「……あらあら……」
 目の前の様子を見て、ラクスは苦笑を浮かべる。
「いい格好ですわね、アスラン」
 こう告げれば、床に転がされているアスランは射るような視線を向けてきた。しかし、ラクスはもう興味をなくした……というように視線をフラガ達へと向ける。
「それで、キラはこの中にいるのですね?」
 そして、フラに向かってこう問いかけた。
「……あぁ……」
 ラクスの言葉に、フラガは頷いてみせる。その表情はどこか苦しげだ。あるいは、そんな表情を他人に見せたくなくて、彼はあの仮面をかぶっていたのかもしれない……とラクスは思う。
「では、会わせてくださいませ」
 そのために、自分たちは努力してきたのだ。ラクスは視線で彼に告げる。
 アスランにしてもそうだ。
 最後の最後で暴走をしたが、彼も《キラ》を取り戻したい……と言う気持ちには代わりがないはずだ。彼の暴走も、キラに会えば一応の落ち着きを見せるかもしれないだろうし、とも思う。
「……会わせるのはいいが……中の様子は見ない方がいいと思うんだが」
 少なくとも、ラクスとアスラン、それにマードックは……とフラガは苦しげな口調で告げる。それはどうしてなのだろうか、とラクスは眉を寄せる。
「子供達には、ちょっと刺激的な光景なのか?」
 ちゃかすような口調でバルトフェルドが問いかけた。
 それに対し、フラガは言葉を返してこない。
 彼のその態度が、何よりもバルトフェルドの言葉を肯定していた。
「……俺も、ですかい?」
 ため息と共にこう告げたのはマードックである。ラクスやアスランであれば妥協できるのであろうが、自分まで除外されるとは心外だ、と彼は言いたいらしい。
「昔の《キラ》を知っている連中には……できれば見せたくないんだ」
 この言葉は苦渋に満ちている。
「同じような理由で、こいつらにも見せていない」
 この中にいるときのキラの様子を……と口にしながらフラガは脇に控えている三人に視線を向けた。
「キラ、大丈夫?」
 その瞬間、その中の少女がこう問いかけてくる。
「大丈夫だ。ステラ達が守ってくれたんだろう?」
 だから、何も知らずに眠っている……と彼は付け加えた。その言葉に、アスランが微妙な表情を作る。だが、何も口にはしない。
「マードック、ラクス達を頼む。それと、アスランだな」
 アスランが暴走すれば全てが台無しになりかねないだろう、とバルトフェルドが彼をなだめている。それが功を奏したのか。それとも、自分が我を張っては示しがつかないと考えたのか。
「……仕方がありませんな」
 こっちの坊主を見張っていますぜ……とマードックは引き下がる。
「何。俺だけではなくデュランダル議長もご一緒だしな。第一、彼にはキラを傷つける理由がないんだ。だから、何も心配はいらない」
 バルトフェルドのこの言葉は、マードックだけではなく自分やアスランにも向けられたものなのだろう。ラクスはそう判断をした。
「おそらく……君達に中の様子を見せないのも、キラのためなんだろうな」
 だから……という言葉に、ラクスとマードックは頷く。ただ一人、アスランだけはあくまでも不満そうではあった。

 手慣れた様子でフラガはドアのロックを外していく。
「ずいぶんと厳重だね」
 指紋だけではなく網膜パターンまでも読み込ませている様子に、デュランダルが感心したように呟いた。
 それに言葉を返すべきなのかどうか。フラガは一瞬悩む。しかし答えを必要としていなのだろうと勝手に判断をすると作業を続けた。
 全ての手続きが終了し、ロックがはずれる。
 ドアが開いた瞬間、小さなうめき声が耳に届いた。それが誰のものであるか確認しなくてもわかる。
 しかし、マードック達が抑えているのだろう。
 彼が動く気配は感じられない。
 ならば大丈夫か。そう思いながら、ドアをくぐる。その後を当然のようにバルトフェルド達がついてきた。彼等が入ったのを確認して、フラガはドアを閉める。
「……おやおや……」
 その事実に、バルトフェルドがどこか目をすがめた。
「そんなに、彼が信用できないのかな?」
 それとも自分たちが……と彼は言外に付け加えてくる。
「そういうわけじゃない……ただ、いつもの癖だ」
 キラをできるだけ他人の目に触れさせたくない。その独占欲の現れだ、と自分でもわかっている。
「……なるほどね……」
 そこで納得されても困るような気もしないわけではない。だが、それに対し言い返すよりも先にしなければいけないことがある。
 足早に奥へ進むと、奥にある円柱状のカバーに手を触れた。それに付けられているセンサーが《俺》だと認識して、初めてそれは開かれる。
 次の瞬間、背後で息をのむ気配がした。
 それはそうだろう……とフラガは思う。
