「お前、誰だ!」
 ステラは目の前に現れた相手に向かってこう怒鳴る。
「……ステラ……」
 そんな彼女の反応に、相手は信じられないというように目を丸くした。
「俺だよ、ステラ!」
 それでも、彼女に向かって相手はこう叫んでくる。その声に、聞き覚えがあるような気がするのは事実だ。だが、どうしても思い出せない。
「お前なんて、知らない!」
 何よりも、相手が身に纏っているのはザフトのパイロットスーツではないか。
「お前は、敵じゃないか!」
 自分たちを殺すものだろう、とステラは相手をにらみ付けた。自分だけではなく、ネオもキラも殺すつもりのくせに、と。
「そんなことはしない!」
 相手は即座にこう言い返してくる。
「約束したじゃないか!」
 あの日、と真剣な口調で彼は続けた。しかし、ステラにはまったく思い当たる記憶はない。誰かと間違えているのではないか、と本気で思う。
「俺が、君を守るって!」
 だが、この一言がステラの中でしまい込まれていた《何か》を刺激する。
「……守る?」
 確かに、そう言ってくれた人がいた。
 それは今まで《ネオ》だったと思っていた。
 しかし、それでは時間が合わない……と初めてステラは認識する。
「ステラと、キラを……守る?」
 そう言われたのは、ネオのセリフよりも早かったはず……とそう思うのだ。
 と言うことは、その相手は彼ではないと言うことだろう。
 では、誰だったのか。
 そう思いながら、ステラは相手の顔を初めてじっくりと見つめた。
「……赤いおめめ……」
 それが綺麗だ、と思ったのはいつのことだったろうか。そして、自分はその事実をキラに報告した覚えがある。その時、とても嬉しかった。
 その瞳の持ち主は……
「……シ、ン?」
 心の奥から一つの名前が浮かび上がってきた。それを口にすれば、目の前の相手は、嬉しそうに瞳を輝かせる。
「そうだよ! 俺だよ!」
 こう口にしてくるが本当のことを言えば完全に思い出したわけではないのだ。
『大切なことはね、忘れたと思っていても、心の引き出しの中に残っているものなんだよ』
 だが、キラはこう言っていた。
 だから、彼の言葉を聞いて『嬉しい』と思う気持ちは、心の中の引き出しに眠っている《何か》が関係しているのではないか。ステラはそう思う。
「会いに来たよ、ステラ」
 そして、自分が守るから。
 こう言って笑うシンを、ステラはただ黙って見つめていた。

 ようやくあがった投降信号を横目に、パーソナルカラーのムラサメを降下させた。
「さて……と。どうやら間に合ったようだな」
 目的の艦の甲板に機体を着地させながらバルトフェルドはこう呟く。
「アークエンジェルの方も、予定どおりか」
 アスランは知らないだろう。
 あの後、元バルトフェルド隊の面々があの艦に乗り込んでいたのだ。もちろん、彼等はアークエンジェルの運行には関わっていない。目的の艦が投降したとき、艦内の制圧をさせるためにデュランダルから借り受けたのだ。
 もっとも、本人達は元の隊に戻ってきただけ、と考えているらしいが。
「ダコスタ君に任せるのは……ちょっと不安かねぇ」
 彼だって無能ではない。それはわかってはいるが、状況がここまで複雑では、と思うのだ。
「ハイネ」
 何よりも、自分がさっさと彼等に会いたいのだ。
『なんでしょうか』」
 即座にハイネが言葉を返してくる。そのきまじめな口調に、思わず苦笑がこぼれ落ちる。
「悪いが、ダコスタ君達が来次第、俺も艦内の制圧に向かう。でないと、彼が何をしでかしてくれるかわからないからね」
 それが恐いのだ……と告げれば、
『わかりました』
 とハイネは頷く。あるいは、そうなると最初から予想していたのかもしれない、彼は。察しがよすぎるのも少し問題かな……とバルトフェルドが心の中で呟いたときだ。
『あちらはどうしますか?』
 とハイネが問いかけてくる。
「……そっちの問題もあったんだね、そう言えば」
 開き直った《大人》も恐いが、現実を誤認している《子供》はもっと厄介だ、と思う。そして、何よりも彼等の場合、欲しいものが同じだから余計に困るのだ。
「議長が合流次第、姫君方が来る、とおっしゃっていたからね。それまで待機をさせておきたまえ」
 無謀な事をするようであれば強引な手段を使ってくれてかまわないよ……と苦笑混じりに付け加えれば、
『本当、厄介ごとだけを押しつけてくださいますね、隊長は』
 ため息が帰ってきた。
 ダコスタほど厄介ごとを押しつけた記憶はないのだがと思いながらもバルトフェルドは口を開く。
「何。君を信用しているからだよ」
 でなければ、こんな重要なことは任せない、と付け加える。
『そう言うことにさせて頂きますよ』
 彼の言葉を全然信用していない、という口調でハイネが言い返してきた。
「本当なんだけどねぇ」
 何がいけなかったのだろうか、とバルトフェルドは首をひねる。もっとも、本人に思い当たる節がない以上、答えが出るわけがないのだが。
 そうしている間に、アークエンジェルからダコスタやマードック達がこちらに移動してきた。
「艦長さんも心配性だねぇ」
 それとも、彼等もまた一足でも早くあの二人に会いたいのだろうか。その気持ちは自分も同じだから何も言えないな……と苦笑を深める。
「そう言うことだからね。後は頼むよ」
 この言葉と共にバルトフェルドはハイネの返事も待たずに行動を開始した。