「……たいしたもんだな」
 そう来るか……とハイネは思わず呟いてしまう。その視線の先にはどこからか侵入を果たしたらしいシンの姿が確認できた。
「目標の捜索はあいつに任せるか」
 艦内の……とハイネは口元に笑みを浮かべる。
「じゃ、俺は他の連中が来る前にブリッジを抑えるか」
 特に、アスランが来る前に……と付け加えた。でなければ、何をしでかすかわからないのだ、あいつは。
 もし、ブリッジに《彼》がいた場合、アスランは遠慮なく引き金を引くだろう。
 その結果、最悪の事態すら考えられる。それをラクス達が心配していると言うことをハイネは知らされていたのだ。
 そして、自分が失敗した事によって、そのような事態になってしまったら……と考えるだけで恐いと思ってしまう。
 デュランダルも彼等について興味を持っていると言うこともまた知っている。だが、彼の場合、手に入れられなければそれはそれで仕方がない……と言って終わらせるだろう。だが、彼女たちは違う。彼女たちの怒りを買った場合、ただですむはずがないのだ。
「本当、見た目とは裏腹に恐い方だからな、歌姫は」
 でなければ、デュランダルが一歩退いた対応をするはずがないだろう。そして、バルトフェルドが無条件で協力をするはずがないのだ。
 そんな彼女の怒りを平然と受け止められるアスランはある意味凄い人間なのだろうか……などと関係のないことまで考えてしまう。
「さて……ブリッジに行くまでに撃墜されなきゃいいんだがな」
 今までは艦の甲板を飛び移ることで相手にロックされることはなかった。
 だが、ここからの距離を考えれば飛行して近づくしかないだろう。
「もっとも、そんなじゃ《紅》を身に纏っている資格はないか」
 同時に《FAITH》も返上しなければいけないかもしれないな、と呟く。
 そんな呟きとは裏腹に、ハイネの表情は自信に満ちあふれている。
「……行くか……」
 この呟きと共に、ハイネはグフを目標へ向けて飛行させた。
「こっちに注意が向いていれば、あいつもやりやすいだろうしさ」
 シンが少しでも早く目標を探し出し、確保していてくれればいい。ハイネは機体に向かってくる弾幕をくぐり抜けながらそんなことを考えていた。

「……そうだね……医療施設と、後は精神鑑定の準備をしていておいてくれないかな?」
 戦闘状況の説明を聞かされた後で、デュランダルはこう命じる。
「議長?」
 いったい何を……と部下が聞き返してきた。
「あるべきものをあるべき場所へ返すのだよ」
 それができれば、これからの戦闘はかなり楽になるだろう……とデュランダルは笑う。
 いや、それだけではない。
 ある人物との約束も果たさなければいけないのだ、自分は。それが生き残っているもの義務でもあるのだから、と彼は心の中で付け加える。
「それに、歌姫のご希望なのでね」
 かすかな笑みと共にこう告げれば、彼も納得したらしい。
「わかりました。では、内密に行った方がよろしいでしょうか」
 こういう察しの良さが彼を気に入っている理由の一つなのだ、と思いながら、デュランダルは頷いて見せた。
「では、そのようにさせて頂きます。そうですね……本日中に全ての機器をここに運び込ませましょう」
 医師も口の堅いものを集めよう……という彼にデュランダルは静かに頷く。
「……そうだな。その周囲には人が入らないように手配を。それと、近くの部屋に《歌姫》達の部屋も用意しておくように」
 彼女たちは、きっと側にいたいと思うだろう、とデュランダルは判断をする。同時に《彼》の処遇を少し考えておかなければいけないだろうな、とも考えておく。でなければ、全ては無に帰してしまうかもしれないのだ。
「それと、全ての条件が整い次第、私も移動できるようにしておいてくれ」
 いざというときに、自分もその場にいた方がいいだろうとそう判断をする。
「かしこまりました」
 言葉と共に、彼はデュランダルの元を離れていく。その気配を感じながら、デュランダルは窓の外へと視線を向けた。

 緊張で心臓が飛び出しそうだ。
 シンは銃のグリップをきつく握りしめながら心の中でこう呟く。
 単独で潜入するなんて無謀だっただろうか。今更言っても仕方がないことをシンは心の中で呟いてしまう。
 同時に、こうしていて初めて、自分が戦っている相手が《人間》なのだ、と認識できる。
 だからこそ、疑問に思うのだ。
 どうして《ナチュラル》の中にこんなにも《コーディネイター》を憎む者達がいるのか、と。
 オーブでは、確かに多少の差別はあったがそれでもこれほどひどくはなかった。アスハは気に入らないが、それでもあの国は地球にすむ同胞にとっては必要な場所だったのだ。改めてそう感じる。
「……ステラ……」
 ともかく、それについては今考える事はやめよう。シンは心の中で呟く。
 それよりも先に、ステラを探し出さないといけない。そして、話をすることが先決だ、と思う。
「でも、どこにいるんだ?」
 潜入の仕方はアカデミーでも学習した。だが、実践に移したことは今回が初めてだ。しかし、それがいいわけにならないこともシンはわかっている。
「誰かを締め上げるか……」
 それとも……と思ったときだ。
 前方から足音が響いてくる。
 それを耳にした瞬間、シンはとっさに物陰に隠れた。
「……ったく……あれらを運び出さなきゃないんだろうが……」
「だが《システム》には大佐以外触れられないはずだが」
「そちらに関しては、大佐に何とかしてもらうしかないだろう。俺たちがしなきゃないのは、あの三人の方らしいぜ。もっとも、あれや《システム》よりも中身の方が重要らしいが」
 ハードの方はいくらでも作り直せるらしいからな……と言うセリフに、シンは思わず眉を寄せる。どう聞いても、人間をもの扱いしているようにしか思えないのだ。
 だが、それよりも次のセリフの方がシンには気にかかる。
「しかしさ。あいつら、見た目だけはいいよな」
「……パイロットの女、許可が出ればお相手願いたいほどだったな」
 さすがに、戦場に出てくる女は少ないからな……と付け加えられた言葉は、まさしく下卑たものだった。同時に、地球軍の士気はそこまで落ちているのか……とも思う。
 そのまま兵士達はシンの存在に気づくことなく通り過ぎていく。
「……女性パイロット……」
 それは《ステラ》の事ではないだろうか。
 これだけの艦隊だから、他にもいる可能性は否定できない。
 だが、現在艦内にいる可能性があるのは彼女ではないか。シンにはそう思えたのだ。
「ついて行ってみるか」
 手がかりは全くないのだ。
 なら、間違っていてもかまわないだろう。シンはそう判断をする。
 そして、そのまま移動を開始した。