「何で……あの女がここにいるんだよ!」
 行方不明になっていた《カガリ・ユラ・アスハ》が! とシンは毒づく。いくら何でも、アスラン・ザラがここにいるから……ではないだろうとは思う。
「シン!」
 思わず叫んでしまったシンをレイが諫める。
「お前があの方にどのような感情を抱いているかは知っている。だが、あの方々は議長のお客様だぞ」
 最低限の礼は尽くせ……と彼は付け加えた。
「……そんなこと、わかっている……」
 わかっているが、どうしても自分の感情を抑えることができないのだ。
「シン」
 レイが仕方がないというようにため息をついてみせる。そして、そのままルナマリアへと視線で何か指示を出した。
 事前に打ち合わせを終えていたのだろうか。
 ルナマリアはさりげない仕草で位置を変える。そうすれば、シンからはカガリの姿が見えにくくなった。
 本人の姿が見えなければシンの感情も落ち着くと考えているのだろうか。
 そんなもので消せるような怒りではない。
 自分は全てを《アスハ》によって奪われたのだ。仲間達の存在が、いくらかはそれを忘れさせてくれてはいる。それでも、心の中に刻まれた傷はそう簡単には消せないのだ。
 だが、今の自分はザフトの一員で、最高評議会議長に従う存在であることも事実。
 あの顔さえ見なければ、我慢できるはずだ……と心の中で自分に言い聞かせる。そうしなければいけないのだ、とも。
「姫は既にご存じですね。ラクス様は初対面のものもいるか、と思われますが、彼等がミネルバのパイロットですよ」
 そんな彼の耳にデュランダルのこの言葉が届く。その内容に、シンは思わず首をひねりたくなった。
 何故、彼は自分たちが『初対面だ』というのだろう。
 《ラクス・クライン》とは、昨日ホテルで顔を合わせたはずなのに、と。
「議長? よろしいのですか?」
 涼やかな――だが、どこか力を秘めた――声がその場を支配する。
「かまいませんよ。少なくとも、守秘義務を違えるものはいないはずだ」
 違うかね……とデュランダルは視線をこちらに向けてきた。シンは反射的に頷いてしまう。レイは別として、ルナマリアも同じような反応をしていた。
「なら、よろしいのですけど……そのせいで、あの方にご迷惑がかかるのは私の本意ではありませんもの」
「そちらはご心配いりません。彼女に付けてあるものは、私のSPも十分に務まる者達ですからね」
 彼女の命に危険はないだろう。そして、自分たちが黙っていれば、誰も彼女が偽物だと気づかないはずだ、とデュランダルは付け加える。
「……偽物って……あのラクス様が?」
 驚きを隠せないという口調でルナマリアがこう呟く。
「あの人たちが合意の上で行っていることだ。ある目的のために」
 さらりとレイがこう告げた。と言うことは、彼はそれを知っているのだろうか。だとしたら、それは……と聞きたいことはたくさんある。しかし、それよりも早くデュランダルが口を開いた。
「偽物……というわけではない。ただ、今現在、こちらのラクス様が表にたたれれば困ったことになるのだよ。オーブの姫の存在と同じでね」
 だが、彼女の協力が必要なのだ。きっぱりと言い切る彼の言葉は納得できる。三年前の戦いやプラントの様子を知らないシンですら《ラクス・クライン》の影響の大きさはいやと言うほど見せつけられているのだ。
「そして、これから行わなければならない事も、だよ」
 これこそ、最大の目的であり、極秘に行わなければならないことなのだ。そう告げる言葉の裏に隠されている意図にシンは気づく。そして、ルナマリアもだ。
 反射的に二人は姿勢を正した。
 そのせいだろうか。
 レイだけが最初から最後まで態度を変えていないと言うことに彼等は気づいていなかった。

「で?」
 どう思う? とフラガは腕の中の存在に問いかける。
「……ラクス、ではありません」
 少なくとも分が知っている《ラクス・クライン》ではない。キラはそう断言をする。
「そうか」
 その言葉にフラガはあっさりと頷く。
「まぁ、普通に考えれば、出てこないだろうな」
 カガリを拉致した首謀者と彼女は考えられている――その考えは間違っていないだろう――そんな彼女をオーブが血眼になって捜しているのだ。
 理由は簡単。
 カガリがいなければ、地球連合に正式に加入できないのだ。
 彼女のパーソナルデーターがなければ、正式な書類とは認められない。それがセイランと《五大首長家》との格の違いでもある。
「だが、あのお嬢ちゃんだからな」
 それを逆手に取るぐらいのことは簡単にやりそうだ。
「……でも、どうして……」
 彼女たちだけならまだ、オーブから非難と言うことで納得できる。しかし、アークエンジェルを持ち出して、その上カガリまで拉致したというならば、それが目的ではないだろう、とキラは呟く。
「確かに、ユウナさんは、カガリが一番嫌いなタイプだし……結婚を強行されれば切れるのはわかるけど……」
 だからといって……とキラは小首をかしげる。
「それが最終目的じゃないからだろう」
「ムウさん?」
 フラガの名を呼びながら、キラが彼の顔を見上げてきた。
「お前にだってわかっているだろう、キラ?」
 連中が何を望んでいるか、を……とフラガは付け加える。
「でも……そんなことのために、みんなが……」
 ここまで事を大きくするだろうか。キラは本気でそう考えているようだ。
「連中ならやるな。俺があいつらの立場なら、絶対にそうするだろうし」
 実際、キラを手に入れるためにかなり無理をしたしな……とフラガは笑う。
「……ムウさん……」
「俺は、何を言われてもいいんだ。お前さえ、この腕の中にいてくれればな」
 どれだけののしられようとさげすまれようとな……と言うフラガに、キラが瞳を揺らす。
「それは……僕も同じです……」
 フラガさえいてくれれば、後は何を捨ててもかまわないのだ……といいながら、キラは体の向きを変える。そして、離れたくないというように首に細い腕を絡めてきた。
「俺も、だよ」
 誰にも渡さないし、渡すつもりもない。フラガはそう言いきる。
 同時に、いったいこれからどうするべきなのかを考え始めていた。