 それでも、この二人だからこそ、まだ安心なのだ。他の連中にはある意味見せられない――というよりも見せたくない――光景なのだ、とフラガは心の中で呟く。
「……キラ……」
 だからこそ、ここからさっさと連れ出してやりたいと、目の前の光景を見るたびに思うのだ。
「俺だ。外すからな?」
 そのまま寝ていろ……と声をかけながら、そっとキラの体に取り付けられたセンサーのたぐいを外していく。
「……あぁ……もう、声をかけても大丈夫だ。もっとも、後一時間は意識を取り戻さないが……深層下では認識しているはずだ」
 逆に言えばそれがあるからこそ、他の人間が勝手にキラに触れられなかったのだ。
「なるほどね……それならば、君からキラを取り上げられることはなかったわけだ」
 フラガがいなければ、キラは使えない。
 いや、使えないわけではないだろう。この装置に縛り付けておくだけならば、彼がいない方がいい。しかし、それはキラに緩慢な死を与えることでもあるのではないか。
「どういうシステムなのか……」
 気にはなるな……と呟いたのはデュランダルだ。
「もっとも、かなりの負担を強いるものらしいね」
 キラの顔色からそれを推測したのだろう。彼はこう付け加えた。
「……キラ以外の被験者は……全て死んでいるからな」
 ここのシステムにしても《キラ》が作ったプログラムがなければ完成していなかっただろう。もっとも、本人はそんなものを作らされていたなんて知らなかったのだが。
「キラ……」
 これからも、その事実は伝えるつもりはない。そう思いながら、そっとその体をシートから抱き上げる。
「……で? これからどうすればいいんだ?」
 キラだけではない。
 考えてみれば、あの三人も戦闘後のチェックを行っていないのだ。このままでは支障が出てくる。
「当面は、君は拘束かな。その他の面々は……何か必要なことがあるのであれば、その措置をしてもらってかまわないと思うんだが」
 議長? とバルトフェルドはデュランダルへ問いかけた。
「そうだね。いろいろと話を聞かせてもらわなければならない。ただ、この艦ではなく、できれば別の艦へ移動してもらいたいものだね」
 だが、そのためには機材の移動等が必要なようだが……とデュランダルは周囲を見回しながら口にした。
「マードックを連れてきて正解でしたね」
 彼であれば、必要な判断を下せる。メカに関しては彼が一番だ……と告げるバルトフェルドの言葉にはフラガ自身賛成だ。
「真っ先に聞かねばならないのは、そのことかもしれないね」
 だが、とりあえずは移動をしよう……とデュランダルは口にする。ここではゆっくりと話もできないだろう、と。
「賛成ですな」
 だが、どこがいいか……と二人は顔を見合わせているらしい。
 自分たちと彼等だけであれば、どこでもいいのだ。だが、どうせアスランやマードックも同席すると言い出すに決まっている。いや、他にも数名ついてくるのだろう。
「……俺たちが使っている部屋であれば……それなりの人数がいても大丈夫だと思うが……」
 ならば……とフラガはこう提案をした。
 普段から、あの三人が入り浸っているし、他にも作戦会議等で使うことを考えてあれこれ用意をされているのだ。
 それに、そこであればキラが目覚めるときにも側にいられるだろう……とも思う。
 もっとも、自分に選択権がないこともフラガは知っていた。あくまでも、そう口にするしかできないのだ。
「その方がゆっくりと話せそうだね」
 あっさりとデュランダルが頷く。
「では、そう言うことにしようか」
 ぽんっとバルトフェルドがフラガの背中を叩いてくる。
 それを合図に、フラガはキラを抱きかかえたまま歩き出した。
「……そう言えば、今の彼に触れても大丈夫なのかね?」
 フラガの隣を歩きながら、デュランダルが問いかけてくる。それによって、アスランの拘束をどうするか考えなければいけないだろう、と彼は付け加えた。
「……できれば、部屋に行くまでは触れられたくないですね」
 精神に支障が出るわけではない。それでも、キラがその感触を《悪夢》と認識する可能性があるのだ。だから、とフラガは説明をする。
「なら、アスランの拘束はしばらくあのままにしておこうか」
 命令違反のおしおきもかねて……とバルトフェルドは苦笑しながら口にした。正式な処罰は、もちろん、別に与えなければいけないだろうが、これが一番効くかもしれないな、とも。
 それは、自分も同じ事だろうな……とフラガは心の中で呟く。
 もっとも、そうなった場合自分だけではなくキラも正気を保てるかどうかわからないが、と心の中で付け加えた。
「貴方にお任せしますよ、バルトフェルド隊長」
 フラガの内心とは関係なく、二人がこんな会話を交わしている。それを耳にしながら、フラガは腕の中のキラをさらにきつく抱きしめた。