではないのだが……とフラガはため息をつく。
「もう少し付き合いたまえ。その後なら、君達が何をしようともかまわないよ」
 何なら、艦内にある温泉を貸しきりにしてやろう……とバルトフェルドがさらに笑う。
「温泉?」
 何なんだ、それは……と考えても罪はないだろう。誰もそんなものを戦艦の内部に作ろうとは普通考えるはずがないのだ。
「私がお願いをしましたの」
 もっとも、そう言う点で普通ではない存在がこの場にいたが。
「どうせなら、少しでも居心地がいい方がよいかと思いまして」
 くすりと笑う歌姫に、何も言い返すことができない。
「それよりもこれからのことでございますけど」
 さらりとラクスは話題を変える。
「フラガ様をはじめとした皆様には医師の検査を受けて頂くことになります。ただ、それに関してはアークエンジェルの艦内で行えるよう、デュランダル議長にはお願いしてありますわ」
 その方がフラガはもちろん、キラにもいいだろう……と彼女は微笑む。
 何よりも、地球軍が取り返そうとして攻撃をしてきても、アークエンジェルであれば逃げのびることが可能だろう、と言うのだ。
「確かにね。問題はパイロットが少ないことだが」
 それに関してはザフトの連中をあてにさせてもらおうか……とバルトフェルドも笑う。
「いいのか、それで」
 自分たちは捕虜だろう……とフラガは呟く。
「かまいませんわ。私たちにとって重要なのは、お二人が今この場にいらっしゃること。恐いのは、もう一度あなた方を失うことですもの」
 だから、と笑う歌姫に全員が頷いてみせる。
「ですから、諦めてここにいてくださいませね」
 ふわりと微笑む少女は、最強なのかもしれない。フラガはそう認識した。
 いや、考えてみればあのころからそうだったのではないか、と思う。
「……お姫様には勝てないな」
 フラガの呟きに、誰もが笑いを漏らす。
「今更でしょう、ムウ」
 諦めなさい、とマリューが笑う。
「忘れてたよ」
 それに、ため息と共にこう言い返すしかできないフラガだった。

「……そう言えば……」
 ふとキラが呟く。
「なんですか?」
 それに即座にレイが言い返してきた。そのことで、キラは自分がこころの中の呟きを口に出していたのだと認識する。
「これを、君に言うべきかどうか、わからないんだけど……」
 失敗したな、と思いながらもキラは言葉を続けた。一度出してしまった言葉を取り戻せないとわかっているからだ。
「かまいません。こちらにとって有益な情報かもしれませんし」
 どのようなことでもデュランダルの耳に入れることが重要だ、とレイは付け加える。そんな彼の言葉に、キラは首をかしげて考える。
 だが、とすぐに思い直す。
 今の自分たちは彼等の捕虜なのだ。
 かつての仲間達の好意があるからこそ、こうして普通の士官室にいられるが、それはこの艦の中だけの事だろう。
 そして、目の前にいる彼は《ザフト》の人間だ。下手な隠し立てはしない方がいいのではないかと判断をする。
「……地球軍では、まだ……クローンの研究が進められていました」
 予想どおりと言うべきか。彼が小さく息をのむ。
「小耳に挟んだだけなので、はっきりとは言い切れませんけど……テロメアの問題を解消するのに、僕の遺伝子が有効だとか……」
 そう言っていたものがいた……とキラは口にする。それがどのような方法であるのかはわからないが、とも。
「貴方の、遺伝子?」
「僕もまた、作られた存在だから……」
 だから、誰とでも拒否反応を起こさずに移植ができるらしい……とキラは呟く。もっとも、どこまで本当なのかもわからないが……と。
「それでも、ギルが聞けば興味を持つでしょうね」
 そして、確認しようとするだろう。それは当然のことだ、とキラは心の中で呟く。
「貴方の体に危害を加えるようなことはしない、と思いますが」
「わかっています。気に、なさらないでください」
 本当は、もっと早くその事実がわかっていればよかったのだ。そうすれば、あの悲しい人はあれほどまでに世界を恨まずにすんだのかもしれない。
 キラはそう考えていた。