時間を確認する。そうすれば次の段階に進むべき時間だ、と時計が告げていた。
「よーし、行こう。慎ましくな」
 口ではこういうものの、フラガの内心は複雑だった。
 自分たちのこの行動が、世界を再び戦争に巻き込むことはわかっている。そして、それをキラが内心では嫌がっていることも知っていた。
 だが、そうしなければいけないのだ。
 そうしなければ、自分は《キラ》を守れないのだから。
 内心でキラに謝りながらも、フラガは次の指示を出す。
 次々とダガーLが発進の準備を行っている。
「主砲照準、左舷前方、ナスカ級。発射と同時にミラージュコロイドを解除。機関最大」
 ブリッジ内に緊張が走った。
 しかし、それ以上にフラガは緊張していたと言っていい。これから行うことが《キラ》にどれだけの負担をかけるか。それは誰もわからないのだ。
「さ〜て。ようやくちょっとは面白くなるぞ、諸君」
 だが、それを表に出すことは自分には許されていない。その事実が、これほどまでに辛いとは思わなかった。
「ナスカ級接近。距離1900」
 フラガの耳に報告が届く。
「MS発進後、回頭20。主砲照準インディゴ、ナスカ級! あちらの砲に当たるなよ!」
 もっとも、その時には《キラ》が適切な判断を下してくれるはずだ。だから、大丈夫だろうとは思う。
 それでも、不安を隠せないのは、状況がどうなっているかを正確に確認できないから、だろうか。
 それとも、別の理由からなのか。
 フラガ自身にもわからない。
 そして、そんな彼の目の前では戦闘が繰り広げられ始めた。
「……彼等は?」
「まだです」
 どうしても戦力差は否めない。だから、できるだけ迅速にこの場を離脱したい。それに関しては三人にしっかりと念を押しておいたはずだ。
 しかし、まだ戻ってこない……と言うことは、何か予想もしていなかった事態が起きたのかもしれないと判断した。
「失敗ですかね?」
 イアンがこう問いかけてくる。
「港を潰した言っても、あれは軍事工廠です。長引けばこっちが持ちませんよ」
「わかっているよ」
 彼の指摘は確かに正しい。
「だが、失敗するような連中なら、俺だってこんな作戦、最初からやらせやせんしな」
 自分だけではなく《キラ》もできると判断したのだ。
 だが、このままではこちらが時間切れになりそうだ……と言うことも事実。仕方がないな、と思いながら、フラガは腰を上げた。
「出て、時間を稼ぐ。船を頼むぞ!」
 この言葉を残すと、そのままブリッジを後にする。
 彼の背中を、イアンの返事が追いかけてきた。

 自分たちの立場はともかく、ここでは異分子だ。だから、警戒されても仕方がないだろう、とアスランは思う。
 それでも、カガリの治療ととりあえずとはいえ休憩が取れる場所が欲しい、と判断したことも事実だ。
 それ以上に、先ほどのパイロット達が気にかかる。
「……あいつらは……」
 キラと関係があるのだろうか。
 それとも、ただの偶然だったのか。
「そんなはずはないな」
 きっと、彼等のそばにキラはいるのだ。アスランはそう考える。そして、彼等にMSの操縦を教えた。だから、彼等はキラの癖も身につけてしまったのだろう。
 だが、と思う。
 だからといって、どうやれば自分は彼等に近づくことができるのか。
 カガリのボディ・ガードという立場ではそれは難しいだろう。だからといって、なんの後ろ盾もない立場では動きを制限されてしまう。
 では、どうすればいいのか……
 その答えを、アスランは持っていなかった。
 だが、今しなければならないことはわかっている。
「今は……カガリを守ることが先決だな」
 彼女をオーブに届ければ、バルトフェルド達の協力も得られるだろう。そして、今回の一件を彼に話せば、自分とは違う何かに気づいてくれるかもしれない。
 彼の経験は自分とは比べものにならないくらい豊富なのだ。
 それを悔しいとは思えないほどの人間性を彼は身につけている。だから、あの男は《キラ》を彼に預けたのだろう。そのくらいのことも理解できる程度に、自分は成長したのではないか。
「それでも……お前を取り戻すためなら、何を切り捨てたとしても……後悔しないんだろうな、俺は」
 自分にとって大切なのはあくまでも《キラ》だけだ。
 だから、キラさえいてくれればそれで良かったのに。
 そう考えて小さなため息を漏らしたときだ。アスランの耳にシャワーブースのロックがはずされる音が届く。どうやら、カガリが身支度を調え終わったらしい。
 では、デュランダル達の所へ行かなければならないだろう。
「何か……新しい情報が入手できればいいのだが……」
 おそらく、難しいだろうな。アスランはこう呟く。
「アスラン、待たせた!」
 タイミングを合わせたかのようにカガリが姿を表した。
「いや、いい。それれよりもいいな?」
「わかっている……口は慎むさ」
 私だって、状況がわかっていないわけではない、とカガリは付け加える。
「わかっている」
 そんな彼女に、アスランは笑みを返した。