目を開けば、目の前には見慣れた顔がある。
「ムウ、さん?」
 こう問いかければ、彼はかすかに微笑んでくれた。
「……こらこら……違うだろう、坊主?」
 ここではかまわないが……と付け加える彼の表情から、キラは自分が置かれた状況を思い出してしまう。
「あっ……すみません」
 反射的に、キラは謝罪の言葉を口にする。
「寝ぼけたんだろう」
 かまわないって……と言いながら、フラガはそっと顔を寄せてくる。
「それに、それは俺のせいだからな」
 かすかに触れるだけのキスの後、彼は苦笑と共にこう囁いてきた。その言葉に、そう言えば、どうして自分はベッドに横になっていたのだろうか、という疑問にキラは行き着く。あの時、眠気なんて感じていなかったのに、と。
「顔色が良くなかったからな。あいつらが戻ってくるまで眠らせようって思って一服もっちゃったんだよなぁ」
 と言うわけで寝ぼけているわけだ……とフラガは説明の言葉を続けた。
「それは……ありがた迷惑ですよ」
 自分の体調は自分がよくわかっているのに……とキラは唇をとがらせる。そうすれば、またフラガがキスを贈ってきた。
「でも、夜に困るからな」
 坊主、最近、付き合ってくれないだろう……と言われて、キラは頬が熱くなる感覚に襲われる。まさか、そうきり返されるとは思わなかったのだ。
「という冗談はともかく……目が覚めたなら、ちょっと頼みたいことがあるんだが……かまわないか?」
「……なんですか?」
 フラガの言葉の裏に何か不穏なものを感じて、キラは聞き返す。
「アウルがな……作戦中にステラのブロック・ワードを口にしてくれやがったんだよなぁ」
 まぁ、生きて帰ってきたし、作戦は成功したから……許容範囲なんだろうが、だからと言って楽観はできないんだよな」
 わかるだろう、とフラガは問いかけてくる。
「メンタルケアの方は?」
「……帰ってきて、すぐにゆりかごに入れたがな」
 だが、影響がどれだけ残っているかわからないのだ……とフラガは口にした。このような状況でブロックワードを使ったことはないのだから、とも。
「そう言うことだから、キラ。悪いが、しばらくステラの側にいてやってくれ」
 この言葉に、キラは小さく頷いてみせる。そのくらいであれば、自分でも十分役立てるだろう、と思うのだ。
「頼むな。あの子はお前になついているから……側にいてくれるだけでいいはずだ」
 それだけで、精神的に安定してくれるはず……とフラガは笑う。
「はい」
「その間に、俺はお説教だな」
 アウルに……とフラガは表情を引き締めた。
「あの……ネオさん?」
「今回はたまたま無事に戻ってきた。だが、次回もそうだ……とは限らないだろう?」
 だから、不用意な言葉を口にするな、と言い聞かせておくだけだって……と言われては、キラとしては反対できない。
「……ほどほどにしておいて……上げてくださいね?」
 それでもついついこう言ってしまう。
「わかってるって」
 こう言い返すと、フラガは笑って見せた。

「私……生きてるよね? ねぇ、キラ……私……」
 こう言いながら、ステラは自分の方をきつく抱きしめている。
「生きているよ、ステラ……ちゃんと、君はここにいる……」
 そんなステラの体を、キラはしっかりと抱きしめてやった。
「ほら……ちゃんと僕のぬくもりが伝わっているだろう? 僕にも、ステラのぬくもりがわかるし」
 違う? とキラはそっとステラの髪にキスを贈る。それはフラガが自分を慰めるときに良くしてくれた仕草だ。
「……キラ、いる……」
 ステラがキラの胸に頬をすり寄せてくる。そして、小さなため息をついた。
「ステラも、いる?」
 そして、またこう問いかけてくる。
「いるよ。大丈夫」
 ブロックワードが自分にあるのかどうかを、キラは知らない。それでも、ステラの様子を見ていれば彼等に課せられた枷が重いものだ、と言うことはわかる。
「キラ……」
「……ここにいて上げるから……ゆっくりとおやすみ。ネオさんもすぐに来るって言っていたから」
 だが、自分にできることは本当にわずかなのだ。その事実が悔しい、と、も思ってしまう。
「本当に、側にいてくれる?」
