空の色は、ネオの瞳の色に似ている……とステラは心の中で呟く。
 そして、ここの地を駆け抜けていく風は、キラのように優しく頬をなでてくれる。
 それが生み出す感覚は、キラの指が与えてくれるものによく似ているように思えた。
 しかし、それは一瞬で消えてしまう。
「……つまんない……」
 もっと感じたいのに、もう風は駆け抜けていってしまった。
 ならどうしたらいいのだろうか。
 少し考えて、ステラは駆け出す。
 ふわりと髪の毛がまう。同時に、頬を風がなでていく。
 それが楽しくて、さらにステラは足を速める。
「あ……」
 ふわりとスカートが翻る。
 それも楽しいと思う。
 頬とスカート。
 同時に楽しくなるようにするにはどうしたらいいのだろう。
 ステラは立ち止まってそれを考える。
 そう言えば、前にも同じようなことがあったような気がする、と不意に思い出す。それはいつのことだっただろうか。
 思い出そうとしても、すぐには出てこない。
『大切なことなら、ゆっくりとでも思い出せるよ』
 不意にキラの言葉が脳裏によみがえる。次の瞬間、どうやって楽しいことをしたのかをステラは思い出した。
「こうしたんだ」
 くるり、と体を回転させる  そうすればステラの周囲に風が生まれた。
 スカートだけではなく髪も翻る。それが嬉しいと思う。それに、キラの言葉は嘘ではなかった。
 そう言えば、キラは自分たちに嘘は言わない。
 ネオも言わないが、でも、彼は時々都合が悪いことをごまかそうとする。それは仕方がないのだろうが、少し悲しいと思う。でも、キラはそれもしない。
「だから、キラ、好き」
 一番好き、とステラは微笑む。
 そう言えば、キラは時々歌も歌ってくれる。いつも同じ曲をせがんでいたから、ステラもそれは覚えてしまった。
 だが、今までは一度も自分で歌ったことはない。
 歌えるとも思ったことはない。
 でも、自分が歌ったらキラは喜んでくれるかもしれない、とステラは思う。今は、周囲に誰もいないから、からかわれたりもしないだろうし、とも。
 思い出したメロディを適当に唇にのせる。それはやがてキラが歌っていたのと同じものになるはずだった。
 それに合わせて回るのも楽しい。
 だから、いつかキラと一緒にやりたいな……とステラは心の中で呟いていた。

「大佐……声をかけてやってください」
 研究者の一人がフラガに向かってこう言ってきた。
 それが、キラの精神を安定させるためだ、とはわかっている。そして、これから同じような状況になったとき、自分の《声》が同じような作用をもたらすようにさせるのだ、とも彼等はフラガに説明をした。
 それに関しては文句はない。
 しかし……と彼は心の中で付け加える。
 あの三人でも《ゆりかご》の中で眠っている姿を見れば少しだけだが心が痛むのだ。
 それでも、彼等の使っているゆりかごは見た目だけはただのカプセルにしか見えない。その事実がまだフラガにさほど深刻な感情を抱かせなかった。
 しかし、キラのそれはそういうわけにはいかない。
 普段まったく必要としないからだろうか。
 キラのそれは急造の試作品にしか見えない。
 それからのびているコードや顔の半分まで覆っているヘルメット状のパーツなどがキラの華奢さを際だたせている。だから、痛々しいという感情をフラガに抱かせるのだろうか。
「キラ」
 しかし、そんな状況にキラを追い込んでも、手元に置いておきたいと思ったのは自分なのだ。
 その気になれば、別の手段を使うことだって可能だったはず。
 いくら監視が着いていたとは言え、逃げ出そうと思えば逃げ出せたのだ。そして、かつての仲間達と連絡を取れば、逃げ延びることも可能だったはず。
 それを選択しなかったのは、あの三人の存在はあったことは否定できない。
 同時に、キラを仲間達の目からも隠してしまいたいという独占欲があった事も事実だ。
 そして、その願いは叶った。
「キラ、大丈夫だ」
 だから、どのような状況に置かれても、自分が守ってみせる。
 そんな想いをこめて、フラガはキラに呼びかけた。
 次の瞬間、キラの体が小さな反応を返してくる。
「心配はいりません、大佐」
 それにフラガが口を開くよりも早く、研究者の一人がこう囁いてきた。
「大佐の声に反応されているだけです。どうやら、以前のすり込みもほころびを見せておりません。ただ、受けた衝撃が大きかっただけのようです……」
 ふっと彼は何かを考え込むかのような表情を作った。
「いっそ、不必要な記憶を消されたらいかがですか?」
 あの三人のように、と彼は提案してくる。
「その必要はない」
 そんなことをしてしまえば、キラは《キラ》ではなくなってしまう。あの時、共に歩いた時間を覚えているからこそ、そして、全てを思い出しても自分を選んでくれたからこそ、キラは《キラ》なのだ。
「ですが……」
「不必要だと思える記憶が必要な記憶と複雑にからみついているんだよ。あいつらのように、完全に過去を消せない以上、それは必要がない」
 何よりも、そうすることでキラが壊れてしまっては意味がないだろう……となおも言いつのろうとしている相手に向かってフラガは言い返す。
「……わかりました」
 余計なことを提案してすまない、と彼は謝罪の言葉を口にした。
「気にするな。あの三人を普段相手にしている君達であれば当然の提案だろからな」
 こう言いながらも、フラガはキラから視線を外さない。
「キラ……」
 早く目を覚まして欲しい、と心の中で付け加える。
 結局、彼に依存しているのは自分の方なのだ。そのぬくもりを腕の中に感じていなければ落ち着かない。そんな自分に自嘲の笑みを浮かべても、いやだとは思えないフラガだった。