「いい加減、馬鹿な考えは捨てて頂けませんか? アスラン」
 ラクスが不意にこんなセリフを投げつけてくる。
「ラクス?」
「……何のことでしょう」
 さらりとアスランは言い返す。
「わからないと思っていらっしゃいました?」
 だが、ラクスは追及の手を止めようとはしない。それどころかまっすぐにアスランをにらみ付けてくる。
「貴方が何故、ザフトに復隊したか。そして、本心では何を望んでいるのかを」
 私が気づいていないと思っていたのか……とラクスは瞳をそらすことなく問いかけてきた。
 相変わらず恐い相手だ、とアスランは心の中で呟く。だからといって、それを肯定するわけにはいかないだろう。
「キラを取り戻したい。それだけですが?」
 だから、こう言い返した。
「いいえ。私が知りたいのは、その後のことです」
 キラを取り戻すのは大前提。それは誰もが願っていることだろう、とラクスは言葉を続ける。自分が知りたいのは、その後のことなのだ、と。
「アスランは、キラの幸せが貴方の幸せと同じだと思っていらっしゃるのですか?」
「違うのですか?」
 キラにとって、フラガとの出会いそのものが間違っていたのではないか。
 アスランはそう考えていたことは事実だ。
 だが、ラクスは違う考えらしい。
「私には、そう思えませんわ」
「ラクス!」
 彼女が何を言いたいのか、カガリは察したのだろう。まるで止めようとするかのようにその名を口にする。だが、それも意味はなかったらしい。
「そう考えていらっしゃったのなら、何故、キラを殺そうとしたのですか? 確かに、あれでキラは記憶を取り戻しました。ですが、それでも貴方ではなくフラガ様を選ばれたのは、キラの選択でしょう?」
 そして、あの戦いの日々、キラがこの世界に留まっていた理由も、フラガの言葉があったからこそだ。
 ラクスはきっぱりとそう言いきる。
「そんなことは……」
 ないと、アスランは言い返す。
「いいえ。それが真実ですわ。キラの望みは……フラガ様の側にいること。ただそれだけだったのですもの」
 だから、あの後も何度も死のうとしていたのだ。それも、無意識に……とラクスは付け加える。
「まさか……」
「残念ですが、本当ですわ」
 カガリの願いを、ラクスはあっさりと否定した。
「キラ自身も覚えていないこと。深層化の願望が、無意識に出ていたのだ、とドクターはおっしゃっていました」
 目覚めていたときのキラが生きようとしていたのは、フラガの言葉があったから。そして、自分たちがそう願っていたからなのだ……と言われて、カガリだけではなくアスランも驚愕を隠せない。
「キラは自分でも『生きなければいけない』とは思っていたようですわ、理性では」
 だが、それが本当の願いではなかった。
 本当の願いは、そしてキラにとっての幸せは一つしかなかったのだ。
「それでも、まだ、貴方とキラの幸せは同じだ、と思いますの? アスラン・ザラ」
 そうなのだとするのであれば、これからのことにアスランは不要だ。そう言いきるラクスに、アスランは無意識に唇をかむ。
 それでも、諦めきれない思いがある。
 自分にとっての幸せは、やはり一つしかないのだから。
 アスランは口にすべき言葉を探してたたずんでいた。

 道路の端にオートバイを止める。そして、そのまま岬の突端までシンは足を運んだ。
 視線を落とせば、がけの下で岩にぶつかった波が白い泡を残して砕けているのが見える。何度も繰り返すそれも、一つとして同じものはない。
「……本当に、どうして、戦争なんて起こすんだろうな」
 人の命だって、同じものはないのに……とシンは呟く。
 その時だった。
 柔らかな旋律がシンの耳に届く。
 それが、いわゆる《子守歌》と分類される種類の歌である、と言うことを認識したのは、その歌声の主を確認したときとほぼ同時だった。
「あの子……」
 ラクス――そう言っていいのだろうか。真実を知った今では少し悩むのだが――のコンサート会場で迷子になっていた少女だ。ただ、あの時よりも生き生きとしているように見える。それはきっと、不安から解消されたからだろう。
 ふわふわと髪とスカートの裾をなびかせながら踊っている様子は、まるで妖精のようだとも感じられる。
 できれば、そのまま見つめていたい、とも。
 だが、そうも言っていられない。
 彼女が向かっているのはやはり岬の突端。
 その先に待っているのは海だ。
 何よりも、本人がその事実に気づいていない。
 ためらうことなく、岬の際まで進んでいく。もちろん、足を止めるようなそぶりも見えない。
「危ない!」
 シンは慌ててこう叫ぶ。
 同時に、二人の間を隔てている亀裂を飛び越えようとした。
 だが、それよりも先に、少女の体は海へと落下していく。
 それを見た瞬間、シンは岬の先端へと駆け戻っていた。
「おい!」
 そのまま下をのぞき込む。大丈夫なようであれば、先に助けを呼んできたようがいいかもしれない、と思ったのだ。
 だが、どう見ても少女はおぼれているとしか認識できない状況だった。おそらく、パニックに陥っていて自分がどのような状況にあるのかわかっていないのだろう。
 このままでは、間違いなく死んでしまう。
 そう思った瞬間、少女の姿に妹の面影が重なった。
「……ちっ!」
 反射的に、シンは宙へと身を躍らせる。そして、そのまま海へと落下していった。