 ステラがキラの服の裾を握りしめながらこう聞いてくる。
「いるよ。起きるまで、ずっと側にいて上げる」
 だから、安心して……とキラは口にしながら、そっと手を移動させた。そして、彼女の髪をそうっとなでてやる。
「……うん……約束……」
 ステラはふわりと微笑むとこう呟く。そして、そのまま静かに瞳を閉じた。
 その様子にほっと安堵のため息をつきながらも、キラは彼女の髪をなでる手を止めない。止めてしまえば、彼女の眠りを妨げてしまうのではないか。
 そんな気持ちになってしまうのだ。
「そういえば……昔ネオさんがそんなことを言っていた……」
 そして、彼はずっと人の寝顔を見ていてくれたはず……とキラは思い出す。その時の気恥ずかしさまで思い出して、キラはうっすらと頬を染めた。
 同時に、そんな風に見守っていてくれたことが嬉しいとも思う。
「僕は……ステラにとっての《ムウさん》になれるのかな」
 彼女が本当に必要とする相手を見つけるまでの間でいい。その間だけでも、彼女を支えることができるだろうか。キラはこう考えてしまう。
「……ともかく、今だけはゆっくりと眠ってくれるといいな」
 きっと、これだけでは終わらない。
 もっと辛いことが待っているはずだ。
「それでも……僕は、ムウさんの側にいるって……そう決めたんだ」
 どんな事態が待っていようとも……とキラは呟く。その間も、ステラの髪をなでる手は止めなかった。
 そのまま、どれだけの時間を過ごしていただろう。
「キラ!」
 ドアが開いた……と思った次の瞬間、アウルが飛び込んでくる。
「ステラが寝ているから、静かにして。ね?」
 きっと、フラガに思い切り絞られたのだろう。そう判断してキラは苦笑ととも視線を向ける。
「……だって……」
「諦めるんだな」
 さらに文句を口にしようとする彼を、スティングが諫めた。
「お前が余計なことをしなければ、今回のことは起きなかったんだぞ?」
「……そうかもしれないけどな。ステラだって……」
 悪かったじゃん、とアウルは唇をとがらせる。そんなところはものすごく子供っぽいよな、とキラは心の中で呟く。
 そんなところも可愛いよな、とも。
 だが、そんなことを口に出せば彼はむくれてしまうだろう。だから、あえてキラは口をつぐむ。
「次からは、気を付けるんでしょう?」
 その代わりにアウルに向かって、こう問いかけた。
「キラ……」
「三人のうち、誰が欠けても……僕は悲しいから」
 ね……と問いかければアウルは渋々ながら頷いてみせる。
「なんか……ネオに説教させるよりも、キラに一言言わせた方が早かったかもしれないな」
 その光景を見ていたスティングがこんなセリフを口にした。
「いや、それはやっぱ、俺の役目だろう?」
 いつの間に入ってきたのだろうか。フラガが割り込んでくる。
「ネオさん……」
「キラに怒られるより、慰めてもらう方が、お前だっていいだろう?」
 な、と笑いながら言うフラガに、スティングも頷いて見せた。
「……ネオさん……スティングも……」
 なんでそんなことを……とキラは困ったように言い返す。
「だって、キラだろう?」
「キラだからさ」
「……キラだもんな」
 二人だけではなく、アウルまでこう言ってくる。その意味がキラはわからない。
「あのね……」
「まぁ、お前はそのままでいいんだよ」
 それよりも、ステラが起きるぞ。こう付け加えて、キラは慌てて視線を腕の中の少女に向ける。そうすれば、彼女が瞬きしているのが見えた。
「ステラ?」
 まずいかも……と思いながら、キラはそっと声をかける。
「キラ……いじめられているの?」
 そうすれば、彼女はこう問いかけてきた。
「キラをいじめるのは……ネオでも、許さない」
 だから、どこをどう聞けばそうなるのだろうか。キラは本気で頭を抱えたくなる。
「いじめてないって。キラがいてくれて良かったっていっていたのさ」
 ステラもそうだろう、とフラガが問いかければ、彼女はしっかりと頷いてみせた。
「キラ、好き。ネオも好きだけど」
 でも、キラが一番。そういう彼女に、フラガだけではなく他の二人も苦笑を浮かべていた。