「……そうか……」
 二人の話を聞き終わったフラガは盛大にため息をつく。
「シンがね、ステラ、助けてくれたの。守ってくれるって」
 そんな彼の耳に、ステラのこんなセリフが届いた。
「シンって、誰?」
 こちらに関しては、キラに任せておけばいいだろう。そういえば、不本意だが子供達を《ゆりかご》に入れる時期だった、と思い出す。
 それを切り出すタイミングの方が重要だな、とフラガはどこか人ごとのように考える。
「助けてくれたの。赤いおめめが、綺麗だった」
 ステラのこの言葉に、アウルが忌々しいという表情を作る。
「ステラを連れてきたザフト兵だよ」
 そして、小さな声で囁いてきた。
「でも、そっちはまだまし。ステラをただの民間人だと信じ込んでたからさ」
 それよりも問題があるのだ……とスティングがその後を続ける。
「そいつの上官らしい奴が、俺たちに疑いを抱いているかもしれない」
 この言葉に、フラガは眉を寄せた。
「どんな奴だ?」
 一抹の不安を覚えつつ、フラガはこう問いかける。
「紺色の髪に緑色の瞳の奴。めちゃくちゃ、目つき悪かった」
 普段であれば、自分のことを棚に上げてそんなセリフを言うな……とからかっていたことだろう。
 だが、今はそれができなかった。
 彼等が口にした色彩と同じ色を身に纏った人間を、フラガは一人だけ知っている。
 それは、決して会ってはいけない人物でもあった。
 だが、ただの偶然……という可能性もある。
 いや、そうであって欲しい……とフラガが心の中で呟いたときだ。
「あのね……アスラン、って言うんだって。その人」
 無邪気なステラの声が周囲に響き渡る。
 その瞬間、フラガの心臓が大きく脈打った。
「……ステラ……」
 本当、と問いかけるキラの声が震えている。
「シンは、そう言ってたよ?」
 それがどうかしたのか、とステラは小首をかしげた。
「……何でも、ないよ、ステラ」
 即座にキラはこう言って微笑み返す。だが、その微笑みがこわばっていることにフラガは気づいていた。その理由も、だ。
「……ネオ?」
 スティングが小声で問いかけてくる。
「ひょっとして、そいつも?」
 キラをねらっているのか……と唇の動きだけで付け加えられた言葉に、フラガは無言で頷いて見せた。
「一番、厄介な奴だ」
 他の者達であれば『キラの幸せ』を最優先に考える。
 だが、あの男は違う。
 自分の望みを優先して、キラを傷つけることすら厭わないのだ。実際、前の戦いの最中、一番キラを傷つけていたのは彼だったのだ。
「……殺してくる?」
 不意にアウルがこう囁いてくる。
 それができれば、確かに気分的には楽かもしれない。
 しかし、その行為もまたキラを傷つけることになるのだ。
「いや、いい。そんなことで、お前らを失うわけにはいかないからな」
 それに、とフラガは思う。
 本当にあの男が三人の言動に疑念を持っているのであれば、既にここはザフトに囲まれていなければならないはずだ。それでなければ、アークエンジェルのメンバーに。
 だが、そのような気配はない。
「その代わり、さっさとここを引き払うぞ」
 どのみち、艦に戻らなければいけなかったのだ。
 それが少しだけ早まっただけだと考えればいい。
 フラガはそう考えることにする。
「ネオ?」
「そろそろ《ゆりかご》に入らなきゃないだろう、ステラ」
 どこか不満そうな彼女にフラガは微笑みかけた。そうすれば、納得したというように首をこくりと振ってみせる。
「少しでも早いほうがいいな」
 ここにあるもので必要なもの……と言えば、キラのパソコンを含めたわずかなものだけだ。それをとりまとめるのにさほど時間はかからないだろう。
「いらない物は全部置いていけ」
 いいな、と言えば三人は即座に頷いてみせる。
「ネオさん」
 キラだけが不安そうな表情を作っていた。
「大丈夫だ、キラ」
 誰――それがアスランであろうとも、だ――が来ようとも、自分はキラを渡すつもりはない。
 だからといって、無駄な戦いをしたいわけでもないのだ。
 それをさけるためにも、さっさとこの場を後にしたい、とフラガは思う。
「……でも、また、海に行きたかったな……」
 ぽつり、とステラが呟く。その言葉が、遠回しに自分を非難しているようにフラガには思えた。もちろん、村内とが彼女にないことはわかってはいたが。
「そうだね。今度は、ザフトの人たちがいないところの海に行こう?」
 そこでなら、一緒に行ってあげられるから……とキラが微笑んでいる。
「キラも?」
「そう、一緒だよ」
 だが、これだけでステラの気持ちはあっさりとなだめられたらしい。
「なら、帰る」
 そして、そんなところに連れて行って欲しい……とフラガに向かって口にした。
「あぁ」
 その約束なら、いつかかならず叶えてやろう。そう考えて、フラガはしっかりと頷いて見せた。