「……やはり、そう簡単に姿を見せてはくださいませんわね」
 かすかな失望と共にラクスはこう呟く。
「もっとも、それも予想はしておりましたが」
 それでも一縷の望みを抱いていたのは事実。
 ひょっとしたら《彼》が姿を見せてくれるのではないか。そうも思っていたのだ。
「ラクス……」
「わかっておりますわ、カガリ」
 不安そうに声をかけてくる彼女に、ラクスは微笑みを向ける。
「ですが、まったく手がかりがないわけではなさそうですのよ」
 この言葉にカガリは黄金の瞳を見開いた。
「ラクス?」
「……なにやら、不審な艦艇が目撃されたそうですの。この近海で」
 この時期、民間のものでもなく、またザフト籍ではない艦艇がわざわざここに姿を現すはずがない。そんなことをすれば、戦闘になるのはわかりきっていることだ。それなりの数があるのであればともかく、一隻では簡単に沈められてしまうだろう。
「それが、キラに関係していると?」
「そう考えるのが普通ではありませんの? デュランダル議長の事を公表しておるのならともかく、あくまでも今回は《ラクス・クライン》のコンサートがメインですもの」
 地球軍がそんな危険を冒してまで確認しに来ることはないだろう……とラクスは付け加える。もっとも、オーブとなれば話は別かもしれないが。だが、彼等が今、そこまで危険を冒すだろうか。
 カガリがいない今の情が、好き勝手できるだろうし……というのは彼等に対する皮肉かもしれない。
「確かにな。だが、万が一と言うことはないのか?」
 たとえば、ミネルバを追ってきたとか……とカガリは口にする。
「その可能性もありますが……ですが、それならとっくに地球軍の艦隊がここに押しかけてきているのではありませんか?」
 ミネルバがどれだけ手強いか、彼等は知っているはず。しかも、ここはザフトの拠点の一つなのだから、と。
「……だが、キラがいればどうなんだ?」
 キラであれば……と言いかけてカガリは言葉を飲み込む。その理由はラクスにもわかっていた。そして、その推測は当たって欲しくないとも思う。
「少なくとも、それはないな」
 そんな彼女たちの会話にバルトフェルドが口を挟んできた。
「あら、どうしてですの?」
 彼の口調から、何かを掴んでいるのではないか、とラクスは推測する。だから、素直にそれを問いかけた。
「キラがそれだけの活躍をすることができたのは《フリーダム》があったからこそだ。しかし、あいつらの手にそれはない」
 そして、キラをさらっていった理由が情報どおりであれば、そんな危険に彼をさらすはずがない。その言葉はラクスをも納得させるだけの力を持っていた。
「という話は後にしておいて……来たそうだぞ、少年達が」
 にやりと笑うと、バルトフェルドは二人を促す。
「わかりましたわ。カガリ?」
「あぁ」
 それに彼女たちは素直に腰を上げた。そのまま、バルトフェルドの元へと歩み寄っていく。ピンクのハロだけが、部屋の中をはね回っていた。

「……キラは?」
 戻ってきた瞬間、ステラがこう呟く。その表情を見れば、彼女が何か不安を感じているらしいとわかった。
「疲れて寝ているが?」
 何かあったのか……とフラガは視線で問いかける。
「そいつが迷子になっただけだ」
 即座にアウルがこう口にした。おかげで、余計な労力を使う羽目になった……彼は潰え加える。
「ステラ、悪くないもん」
 それが彼女の精神を刺激したのだろうか。ステラは涙目になってこう言ってくる。
「……そう言うことにしておいてやるよ」
 疲れた口調でスティングがこういう……と言うことは帰ってくる間、延々とこれを続けていたのだろうか。だとするなら、疲れていても当然か、と思う。
「ご苦労だったな」
 ともかく、まずはスティングをねぎらってやる。
「俺は?」
 なぁなぁ、俺は……とアウルも即座に問いかけてきた。どうやら、自分もほめて欲しい……というのだろう。
「お前もな」
 言葉と共に、その水色の髪に手を置く。それだけでアウルも、満足そうに笑った。
 後はステラだけか……と思って視線を向けたときだ。
「キラ!」
 ステラが嬉しそうにこう叫ぶ。そして、普段の彼女からは信じられないほど――もちろん、戦闘中は除くが――素早い動きで駆けだしていった。
「……お帰り、ステラ」
 まだどこかぼぉっとした表情でキラがこう告げる。それでも、彼はしっかりとステラの体を抱きしめてやった。
「ずるい!」
 そうすれば、アウルが不満の声を上げる。そのまま彼もキラの方へと駆け出していく。
「ったく……」
 どうしてくれようか……とフラガは小さな声で呟いた。これでは、しばらく何もできないな、とも。
 しかし、それは杞憂だったらしい。
「……スティング……どうだった?」
 二人をまとわりつかせたまま、キラがゆっくりと歩み寄ってくる。
「俺の意見でいいか?」
 キラの意見は後でディスクを見てもらえばいいが……という彼に、キラは頷いて見せた。
「俺には、今日見た奴が、キラから聞いた《ラクス・クライン》とは思えなかった。確かに、歌はうまかったけどな」
 人を引きつける魅力に欠ける……と彼は口にする。
「あ、俺もそう思う。なんて言うか、下品ってほどじゃないけど、高貴って感じはまったくしなかった」
 キラの歓心を買いたいのだろう。アウルもまたそう言ってきた。
 その言葉に、キラはかすかに眉を寄せている。
 それはそうだろう、とフラガも思う。
 自分が知っているあの少女は、誰よりも強くて、誰よりも気高く誰よりも優しい……だからこそ、他人の目を引きつける存在だった。そんな人間でなければ、あの戦いを終わらせることも不可能だったろう。
「……そう言えば、ホテル、知ってる」
 不意にステラがこんな呟きを漏らす。
「ステラ?」
「街の真ん中の、あの大きなホテル」
 ステラも泊まりたかった……と彼女は微笑んだ。その意見はともかく、それは真実ならもっと詳しい情報が欲しい、と思う。そこはきっと、ザフトの連中がうようよしているだろうが、一人ぐらいは潜入している奴がいるんじゃないかな。
「ネオさん」
 キラがそっと呼びかけてくる。
「あぁ……もっと大物も潜んでいそうだな」
 それならば、それでかまわないか……とフラガは笑った。