船の灯りがこちらに近づいてくる。
 それに気づいたステラが体をこわばらせた。
「大丈夫だよ、ステラ」
 俺の仲間だから……とシンは付け加える。だから、何も心配ない……と彼女に向かって微笑んだ。 「それに、俺が守るって言っただろう?」
 大丈夫……とその細い指に自分のそれを絡ませる。
「……うん」
 そうすれば、ステラがしっかりと握りかえしてくれた。
 もう一度彼女に微笑みを向けると、シンは迎えに来た船の方へと視線を向ける。次の瞬間、その深紅の双眸が驚きに見開かれた。
「なんで、あんたが来るんだよ!」
 そして思わずこう叫んでしまう。
「エマージェンシーを出したのはお前だろう」
 たまたま、自分が手が空いていただけだ……とアスランは平然と言い返す。
「どうしたら、救援を求めなければいけない状況に陥られるのか……と思っていたのだが」
 言葉と共にアスランの瞳がシンの背後で体をこわばらせているステラへと向けられた。
「そんなにステラをにらむな! 怖がるだろう! あんた、ただでさえ目つきが悪いんだからさ」
 そんな風に見られれば、普通の女の子は怖がるに決まっているだろう! とシンは指摘をしてやる。もっとも、言われた本人にしてみればそうとは受け止められないだろう。しかし、そんなこと、シンにはどうでもいいことだ。
 大切なのは、ステラをおびえさせないこと。
 そして、無事に家族の元へと返してやることだ。
「オーブからここに避難してきた民間人だよ、彼女は」
 顔見知りだ、ともシンは付け加える。
「……そんなつもりはなかったんだがな」
 不意に、身に纏っている空気を和らげるとアスランは肩をすくめた。
「ともかく、こちらに乗り移れ。安全な場所まで連れて行こう」
 タオルも必要そうだな……と彼は視線を船の方へと向ける。そして、操舵手に何事か声をかけていた。
「ステラ」
 ともかく、行こう? と声をかければ、彼女は小さく頷いてくれる。これならば大丈夫だろう、と判断してシンは先に船に飛び乗った。
「ステラ」
 そして、彼女に手を差し出す。そうすれば、そっとステラの手が重ねられる。
 じんわりと伝わってきたステラのぬくもりが、シンには心地よい。
「大丈夫だよ。俺が一緒だから」
 こう言えば、ステラが小さな笑みを浮かべた。
 そんな二人の上に毛布が落とされる。誰の仕業かなど、確認しなくてもわかってしまった。
「何すんだよ!」
「風邪をひかせるわけにはいかないのだろう?」
 二人でそれにくるまっていろ、とアスランは口にする。
 それは彼等の体を気遣ってくれているのだろうか。
「……あの人は、謎だ……」
 思わずこう呟いてしまう。そんな彼にステラがすり寄ってくる。
「大丈夫だよ」
 そんな彼女の体をシンは毛布で包み込んでやった。

「……いいんですか?」
 キラは思わずこう問いかけてしまう。
「本当に大切なものなら、心のどこかにしまっておいた方がいいだろう?」
 それとも、忘れた方がよかったか? と言う問いかけに、キラは首を横に振る。
 どれだけ辛い記憶であっても、それが自分にとって必要なものであるのなら覚えていた方がいい。その記憶があるからこそ、些細なことでも『幸せだ』と感じることができるのだから、と思う。
「だから、な。そのくらいぐらいしか、今の俺にはしてやれそうにない」
 もっとも、それすらも自分ではできないのだ……とフラガはどこか悲しそうに微笑んだ。
「でも、ムウさんは僕を抱きしめてくれます」
 それが自分にとっては一番必要なものだ、とキラは口にする。
「……それに、彼等にしてもムウさんがいてくれたからこそ、大切なものを見つける事ができるのではありませんか?」
 他のものであれば、ただの《パーツ》だからといって、どこかに閉じこめていたかもしれない。
 彼等が彼等として自由に動いていられるのは、フラガがそれを挙用しているからではないか。
 キラはそう思うのだ。
 いや、彼等だけではない。
 自分にしても、こんな風に彼のぬくもりに触れていられるはずがない、と思う。
「キラ……」
 そんな彼の言葉にどう反応をすればいいのかわからない……というようにフラガはキラの名を呼ぶ。
「ムウさんの側にいられるから、僕たちは《幸せ》を感じられるんです」
 言葉と共に、キラはフラガの胸に自分の頬を押し当てた。
「俺だって、だよ」
 キラがいてくれるから、どんなことでも我慢して行うことができるのだ、とフラガは呟く。それこそ、あの三人を戦場に送り出すようなことも、だ。
「お前さえいてくれれば、それだけでいい」
 後は何もいらない……とフラガはキラに囁いてくれる。
 それが『嬉しい』と感じてしまうのはいけないことなのだろうか。
 たとえ、間違っていたとしてもかまわない……とキラはすぐに思い直す。フラガのぬくもりをまた失うよりも、みんなに『間違っている』と言われた方がましだ。そう考えるのだ。
「……ムウさん……」
 キラはそっと彼の顔を見上げる。
 その意図がわかったのだろう。フラガはふっと優しい笑みを浮かべる。
「愛しているよ、キラ」
 お前しかいらない……と囁く唇がゆっくりと下がってきた。それを向かえようとキラもまた顔の向きを変える。
「好きです、ムウさん」
 だから、もう二度と自分をおいていかないで欲しい。こう呟いた言葉は彼の唇の中に吸い込まれていった。