フラガの腕の中にいるキラの存在を見た瞬間、アスランは抑えられていた感情が一機に吹き出したような感覚に襲われた。
 しかし、それを行動に移すことはできない。
「ハイネ」
 この戒めを解き放たれたらどうなるのか。そんなことを考えていた彼の耳に、デュランダルの声が届く。
「アスランをそのまま連れてきて来るように」
 少なくとも、これからの話が全て終わるまでは……と彼はハイネに命じている。その事実がアスランの中の怒りをかき立てた。
「何故ですか!」
 それでも、相手が相手であるが故に、強引なことはできない。
「……それを一から説明されなければならないほど愚かな存在なのかな、君は」
 アスランの言葉に、デュランダルはただ一言、こう言い返してくる。
「キラのため、ですのね」
 その脇で、ラクスがバルトフェルドにこう問いかけていた。
「それもあるが、他にもいろいろとあるのだよ。ともかく、後一時間もすれば目覚めるそうだ。キラと向き合うなら、その後でもいいのではないかね?」
 もっとも、どこまで普通の反応をしてくれるかはわからないが……と彼は声を潜める。
「それは……わかっているつもりですわ」
 それでも、キラがいてくれるならば対処のしようもあるだろう、と彼女はまっすぐに顔を上げて告げた。
「……キラ、優しいの」
 ふわりとした声が周囲に響く。
「別段、普通だよな。俺たちにもきちんと目を向けてくれるし」
「もっとも、あんた達から見れば違うのかもしれないけど」
 それでも、キラは自分の意志で自分たちと関わってくれていた。他の者に対しても同じだ、と少年達がにらみ付けてくる。
 しかし、それは一方的な視点の上に立ったものではないのか、とアスランは思う。
「……ねぇ」
 シンにすがりつくようにして立っていた少女がまた口を開いた。
「その人達が、キラの言っていたネオと同じくらい大好きな人?」
 この言葉に、ラクスだけではなくアスランも彼女へと視線を向ける。
「ステラ?」
「だったら、キラが言ってたの。好きだから、会えないって……ネオを選んだから、会っちゃダメなんだって」
 その人達の希望どおりにはなれないからっていってた……という言葉に、ラクスは一瞬目を伏せた。だが、すぐに微笑みと共に彼女を見つめる。
「私たちは、キラも貴方がおっしゃる《ネオ》という方も存じ上げておりますわ。その上で、お二人に帰ってきて頂きたかったのです。もっとも、少しだけ、怒らせて頂きますけどね」
 勝手にいなくなられたことに関しては……と彼女は口にした。
 もっとも、それはラクス達の勝手な感情だ。自分はそもそも《フラガ》の存在を認めてはいない、とアスランは心の中ではき出す。
 いや、一度は認めようかとも思った。
 それでも諦めきれなかったのだ。
 第一、フラガが死んだ……と信じて自暴自棄になっていたキラを支えていたのは自分だ、とアスランは思う。それなのに、ようやく立ち直ってきたキラの前に姿を現して、自分たちから彼を取り上げたじゃないか、と。
「本当?」
 だが、あの少女には目の前の事実だけが真実なのだろう。不安そうにこう問いかけている。
「本当ですわ」
 ラクスがさらに笑みを深めた。
「心配はいらないよ、ステラ」
 そして、シンも彼女に向けて微笑む。
「ラクスさまは、嘘は言わない。そうですよね?」
 議長と、彼はデュランダルに同意を求める。
「あぁ。心配はいらない。どうしても心配だ……というなら、君達も付いてくるがいい」
 ただし、シンの言葉にはしたがってくれ……と彼は付け加えた。
「……いいの?」
 一緒に行っても……とステラはシンを見上げている。そして、残りの二人もだ。
「議長がいいっておっしゃっているんだから、大丈夫だよ」
 だから、一緒に行こう……とシンもまた笑う。
「……ネオ?」
 他の二人はステラほど物事を簡単に受け止められないのか。フラガに向かって確認を求めている。
「本当なら《ゆりかご》に入れ……と言いたいところだが……お前達もあれこれ知りたいだろうしな」
 許可をくれるというのであれば付いてくるがいい……と彼は口にした。
「では、移動をしようか。ハイネ?」
「はいはい」
 こういう作業はみんな俺の役目なんですね……とため息をつきながら、ハイネがアスランの体を抱え上げる。
「申し訳ありませんわね」
 そんな彼に向かって、ラクスが苦笑混じりにこう告げた。
「君が適任なのだから、我慢してくれたまえ」
 デュランダルにまでこう言われてはハイネとしては逆らえないのだろう。
「と言うわけだから、暴れるなよ?」
 落とされたくなければな……と言いながらハイネはアスランを肩に抱え上げたまま歩き出す。
 自分で移動できない事実を忌々しく思いながら、アスランは自分がどう行動すべきなのかを考えていた。
「……ネオ、キラ、大丈夫?」
「心配はいらない。ステラ達が守ってくれたからな」
 だから、ちゃんと目を覚ますし、起きたらいつもどおりに笑ってくれるはずだ……とフラガは口にする。もっとも、この状況に驚くだろうが、とも。
「そのお嬢ちゃん達は、ずいぶんと二人になついているんですな」
 今まで口を開かなかったマードックの声も耳に届いた。
「ステラは、特にな」
 それなりの理由があるのだ……とフラガはどこか苦いものを滲ませた口調でこう告げる。
「それについても、じっくりと話を聞かせてもらった方がいいと思うよ。それからでないと、ラミアス艦長達への報告も難しいだろう?」
 彼女たちも、おそらくあれこれ知りたがっているはず。それでも、自分の役目をわきまえているからここに来ないのではないか。
 そう告げるバルトフェルドの言葉が、自分を非難しているようにアスランには感じられてならなかった。