誰もいなければ、今すぐにあの背中の持ち主をこの世界から消せるのに……とアスランは思う。
 あの男がキラの心を不当に縛っているのであれば、自分がそれをしてもいいのではないか。
 そうすれば、キラだってもう間違いを犯すことはないだろう。そう思えるのだ。
 しかし、それを実行に移すことはできない。
 今の自分の立場が、それを戒めている……というのは事実だ。だが、それ以上に《キラ》の精神がどうなるかわからない、という一言が行動に移すことを歯止めをかけていた。
 しかし、それもいつまで保つか。アスラン自身も自信が持てない。
 キラが壊れてしまえば、それはそれで好都合ではないか、と思う気持ちも確かにあるのだ。
 そうなれば、自分のそばに縛り付けておけるのではないか、とも思う。
「……こいつは運べますぜ」
 多少、手間はかかるが……とマードックが報告をしている。
「もっとも、あっちは無理ですぜ……データーだけなら取れると思いますが」
 この言葉に、デュランダルがかすかに眉を寄せた。
「……あのシステムはこの艦の構造に深く食い込んでるからな……取り出すのは無理だろう」
 フラガがためらいながらも言葉を口にする。
「ただ、これのデーターなら……モルゲンレーテにあるはずだ」
 かなり厳重にプロテクトをかけられているはずだが……と彼は付け加えた。
「セイランが、絡んでいるからな」
 こういった彼の様子が微妙におかしい。
 もちろん、今までの立場というものがあるから、というのも理由だろう。
 しかし、自分はともかく、マードックやラクスが彼に危害を加えるわけはない。だから、そんなに緊張しなくてもいいだろうに……と思う。
「……顔色、悪いですぜ」
 マードックもそれに気づいたのか。不安そうに彼に向かってこう問いかけている。
「ふむ」
 そして、デュランダルもまた何かを考え込むような表情で彼を見つめていた。
「これ以上は、ここではやめておいた方が良さそうだね。キラ君の所へ戻っているかね?」
 フラガ君、と彼は問いかける。それに、フラガは微妙な表情を作った。あるいは、敗残軍の指揮官としての義務を放棄していいものかどうか悩んでいるのではないだろうか。
「そうなさいませ」
 すっとラクスが彼の腕を掴みながらこう告げる。
「そろそろキラも目を覚ましているのではありませんか?」
 不安を感じているのかもしれない。だから顔を見せて、安心させてやって欲しい……と彼女は別の観点からフラガを説得にかかった。
 それは、彼に抗いがたい誘惑になったらしい。
 それでも、すぐに動かないあたり、彼の自制心はたいしたものだ……と思う。そう言うところでは、確かに尊敬に値する存在なのだ、彼は。
 キラのことさえ絡まなければ……とも思う。
 それがなければ、他の者達のように、彼の存在がそばに帰ってきてくれたことを無条件に喜べたのではないか。そうも思うのだ。
「……無条件で、憎めるような相手だったら、よかったのにな」
 それだったら、誰がなんと言おうと行動に移すことができていただろうに。そう呟くアスランを、ハイネが黙って見つめていた。

「キラ!」
 ドアが開いた……と思った瞬間飛び込んできたのは、カガリだった。
 その事実に、キラは少しだけ失望をする。
 同時に、自分がどれだけ《フラガ》に依存していたかを改めて自覚させられた。おそらく、彼の姿をこの目で見ないうちは安心できないのだろう、とも。
「……カガリ……」
 しかし、彼女にあえて嬉しくないわけではない。
 だが、バルトフェルドと同じく、まっすぐにその瞳を見られないだけなのだ。
「よかった……生きていてくれて……」
 まっすぐに駆け寄ってきた彼女は、ためらいなくキラの体を抱きしめると、こう言ってくる。
「お前も、フラガも……」
 その言葉は、間違いなく彼女の本心からのものだろう。
「……僕は……」
 だが、自分は……とキラは口を開きかける。
「いいんだ。ともかく、こうしてここにいてくれるだけで、私は」
 それ以外は関係ない、と彼女は口にした。
「だから、変なことを考えるなよ? お前は、昔からくだらないことでぐだぐだと悩むんだから」
 ともかく、今は再会できたことを喜べ……と彼女は昔と変わらない口調で言ってくる。それが、ニュース等で聞いていた彼女のそれと違っていて、キラは少しだけ驚く。
「……カガリ、猫、かぶってたの?」
 その衝撃が大きかったせいか、思わずこう言ってしまった。
「……何が言いたいのかな? キラは」
「……いひゃい……」
 しっかりと報復をされてしまう。
「キラ、いじめちゃダメ!」
 その光景をどう判断したのか。ステラの声が微妙にまずい色を帯びる。
「いじめてるんじゃない! 単に怒っているだけだ」
 こいつがいけないことをしたのだから、当然のことだ……とカガリはそんなステラに言い返す。
「そうなの?」
 先ほどまでの話で、キラとフラガが彼女たちに何か《いけないこと》をしたという認識はあるのだろう。ステラはそう問いかけてくる。
「勝手にいなくなったって聞いたぞ」
 それに、シンがこう告げた。
 確かにそれは間違いではない。
 だが、実際はもっと複雑な事情があるのだ……とキラは心の中で呟く。だが、それを説明してもステラに理解できるかどうか。だから、ただ頷くだけにした。
「ならいいけど……」
 でも、と彼女は小首をかしげる。
「そんなに引っ張ったら、キラのほっぺた、のびない?」
 この言葉に、カガリは目を丸くして、シンとバルトフェルドは思わず笑いを漏らしてしまった。
 何というか、あのころの雰囲気が戻ってきたような気がする。
 キラがそう思ったときだった。
 なにやら青い顔をしたフラガがラクスと共に戻ってきた。
「ムウさん?」
「ネオ?」
 いったい何があったのだろうか。キラの中で不安がまたふくれあがった。