研究員達が周囲のものを片づけ始める。
「いつものように声をかけてからなら触れて頂いても大丈夫です」
 無意識にでもフラガの声を認識し手から触れられなけれ、キラの意識は二度と覚醒しない。
 そう条件付けるように指示を出したのはあの男だ。
 もちろん、それは機密重視とか自分が死んだときにはそのままキラをパーツとして利用するつもりなのだとか、いろいろと理由があるのだろう、と言うことはフラガにもわかっている。
 もっとも、自分が死んだ後、キラの体をいじくり回されるのは気に入らない……とは思う。
 だから、直撃だろうとなんだろうと、その時はキラがいる場所につっこんでそのまま爆発してやろう……とも考えていた。
 しかし、それは今ではない。
「キラ」
 今は、まだ二人とも生きている。だから、そんな不確定な未来なんて考えても仕方がないだろう。
 それよりも、今はまぶたの奥に隠されたキラの瞳を見たい。そして、その微笑みを見たい、と思う。
「いいこだな、キラ……ベッドに行くぞ」
 しかし、それはこの場でではいけない。
 声をかけると同時に、フラガは彼の体を抱き上げた。
 そのまま、さっさと歩き出す。既に彼の意識は腕の中の存在にだけ向けられている。
「いいこだから、それまで起きるな」
 こんな光景を腕の中の子供は知らなくていい。
 それよりも少しでも幸せと思える光景だけをその脳裏に刻んでいて欲しい……と思う。それに関しては、あの三人も同じ事だ。ただ、彼等の場合、戦いに不必要だ……と判断された記憶は容赦なく切り捨てられていくことも事実。
「……それじゃ、かわいそうだしな」
 そうは思うのだが、だからといってどうすることもできない。
 あくまでも、それは《自分》に……ではあるが。
 だがキラならばどうだろう。
 本当に大切だ……と思う気持ちだけは何かのタイミングでよみがえるようにシステムをいじれないか。キラに相談してみてもいいかもしれない。
 もちろん、できなかったとしてもかまわないだろう。
 キラの気分転換にさえなればいいのだから。そんなことを考えながら階段を上がる。そして、自分たちが使っている部屋へとたどり着いた。
 周囲に人目がないことをいいことに、つま先でドアを開ける。
 そのまま大股にキングサイズのベッドへと歩み寄った。そのまま、そっとキラの体をその上に下ろす。
「本当は寝かせておいてやりたいんだが……」
 それでは自分が面白くない。というよりも自分の心の中にわだかまっているものが消えないだろう。
「起きてくれ、キラ」
 いいこだから……と軽くキラの肩を揺する。これが合図になって、キラの意識が戻るはずだ。
 そして、その瞳を見れば自分の心の中でうごめいている様々なマイナスの感情はかき消されるに決まっている。
「キラ、キ〜ラ! こら、起きろって」
 再度声をかければ、ゆっくりとキラのまぶたが持ち上がった。
「……ムウさん?」
 少しだけかすれた声がフラガの耳に届く。
「よく眠っていたな……」
 オニーサンは退屈しちゃったよ……と言いながら、ゆっくりと体を傾ける。
「……すみません」
「疲れているんだろうから、文句は言えないがな」
 こう言いながら、キラの唇に自分のそれを重ねた。

「……ずいぶんと、凄い警備じゃん」
 ホテルが見える高台から双眼鏡で状況を確認していたアウルがこう呟く。
 実のところ、この場所を見つけ出すのも大変だったのだ。
 めぼしいところは、ほとんどがザフトの監視下にあった。
 だが、その理由がわかってしまえば無理はないことだろう……とスティングが呟く。
「大物中の大物が来ていたんだから、当然だろうな」
 よくもまぁ、ばれずにここまでたどり着いたもんだ。そう考えたとしてもおかしくはないだろう。
「それだけ、重要な相手と会っていたって事なんだろうが」
 問題は、その話し合いの内容だよな……と眉を寄せる。
「……スティング!」
 そんな彼の耳に、アウルの少し焦ったような声が届いた。
「どうした?」
「あの女、二人いる」
 スティングの問いかけに、アウルはこう言い返してくる。
「あの女?」
 いったい誰のことか……とスティングは考え込んだ。
「ほら。あの歌手?」
 この前、三人で聞きに行っただろう……とアウルは言い返してくる。その言葉に、スティングもようやく理解できた。
「しかし、二人っていうのは……」
 一人であるのなら、必要に応じて偽物を用意しただけだ……といえるだろう。ネオもそう判断していたのだし、とスティングは心の中で呟く。
 だが、二人と言うことは本物の方もこの状況を認めている……ということか。
 しかし、そんなことをして本物の方にどんな利点があるのだろう。
 そう言えば、先日の一件を命じられたとき、本物のあの女がキラと知り合いなのだ、と聞かされたな……とスティングは思い出す。
「……キラのことと関係しているのか?」
 スティングは思わずこう呟いた。
「キラ?」
 彼がどうしたんだ、とアウルが問いかけてくる。
「キラを俺たちから取り上げようとしている連中がいるって言うのは聞いたことがあるだろう? あの女もその中の一人かもしれないなって、思っただけだ」
 もっとも、どこまで真実かはわからないが……とスティングは言い返す。ネオの判断を仰がなければならないだろう、とも。
「……キラを……」
 その言葉がどこまでアウルの耳に届いたのだろうか。
「ともかく、写真撮っておけ。でないと、ネオに説明するときに困るぞ」
 そうなれば、本当にキラが奪われてしまうかもしれない。スティングはこういう。
「……わかった……」
 キラを奪われてはたまらない。その思いは彼も同じなのだろう。
 即座に指示をされた行動を取った。