「……あの機体……」
 カガリはセイバーと戦闘を繰り広げているカオスを見ながら眉をひそめていた。
「あのパイロット……キラにとって大切な相手、なのか?」
 もしそうであるなら、何とかして助けたい……と思う。
 しかし、アスランの性格を考えれば、自分の言葉を素直に聞いてくれるとは思えない。
 なら、どうすればいいのだろうか。
「先に、私があれを墜としてしまえばいいんだろうが……」
 キラ達のように、相手のパイロットを殺すことなく撃墜するなどと言うことができるか……というと疑問だ。いや、はっきり言ってしまえば、一対一では不可能だ、としかいいようがない。
 自分の実力に関して自信がないわけではない。だが、それほど過信しているわけでもないのだ。
 だからこそ、余計に口惜しいのかもしれない。
 ナチュラルとコーディネイターの差、と言ってしまえばそれまでか――それとも、経験の差なのだろうか――だが、それでは地球軍の主張を認めてしまうことになる。
 オーブの代表として、それはできないことだ。
 いや、確かに二つの種族の中に差があることは事実であろう。しかし、それを差別の火種にしてはいけないのだ、とカガリは思う。
「それに……私はここを動くわけにはいかないか」
 自分がここにいるからこそ、オーブ軍は動きを止めている。
 でなければ、また彼等はザフトへの攻撃を始めてしまうだろう。それがわかっているからこそ、動けない。
「……バルトフェルド隊長に託すしかないのか……」
 彼であれば、自分のためではなく《キラ》のための行動を取ってくれるだろう。
 だが、不安がないわけではない。
 彼が間に合うかどうか、わからないのだ。
 そして、悔しいがアスランは強い。
 そこから生まれる不安が、カガリの心臓をきりきりと締め付けていた。
「……アークエンジェル……」
 彼等がまだ完全に姿を現していない。それが、唯一の救いなのだろうか。そう思いながらカガリはスロットルを握る指に力をこめる。
 その時、予想もしていない動きを見せるムラサメにカガリは気づいた。
「無駄死にはするな! お前達の力は、オーブの未来のために必要なんだ!」
 不意に襲いかかってきた機体に向かってカガリは叫ぶ。
 しかし、相手は止まる様子を見せない。
『カガリ様!』
 焦ったような声が通信機から届く。その声にカガリは聞き覚えがあった。
「同士討ちをするな!」
 そのまま襲いかかってくる機体に照準を合わせる相手に向かって、カガリはこう叫ぶ。どちらが生き残っても、禍根が残るのではないか……と思ったのだ。
 第一、こんな奴らに撃墜されるような自分ではない……という自負もカガリにはある。
「私を甘く見るな!」
 そう言いながら、カガリは相手の攻撃を避けた。
 そのまま、相手の推進装置をビームライフルで撃ち抜く。
「死ぬなよ」
 落下していく機体からパイロットらしき人影が脱出したのを確認して、カガリは安堵のため息をついた。同時に、新たな怒りがわき上がってくる。
「いつまで、この茶番を続ける気だ、ユウナ!」
 その思いのまま、カガリはこう叫んでいた。

 どうするべきか。
 フラガはかすかに眉を寄せながらそれを考えていた。
 現状を打開する策はどうあがいても見つけられない。悔しいが、それは事実だ。
 しかし、何をおいても《キラ》とあの三人は連中に渡すわけにはいかない。
 だが、現状で自分がブリッジを離れることは不可能だ。
 それでも……とフラガは暗い笑いを漏らす。一緒に逝くことは可能かもしれないな……と心の中で付け加える。
 自分がいなければ、キラは永遠に目覚めないのだ。
 だから、体はともかく、心だけなら一緒に連れて行けるだろう。
 同時に、それは最後の手段だ、と言うこともわかっていた。
 まずは生き残ることを考えなければいけない。
「……大佐……」
 不安そうな表情で艦長が声をかけてくる。
「どうやら、ここまでのようだな……」
 さて、どうするか……と言い返せば、彼は悔しそうな表情になった。
「残念です。オーブの裏切りさえなければ……」
「それに関しては、こちらのミスもあるからな」
 カガリの存在を知っていながらも、それに対する対応を確認しておかなかったのだ。そして、あの男がこれほどまでに軍人達に信頼されていなかったという事実も見過ごしていた。それがこの結果につながったのであれば、予見できなかった自分の責任がないわけではない。そう思うのだ。
「そうでしょうが……」
 どこか納得できない……という態度を艦長か崩さない。それも無理はないことだ、とは考えるが今更仕方がないだろう。
「アウルもスティングも……帰還は無理か」
 彼等が来てくれさえすれば、逃げ出せるかもしれない。だが、カオスはさらに数機のMSに囲まれているし、アビスからの連絡はいまだないのだ。
「乗組員の避難の準備だけは初めておいてくれ」
 最悪、キラとステラだけを連れて行くしかないのか。フラガはそう判断をする。もっとも、目覚めたときのキラの反応を考えれば、それは避けたい事実ではあるな、とは思う。
 だが、現状では仕方がない。
 それとも……とフラガが考え始めたその瞬間だ。
「急速に接近してくる機体が!」
 CICから慌てたような叫び声が届く。
「どうした?」
「低空だったために、発見が遅れました!」
 迎撃できません! と声が続く。
「……そうか……」
 これまでだな……と思うと同時に、どうすればいいのかを考えてしまう自分がいることにフラガは気づいていた。しかし、いくら自分が不可能を可能にする男だからと言って、この状況では手の内ようがないことも事実。
「キラと二人だけなら、とる方法は一つしかないんだがな」
 部下達がいる以上、それもできないか。フラガの口元に自嘲の笑みが浮かぶ。
 だから、こんな立場になるもんじゃない。
 心の中でそうはき出した瞬間、目の前をオレンジ色の機体が覆い尽くした。