ゆりかごに入れる際、研究者達がステラの足首に巻かれたハンカチを取ろうとした。それを、彼女は泣いて嫌がっている。
「大丈夫だ。誰も、ステラからそれを取り上げないよ」
 それをキラが懸命になだめている様子が見えた。
「あれも、今だけです、な」
 他の二人の様子を確認していた研究員がこう囁いてくる。
「次に目覚めたときには、綺麗さっぱり忘れているでしょう」
 そのような記憶は、パーツには不要だ、と彼は言外に告げてきた。自分たちに対する忠誠心と、MSの操縦技術さえ覚えていれば、それでいいのだ、とも。
「まぁ……彼がいてくれますから、かなり扱いが楽ですよ」
 キラの言葉に彼等――特にステラ――は従順だ。フラガがその場にいなくても、彼がいてくれさえすれば無理矢理言うことを聞かせる必要はない……と彼は笑う。
「……本当は、そんなことをさせるためにここにいるんじゃないんだがな」
 キラは……とフラガは吐息と共に付け加える。
「わかっております、大佐」
 ただ……と彼が慌てて何かを口にしようとしたときだ。
「いいこだね、ステラ。大丈夫、起きるとまで側にいるから」
 ね、といいながら、キラがステラをそっとマットの上にステラの体を横たえる。
「うん……約束」
「約束するよ」
 ふわりとキラは優しい微笑みを口元に刻んだ。それに、ステラも無邪気な笑みを返している。その光景は、昔見た聖母子像のように感じられて、フラガは反射的に視線をそらしてしまう。
 だが、キラがそう言った理由はわかっている。
 彼にしても、これからステラが今日の記憶を失うだろう……と知っているのだ。
 だが、ステラにとってその《シン》との記憶は幸せな感情を結びついていることもキラは察している。
 失う想いの代わりにはならないかもしれないが、せめてそんな小さな約束だけは……と思っているのだろう。
「おやすみ、ステラ」
 この一言を残して、キラは彼女から離れる。と同時に、透明なカバーが彼女を覆った。
 その光景を、キラは悲しそうな眼差しで見つめている。
「キラ」
 そんな彼の肩にフラガはそっと手を置いた。
「……ネオさん……」
 フラガの顔を振り仰いだキラの瞳は、そのままだ。
「一度、部屋に戻るぞ」
 ここにいてもできることはない……と口にすれば、彼は小さく首を横に振ってみせる。
「でも、約束しましたから……」
 だから……とキラは呟くように口にした。
「ステラ達を気にかけるな……とは言わない。でも、俺もかまってくれていいと思わない?」
 二人でいられる時間はそうないんだぞ……とからかうように付け加えれば、何が言いたいのかわかったのだろう。キラはうっすらと頬を染めた。
「三人とも大丈夫だ。時間までに戻ってくればいい」
 キラも少しは休め……と付け加えながら、フラガはキラを引きずるように歩き出す。それに彼は逆らうことなくしたがった。

「……あんた、何を考えているわけ?」
 シンは目の前の上司をにらみ付けるとこういった。
「ステラ達が何をしたって言うんだよ!」
 何もしていないのに、どうして犯罪人扱いをするのか、と彼に詰め寄る。
「……どこにプルーコスモスが潜んでいるのかわからない以上、念には念を入れておく必要がある」
 しかし、アスランは表情を変えることなくこう言い切った。
「それに……彼らがいたとおぼしき家には、もうもぬけの殻だったそうだが?」
 三人をのせた車も、わざわざ追尾を振り切るような動きをしてくれたしな……と彼が付け加えたときだ。
「ですが、彼等が《ザフト》を警戒していたとは言い切れない、と思いますが?」
 不意にレイが口を挟んでくる。
「シンの話を総合して判断すれば、彼等が警戒をしたのは《アスラン》、貴方だという可能性もありますが?」
 少なくともシンだけの時は、何の反応も見せなかったではないか……と言う彼の言葉に、アスランはかすかに顔をしかめて見せた。
「どうして、俺が?」
 そうは言いながらも、彼にも何か思い当たることがあるのだろう。複雑な表情を作っている。
「理由があるとすれば、貴方が《アスラン・ザラ》だから、としかいいようがないかと」
 あるいは《アレックス・ディノ》を警戒しているのかもしれない、とレイは言葉を続けた。
「アスハ代表が《病気療養》と発表されてからのオーブは、かなりの混乱に陥っているそうですしね」
 その国から逃げ出してきたものだ、とするのであれば、代表の護衛だった人間の顔を見れば警戒をしたとしてもおかしくはないのではないか。
「……悪までも、推測だな」
「貴方の行動も、あくまでも推測の上でのものだ、と思いますが?」
 自分もレイのようにどのようなときにでも冷静でいられれば、きっとアスランを言い負かすことも可能だったのではないか。そうは思う。
「どちらにしても、既に彼らはいないのです。ならば、今後どうするべきなのかを考えられてはいかがですか?」
 今回は、アスラン一人で動いたことが失敗だったのではないか。
 レイはそう言いたいらしい。
「……覚えておこう」
 この言葉と共に、アスランはきびすを返した。そして、そのまま彼等から離れていく。
「……ステラが……もし、ステラがそうだったとしても……」
 彼女を守る、と約束したのだ……とシンは口の中だけで呟いた。
「わかっている。お前は、お前が信じたとおりの行動を取ればいい」
 あるいは、それが全てをよい方向に導いてくれるかもしれないのだ、とレイは微笑んだ。
「……レイ……」
「俺は、そう思う」
 その言葉が、今のシンには何よりの贈り物だった。