自分が《クルーゼ》とは同じ存在だとは思えない。そう言われたのは初めてだ……とレイは思う。 クルーゼはもちろん、デュランダルですら、そんなことは言ってくれなかったのだ。 『君も、ラウだ』 彼が死んだことで混乱をしていたのだろう。デュランダルは側にいた自分に向かってそう言いはなったのだ。 それがショックでなかった……と言えば嘘になる。しかし、あの時の自分は彼の言葉を素直に受け入れた。それもやっぱり、混乱していたからなのか。 だが、次第に、その言葉が辛くなってきたことも事実。 自分は自分で、決して《クルーゼ》にはなれない、と思い知ったからか。それとも、彼のように世界を恨むことができなかったからかもしれない。 自分には《デュランダル》の存在があったからなのだろうか。彼を守りたいと思う気持ちが自分の中に存在している以上、自分は世界を壊すという選択はできないのだ。 「……それでも、俺の正体を知っている人は皆、俺の中に《ラウ》を探そうとする……ギルでさえ、無意識にそうしているのだ、とレイは気づいている。しかし、それを彼に告げることはできなかった。 それでも、とレイは思う。 自分は誰かにそう言って欲しかったのだ、とキラの言葉を耳にして初めて気づく。 「それは……僕が初めて君にあったからだ……と思います」 そしてレイのことを何も知らないからだ、とキラは口にした。 「だから、今までの君の印象だけでそう感じただけです」 それに、ラウについても言葉を交わしたのは二度だけなのだ、と彼は付け加える。 「あの人は……とても寂しい人だったと。そう言っていいのならば、の話ですが」 そして、とても悲しい人だったとも感じた、とも付け加える。その原因を作ったのが、自分の実の両親なのだろうか、と呟くと共に、彼は視線を落とす。 「できるなら、生きていて欲しかった。でも、あの時の僕には、あの人を殺すしか止める方法がなかった」 キラの表情は見えない。それでも、彼の言葉には嘘を感じられない。 「本当は、僕も一緒に逝ければよかったんだろうけど……ムウさんの言葉が、それを許してくれなかったから……」 あの寂しい人を一人で逝かせてしまった……とキラは呟くように告げた。 「キラさん……」 あのクルーゼを《寂しい人》と感じ取った人間が、自分の他にもいたのか。レイは心の中でそう呟く。それとも、クルーゼがそんな自分の内面をキラに見せたのかもしれない、とも思う。 それはどうしてなのか。 彼は《最高のコーディネイター》であるキラに固執していたことは知っている。 だが、その理由が憎しみだけだったとは思えないのだ。 ヘリオポリスでの一件の後で帰宅したとき、彼は失われた存在を見いだしたかもしれない。そう言っていたことをレイは覚えている。その時の彼の表情は、本当に嬉しそうなものだった。 もし、彼が言っていたのが《キラ》の事だとするのであれば、最初は間違いなく好意を抱いていたはず。そんな彼に向かって、クルーゼは何を告げたのだろうか、とも思う。 「僕の存在は……あの人の言うとおり、世界に混乱をもたらすものだったのかもしれません……」 キラはさらに言葉を重ねていく。 「あの人はこう言いました。『正義を信じ、わからずと逃げ、そして人は滅ぶ。滅ぶべくして』と。でも、僕にはそれは本心とは逆のセリフにしか思えませんでした」 確かに人は滅ぶべくして滅ぶのかもしれない。 それを止める方法を知らないからこそ、いっそ、自分の手で滅ぼしてしまおうと思ったのではないか。 自分の知らない世界で自分の大切な人が滅びるくらいなら、いっそともにと。そう考えたのではないか、とキラは口にした。 その考えは間違っていないのではないか……とレイも思う。 彼がおかしくなったのは、自分たちが普通の人よりも早く死ぬ……という事実をどうしても逃れられないと知ったあの日からだ。 そう考えれば、自分だって同じ行動を取らないとは言えない。 しかし、今はそれは関係ないだろう、とレイは思う。 「貴方は……あの人をどう思っていますか?」 その代わりにこう問いかける。 「どう思うか……その判断を下すためにも、僕は、もっとあの人と話し合いたかった、と思っています」 そして、少しでも彼を理解したかった……とキラは呟くように口にした。 「ただ、これだけは言えます」 しかし、今度ははっきりとした口調で言葉を唇にのせる。 「僕は、あの人を忘れることはないでしょう」 今はそれだけでいいか……とレイは思った。 「……ステラ……」 目の前の装置の中で、ステラが眠っている。 その表情はとても穏やかだ。 その事実が、シンを安堵させている。と同時に、悲しみも与えていた。 この装置がなければ、彼女たちは生きていけないのだ、という。 つまり、彼女たちは一生、この機会に縛り付けられると言うことではないか……と思うのだ。 「君は……」 この状況がおかしいと認識していないらしい。つまり、彼女達はこの状況しか知らないと言うことなのか。 それでも、三人とも自分たちの扱いが《人間》に対するものではないとはわかっていたようだ。だからこそ、自分たちを人間扱いしてくれたあの二人をあれほどまでに信頼しているのだろう。 もっとも、その気持ちもわからなくはないが。 「……でも、少しは俺にもその気持ちを向けてくれると嬉しいな」 こう呟く。 もっとも、彼女が自分を『特別だ』と思ってくれているのはシンだって知っているのだ。それだからこそ、彼女は自分のことを思い出してくれたらしい。それにしてもキラとフラガの行動があったからこそだ、と言うこともわかっている。 そして、彼等もまた、連中に縛られて利用されていた存在なのだ、と言われた。 特に《キラ》はいまだにねらわれているかもしれないと。 必要なのは彼の頭脳だけらしい。 つまり、本人の意志は必要がないと言うことだ。そう考えれば、彼の精神が壊れてしまってもかまわないと連中が考えていたとしてもおかしくはないと言うことかもしれない。 そんなことになれば、ステラは悲しむだろう。 「俺が、ステラも、ステラの大切な人も守ってみせるから」 だから、彼女には笑っていて欲しい……とシンは考える。これまでそんな人生を送らされてきたなら、これからは暖かくて優しい世界で暮らして欲しいのだ。 そんな世界を作るためなら、自分はまだ戦える……と思う。 「だから、起きたら、また側にいてくれよな」 お願いだから……とシンは呟く。 そのまま、彼は静かに彼女の寝顔を見つめていた。 |