聞き覚えがあるが、ここで聞くとは思っていなかった声がする。
 それに、どうしてこんなに人の気配があるのだろうか。
 こんな事を考えながら、キラはゆっくりと目を開く。
「キラ、起きた?」
 その瞬間、視界に飛び込んできたのはステラの笑顔だった。それはいやではないのだが、フラガでなかったことに、少しだけ失望を覚える。
 だが、状況を考えれば何かあったのだと推測ができた。だから、彼女が側にいるのだろう、とも。
「……ネオ、さん?」
 あるいは、近くにいてくれるのだろうか。
 そんなことを考えながら、キラはそっと彼の名を呼ぶ。同時に、体を起こそうとした。
「いいから、寝ていなさい、少年」
 その瞬間、二度と直に聞くことはないと思っていた声がキラの耳に届く。
「……何で……」
 一番考えられるのは、自分たちが負けた、と言うことだ。
 そうなれば、指揮官であったフラガがどうなるか。キラにも簡単に想像がつく。
「ムウさん!」
 キラは半ばパニックに陥ってしまう。自分が人前では読んではいけないと言われていた彼の本当の名を口にしたことも、気づいていないほどだ。
「落ち着け!」
 そんな彼を、力強い腕が抱き留める。フラガとは違うそれに、キラは反射的に体をこわばらせた。
「彼のことは心配いらない。そのために、ラクスがついている」
 そちらのオコサマ達に必要な機材を確認しに言っているのだ……と彼は付け加える。
「……生きて、いるの?」
 キラは彼の顔を見上げながらこう問いかけた。
「俺たちの目的は、お前達を取り戻すことだったんだぞ。どちらかを失っても意味はないんだよ」
 第一、そんなことをしたら今までの努力が無駄になる……と彼は笑う。
「……腕……」
 その表情で、少し心が落ち着いたのだろうか。キラはバルトフェルドが自分を抱きしめている腕が二本あることに気づいた。
「あぁ。やっぱり二本ないと困るんでな。モルゲンレーテで開発してもらった」
 キラ以上のじゃじゃ馬を二人、面倒見ていたしな……と彼は笑い飛ばす。それが本心のものなのかどうか、キラにはわからない。
「……キラ、大丈夫?」
 そっとステラがキラの頬に触れてくる。
「……うん」
 彼女にまで心配をかけてしまったのか、と思いながらキラは小さく頷く。
「あのね」
 しかし、ステラの方はまったく気にしていない。嬉しそうに口を開いた。
「シンもね、キラを助けてくれたの」
 そしてこう報告をしてくる。
「シン?」
 その名前は聞き覚えがあった。ステラを助けてくれたザフトの兵士の名前だ。
 ステラが嬉しそうに報告してくれたその相手の記憶は、あの日に消されたはず。しかし、それを思い出したというのであれば、自分が作った《バグ》はうまく作用したと言うことだろう。
 しかし、彼はアスランの部下でもあったはず。
 と言うことは、彼が今、ここにいると言うことなのか。
 彼が、フラガを憎んでいないとは言えない。
 だから、何をしでかすかわからない……とキラは心の中で付け加えた。
「アスランのことは心配いらない」
 キラの表情から何かを読み取ったのだろう。そっと腕の中からキラの体を解放しながらバルトフェルドが言葉を口にする。
「ラクスやマードックがついて行っているし、ハイネと議長も彼には危害を加えさせないと約束してくれたからね」
 だから、アスランでもそう簡単には暴走できないだろう……と彼は苦笑を浮かべた。
「それよりも、キラは大丈夫なのか?」
 具合が悪いとかそう言うことはないのか、とバルトフェルドは問いかけてくる。
「多分、体の方は大丈夫です……」
 心の方は……と言われれば、不安でいっぱいだ。
 もっとも、ここにフラガがいてくれればそれだけでそれは解消するだろうが。だが、今彼はここにいない。
 だから……とキラは心の中で呟く。
「なるほど、な」
 これが操作された結果か、本心からのものなのか、判断に悩むな……とバルトフェルドはため息をついた。
「キラが、フラガをどれだけ必要としていたか、知っているつもりだったけどね。三年前はここまであからさまではなかったからな」
 この言葉に、キラは小首をかしげる。
「あぁ、それが悪いと言っているわけではないから、安心しろ」
 少なくとも、自分はそうは思わないが……と付け加えた。ただ、他の者はどう思っているかまでは保証できないが、という言葉にキラは小さく頷く。
「でも……僕は、ムウさんと一緒にいることを選んだんです」
 その結果、どんな状況になっていたとしても、それは自分が選んだことだ……とキラは口にする。
「あぁ、わかっている。だがな、それでも、お前がここに閉じこめられていたことは事実だろう?」
 他にもいろいろと厄介な問題があるのだ、とバルトフェルドは言い返してきた。それも、自分が選択した結果だ、とキラは思う。
「ともかく、厄介ごとが片づけば、お前とフラガの身柄は俺たちが預かることになっている。そっちの三人についても、まぁそうなるだろうがな」
 だから、安心していい……と彼は笑った。
「バルトフェルドさん?」
 いったい何を……とキラは思う。第一、そんなことが許されるはずはない、とも思うのだ。
「お前はもちろん、フラガもな。マインドコントロールをされている可能性がある。そう言うことだ」
 まぁ、そんなことは、後でいくらでも口裏を合わせる事が可能だがな、と彼はさらに笑みを深める。
「いいか? 俺たちにとって重要なのはお前達二人が生きていてくれると言うこと。そして、自分たちの目の前にいてくれると言うこと。この二点だけだ」
 そのためならば、どのようなことをしてもかまわない、と考えていたのだ、と彼は片方しかない瞳でキラを見つめてくる。
「だから、お前達は深く考えなくてもいい。議長にしても、彼なりの考えがあって我々に協力をしてくれているんだよ」
 だから、馬鹿なことだけは考えるな。この言葉に、キラは小さく頷き返すだけで精一杯だった。