「だから、なんだって言うんだよ……」 シンはバイクのスロットルを開ける。 それは、彼の苛立ちを表しているようでもあった。 あるいは、風圧で全てを吹き飛ばしてしまいたい……と考えていたのか。 シン自身にもわからない。 「確かにさ……そいつを取り戻さなければならない、っていうのはわかるんだ」 今でもはっきりと記憶に残っている。あの日、自分たちを守ろうと戦っていた蒼い翼のMSのことは。 結果的に、家族を失うことになってしまったが、だからといって、あのパイロットが悪いわけではない……と言うこともわかっている。 いや、自分もMSを操る立場になったからこそ、あのパイロットがどれだけ凄かったのかが理解できるのだ。自分であれば、誰一人救えなかっただろう。 しかし、それ以上に驚愕だったのは、そのパイロットがまったく訓練を受けたことがない《民間人》だったと言うことだろうか。 しかもオーブの第一世代だ。 だから、二つの種族のどちらも彼にとっては《同胞》といえるのだ、とか。実際、彼が前の戦いでMSに乗り込む原因になったのは、ナチュラルの友人を守りたいためだったからだとも聞いた。 『それだからこそ、あいつはねらわれたんだ……ブルーコスモスに』 悔しげなアスランの声が耳に残っている。 『そして、そのための餌と使われたのが、フラガ様ですわ』 こう告げたのがラクス・クラインだった。 彼女に会う以前に紹介された《ラクス・クライン》とは違った、穏やかだが人々を従わせるほどの力を持った声。それが彼女が本物だという証だろう、とシンは思う。それこそ、隣にいるカガリ・ユラ・アスハよりも人々の上に立つのがふさわしいのではないか、と思わせるほどだ。 そんな彼女が表舞台から姿を消したのは《キラ》という人物を取り戻すためだったらしい。 何の予備知識もなく戦争に放り込まれた人物。そして、彼の心の支えだった《大人》。 そんな大切な存在を餌に使われた場合、逆らえる人間がどれだけいるだろう。増して、一度は失ったと信じていた相手であればなおさらだ、とも思う。自分だって妹や両親が手をさしのべてきたら、その手を取ってしまうに決まっているのだ。 しかし、そうは思ってもどこか気に入らないのは、きっと、カガリとアスランもラクスと同じ人物を取り戻したいと切望しているからかもしれない。 ラクスはともかく、この二人は自分にとって気に入らない相手だ。いや、カガリに関しては憎しみすら抱いていると言っていい。 だからといって、地球軍に不当に利用されている相手にまでその感情をぶつけるのは間違っている、とわかっていた。 だが、割り切れないのだ。 だから、その感情を少しでも振り捨てたくて、シンはさらにオートバイの速度を上げる。 そうすれば、風がそれを吹き飛ばしてくれるような気がしたのだ。 『彼は、非常に辛い枷を背負わされているのだよ。我々にできることは、そんな彼を戦争のために利用させないことだけなのだ』 不意にデュランダルの言葉がシンの脳裏によみがえる。 『自ら進んで戦場に身を置いている君達と、彼とは違う。彼にとって、戦いとは己の身を傷つける刃でしかなかったのだよ』 そんな世界に、ブルーコスモスは彼を引きずり込んだ。 だから、せめてその手から解放してやりたい。デュランダルはこういった。 「……そうだよな」 あの二人のことは一度棚上げしておこう。 その後で、いろいろと考えればいい。 シンはそう結論を出した。 「……海、行っちゃ、ダメ?」 ステラがいきなりこう問いかけてくる。 「ステラ?」 「キラ、いない。ネオ、忙しいから……」 だから、海を見に行ってきていいか。そう言いたいのだろう……とフラガは判断をする。 確かに、今の彼女にすべき事はない。 いつもであればキラがステラの面倒を見てくれている。だから、彼女にしても退屈をすることなどないのだ。 だが、今、キラは《調整》のために眠りについている。 そして、自分はその場に立ち会わなければいけないのだ。 キラの最近の不安定さを見れば、それは何よりも優先すべき事だ……とはわかっている。しかし、ステラを一人で外出させるのは不安だとしかいいようがない。 「だけどな、ステラ」 他の二人であれば大丈夫なのだが……とフラガは小さくため息をついた。 「ダメ?」 しかし、普段であればフラガのその表情だけで意見を変えるはずの少女が、珍しくも今日はさらに言葉を重ねてくる。 「遠くに行かない。他の誰にも見つからない。夕方までには戻ってくる」 小さな子供と約束をするようにフラガはゆっくりと言葉を口にした。 「全部、約束できるか?」 それならば、行ってきてもいいぞ……と妥協案を口にする。 「約束、する」 大丈夫……とステラは微笑む。 その言葉を額面どおりに受け止めてはいけない……と言うことをフラガは知っていた。だが、目の前の少女の様子を見ていればこれ以上反対をすることができない。 「わかった」 なら行ってこい……と言えば、少女は嬉しそうに微笑む。 そのまま身を翻すと、外へと駆けだしていく。 「そうだ……ステラ!」 万が一の時のために発信器だけは持たせようか……と彼女に向かって声をかける。だが、その時はもう遅かった。既に少女の姿は門の側まで行っていたのだ。 その足の速さは、間違いなく彼女が肉体を強化された存在だからだろう。 「……生まれる前に遺伝子を操作されたコーディネイターと、子供の頃から体をいじられているあの子らと……どこが違うんだろうな」 誕生してから薬物や機器の手を借りなくても生きていける《コーディネイター》の方が、自然な生き物のように思えてならない。だが、自分の立場であればそのようなことは口にできるわけがないこともわかっていた。 「ともかく、キラ……だな」 そろそろ時間だ。 だから、側に行ってやらなければならない……とフラガは意識を切り替える。 彼が自分を待っているのだから。 自分自身をこの世界につなぎ止めている唯一の存在のために、フラガは歩き出した。 |