「可愛いね」 着慣れない服にとまどっていたステラの耳に、キラの柔らかな声が届く。 「本当?」 こんな服、動きづらいだけだ……と思っていたのに、その一言で急に印象が変わる。 「本当だよ。女の子らしくて、似合っている」 ふわりと微笑みながらこう言ってくれるキラの言葉には、嘘は感じられない。 「うん」 でも、そんな彼に何と言い返せばいいのかわからないから、ステラは彼に抱きついた。 「ステラ?」 「……うんっとね……嬉しい?」 多分、そういう感情なのではないか、と判断して、ステラはこう口にする。 「そっか。ステラは、嬉しいんだ」 そうすれば、キラはふわりとステラの感情を肯定してくれる。他の人間であれば、そんなことは必要がない、というのに彼はいつだって《ステラ》を否定しないのだ。 だから、自分は彼が好きなのだろうか。 「そうだよね。ステラは可愛いんだから、やっぱり可愛い服を着た方が似合うよね」 今度、ネオさんに別の服も買ってあげてと頼もうかな……とキラはふんわりとした言葉を重ねている。 「キラ、嬉しい?」 ステラが可愛いと……と問いかければ、 「楽しいよ」 即座にこう言い返してくれる。 嬉しいと楽しい。違う言葉なのに、でもキラがそう言ってくれるならいいか……とステラは思う。 「なんだ。仲良しさんだな」 その時、フラガの声が二人の耳に届いた。 「ステラ、ずるいぞ!」 「まぁ、遅れてきた俺らの負け……って所か」 そんなフラガを押しのけて文句を言おうとしたアウルを、スティングがなだめている。 「アウルは似合ってるけど……スティングの服って……」 「……気にするな」 「やっぱり、ネオさんの悪ふざけなんだ」 キラはこう言ってため息をつく。そうすれば、ネオの口元に苦笑が滲んだ。 「気にするな」 サイズが合わなかったのだ、と続ける彼に、キラはあきれたような表情を作る。 「だから、ちゃんとサイズを確認して注文してください、って言ったでしょう? 僕は、ちゃんとみんなのデーターを渡しましたからね」 ステラ以外、サイズがあっていないじゃないか……とキラは続けた。 「キラの分も、サイズは合っているはずだが?」 ネオが口にしたセリフに、キラだけではなくアウルとスティングもあきれたような表情を作った。それがどうしてなのか、ステラにはわからない。 「まぁ、それに関しては脇に置いて置いて、だ」 さらりと口調を変えると、フラガは全員の顔をゆっくりと眺めるように視線を動かす。 「自分たちが何をすればいいか、わかっているな?」 この問いかけに、ステラは素直に首を縦に振る。他の二人も同様だ。ただ、キラだけはどこか辛そうな表情を作っている。 「今回は、訓練じゃない。失敗すれば、かえってこられない可能性もある。そうすれば、二度とキラには会えないぞ」 わかっているな、と言う言葉にステラはぎゅっとキラの腕に巻き付けた自分のそれに力をこめる。 「そういう問題ですか」 キラの言葉に、ネオはかすかに唇の端を持ち上げた。 「そういう問題だろう。少なくとも、こいつらにはかなり重要なことだ、と思うが?」 違うか……と言う彼に言葉に、ステラはさらにキラにすがりつく。こうしているのが一番安心できるのだ、と瞳で告げれば、キラにはわかったらしい。かすかな笑みと共に髪をなでてくれる。 「……そう言うことにしておきます」 それでもキラがこう言うのは、きっとどこか納得できていないからだろう。 あるいは、自分たちの実力が彼から見ればまだまだだと思えるからかもしれない。 「大丈夫」 だから、ステラは何とか彼を安心させようと口を開いた。 「ステラ、ちゃんと帰ってくる」 ね、と言いながらキラの瞳をのぞき込めば、キラはさらに困ったような表情を作る。 「信じてやれ、キラ。そいつらの実力を、一番よく知っているのはお前だろう?」 さらにフラガにこう言われては、キラはそれ以上不安を表に出していられないようだ。仕方がないというように小さくため息をついてみせる。 「……かならず、帰ってきてね」 待っているから……とキラはその代わりに口にした。 「うん」 だから……とステラが言葉を返すよりも早く、 「心配するなって」 「ちゃんとみんなで帰ってくるさ」 スティング達がこう言ってしまう。その事実が、ほんの少しだけだが悔しいと思える。 「帰ってきたら、ぎゅって、してね?」 それでもこう言えば、キラはしっかりと頷いてくれた。それが嬉しい、とステラは思う。 「向こうに着いたら、先に行っている連中が接触をしてくるはずだ。後は、目的地までそいつらの指示に従うように」 悪ふざけ話だ、とフラガは念を押してくる。 「頼んだぞ、スティング」 さらに視線を彼に向けてこういった。 「了解。ちゃんと面倒を見るから」 わかっているよ、とスティングは笑う。そんな彼の態度に、アウルが頬をふくらませていたことに、ステラは気づいていた。 「……無事に、戻ってきてくれればいいですけど……」 キラが小さな声でこう呟く。 「だから、心配はいらないって言っているだろう?」 ちゃんとフォローする人間もいるんだし……と付け加えながら、フラガはさりげなくキラの耳元に唇を寄せていった。そして、キラにだけ聞こえる声である単語を呟く。 次の瞬間、キラの表情がこわばった。 そう認識した瞬間、そのまま華奢な体がゆっくりと崩れ落ちる。 「……すまん、キラ……」 その体を軽々と抱き留めながらフラガはこう呟く。 「だが……お前は、覚えていない方がいいんだ」 これからあることは……と口にしながら、そっとキラの額にキスを落とす。そのままそっと抱き上げると移動を開始した。 「ノアローク大佐」 目的地の前には既に数名の研究者達が集まっている。 「準備はできています」 「そうか」 その言葉に、フラガは小さく頷く。そして、その部屋へと進む。 そこは、数多くのAIに囲まれている部屋だった。その中央に、一つだけいすが置かれている。 「手順はおわかりですね」 「あぁ」 そっとそれにキラを座らせながら、フラガは頷いた。 これから行うことはキラには知らせたくない。同時に、他の誰もキラに触れさせたくない以上、自分がしなければならないことなのだ。 手早く、キラの体に様々な機器を取り付けていく。 「……すまん、キラ……」 その頭にそっとヘルメットにも見える同調装置をかぶせながらフラガはこう呟いた。 「お前は、こんな事……望んでいないだろうにな」 それでも、こうする以外自分にはキラを守るための手段が与えられない。そして、キラのフォローがなければ、あの三人の命も保証できないのだ。 だから、許してくれ。 そう囁くとそっとキラの頬をなでる。 「……異常は?」 次の瞬間、背筋を伸ばすと研究者達に向かってこう問いかけた。 「今のところ、見られません」 「わかった……俺はブリッジにいる。少しでも異常が見られた場合、即座にシステムを停止しろ!」 システムの再構築はできる。しかし、キラの代わりはいないのだ。 だから、キラの命を優先しろ……と言えば、研究者達はわかっているというように頷いてみせる。 「あぁ……念のため、俺の端末にもモニターの情報を送ってくれ」 彼等が言葉を違えるとは思えない。ただ、自分が安心していたいだけなのだ。そう付け加えれば、彼等は苦笑を返してくる。それは、自分たちの関係を知っているからだろう。 「では、後を頼む」 どちらにしても、キラさえ無事ならば、それでいい。そう考えながら、フラガはその場を後にした。 |