「……投降信号、だと?」
 空にくっきりと刻まれたそれを見て、アスランはかすかに笑う。
「ようやく、か」
 本当に、あきらめが悪い連中だよな……と吐き捨てる。それでも、意識はまだ目の前の機体に向けていた。これに逆ギレをしかねないとも限らない。そう思ったのだ。
 だが、相手はいきなり全ての武装を解除すると移動を開始する。
「……なんだ?」
 母艦に戻るつもりなのか。
 それはそれでかまわないが……と思いながら、アスランもまたハイネのグフがいる艦へ向けて移動を開始する。
「ハイネ!」
 そして、同僚に呼びかけた。
『来たか、アスラン』
 即座に彼は言葉を返してくれるが、その後に『来なくていいのに……』と続いているような気がしたのは錯覚だろうか。
『ともかく、俺とお前はこの場で待機だ』
 だが、それ以上に気に入らないのがこのセリフだった。
「なんだと?」
 自分は、キラを捜すためにここに来たのに、どうしてそれをしてはいけないのか。相手が他の誰かであれば、無視もできるのに……とも思う。しかし、同じ立場のハイネではそれも難しい。
『議長と姫君方が来るまでここにいろと、さ。内部の制圧は、既に他の連中が動いている』
 いったいいつの間に……と思う。
 そんな気配はなかったはずだ……と心の中で呟いたときだ。
「……アークエンジェル……」
 どうして今まであの艦の存在に気がつかなかったんだ。アスランは心の中で舌打ちをする。
 と言うことは、艦内制圧の指揮を執っているのは、あの人なのだろうか。
 もしそうなら、自分の狙いは叶えられないと言うことになるだろう、と唇をかむ。
『まぁ、そう言うことだ』
 苦笑を含んだ声が、アスランの考えを肯定してくる。それは、間違いなく自分を制止するために行っていることだろう。
「そこまで信用されていなかったか」
 もっとも、今までの言動を考えれば当然のことか……とアスランは心の中で呟く。しかし、そうなる根本的な原因を作ったのは、そもそもあちらではないかとも思うのだ。
『それもあるだろうがな』
 しかも、ハイネがあっさりとその事実を肯定してくれた。
『それ以上に、どんなことをされているかわからないんだ。下手な手出しをすればどうなるか、誰もわからないんだぞ』
 その結果、肝心なものを失っていいのか。
 この言葉はもっともなものかもしれない。
 だが……とアスランは思う。
「ここに、キラがいるんだ……」
 誰よりも早く、そのぬくもりを感じたいと思っていけないのか。
 たとえどのような状況でもいい。彼に会いたいのだ、と自分の本能が叫んでいる。それを抑えることが難しい、とも思う。
『せめて、議長がいらっしゃるまでは我慢しろ』
 この言葉にアスランは盛大に舌打ちをする。
 ザフトの一員である以上、デュランダルに従わざるを得ない。
 キラを取り戻すために力を求めたが、この現実だけは気に入らない……とアスランは心の中で呟いていた。

 ザフトの一般兵の緑の中で、一人だけ鮮やかな色を纏っているものがいる。それが誰か気づいた瞬間、フラガは小さくため息をついた。
「さて……と。無駄な抵抗さえしなければ我々は君達に危害を加えない。その事実はよくご存じだね?」
 その人物はまっすぐにフラガを見つめるとこう問いかけてくる。その視線だけで、自分が《自分》であると、既に彼にはばれているのだな、と推測できた。
「部下達の身柄を保証してくれるなら……別段、抵抗する気はない」
 しかし、それを表に出すわけにはいかない。
 あの男が知っている《ムウ・ラ・フラガ》はあの日に死んだのだ。ここにいるのは、あくまでも《ネオ・ロアノーク》でなければいけない。
「それに関しては保証しよう」
 元々、協定を破るつもりはないのだ、と相手は笑う。それに関しては心配はいらないだろう、とフラガも考えていた。そういう面では信頼できる相手だから、と。
「ただし、そちらの指揮官殿については別だがね」
 意味ありげな笑みと共に彼はこう言ってきた。
「貴様!」
 その言葉に、艦長が即座に反応を返す。
「落ち着け。当然のことだろう」
 判断としては、な……とフラガは付け加える。だが、相手の目的がそれだけはない、と言うことにも気づいていた。
 バルトフェルドの周囲にいる者達。
 彼等が全て、あの戦いのおりに彼の指揮下にあった者達だ、と言うことにも――もっとも、中に一名、別の意味で知っている相手の顔もあったが――だ。
「では、指揮官殿はついてきて頂きましょう。他の方々はこの場で我々の指示に従って頂く。カークウッド!」
「了解しました。隊長!」
 この場はお任せください! と一人が返事をすると同時に、数名のものがブリッジに散らばった。彼等がここの制圧責任者、と言うことなのだろう。
「わかっていると思うが……我々は負けたのだ」
 理不尽な扱いにすら耐えなければならない……と言うことは士官学校その他でたたき込まれている常識ではある。
「……わかっておりますが……ですが、それと大佐を心配する気持ちとは別問題だと思いますが?」
 個人的に自分はフラガを心配しているのだ、と彼は囁いてくる。いや、フラガだけではなく彼も、と。
「それも大丈夫だ。だから、すまないが艦内の動揺を収めることを優先して欲しい」
 ここまで言われれば、それ以上何も言えないのだろう。彼はただ黙って首を縦に振って見せた。
「待たせてしまったか?」
 視線を戻せば、バルトフェルドは小さな笑みと共に首を横に振る。
「いい指揮官というものは、部下に慕われるものらしいからね」
 そして、不安を解消するのも上官の役目だろう、という言葉をどう受け止めればいいのか。相手が相手だけに、素直に受け入れられない自分がいることをフラガは自覚している。
「と言うわけで、付き合って頂こうかな」
 いろいろと話をしなければならないだろう。彼はそう付け加えた。その言葉に、今の自分は逆らえないんだよな、とフラガは心の中ではき出す。
「仕方がないですな」
 言葉と共にフラガは移動を開始する。その彼の周囲をダコスタをはじめとする者達が取り巻いた。
「そんなことをしなくても、逃げも隠れもしないがな」
 今更そんなことをしてどうなるんだ、とフラガは思う。
「何。形式的なものだよ」
 申し訳ないね……言う言葉にフラガは苦笑だけを返した。