人目を忍ぶようにして彼等は進んでいく。
 やがて、目的の場所へとたどり着いたのか。案内をしてくれたものが足を止めた。
「議長」
 そして、彼がドアの中へと声をかける。
 次の瞬間、ドアが静かに開かれた。
「ご苦労だったね、ハイネ。それに、ご足労をかけしました。ラクス様に、姫。バルトフェルド隊長も」
 室内に足を踏み入れれば、即座に聞き慣れた声が耳に届く。
 だが、カガリはそれに言葉を返すことができなかった。
 彼女の瞳は、彼の後ろ――窓際の席に座っている少女へと据えられている。
「彼女が、もう一人の《ラクス・クライン》だ」
 そっくりだろう、と笑いながら教えてくれたのはバルトフェルドだ。まるでその声を合図にしたかのように少女が立ち上がった。
「ラクス様!」
 そしてまっすぐにラクスめがけて駆け寄ってくる。そんな彼女を、纏ったフードを肩に落としながら、ラクスは微笑みで向かえた。
「お元気そうで何よりですわ、ミーアさん」
 柔らかな声で言葉を返せば、少女――ミーアはラクスのものとは違う無邪気な笑みを口元に刻んだ。
「ラクスの影武者をやってくれていたお嬢さんだ。声はそっくりだろう? 顔は……変えたようだがな」
 つまり、ラクスになりきるために整形をしたと言うことなのだろうか。
 そう考えて、カガリはかすかに眉を寄せる。
「本当に……このようなことまでされて」
「いいんです。あたし、ラクス様になりたかったし……こちらの方がお役に立てますでしょう?」
 ラクスの役に立ちたいのだ! と彼女はけなげな口調で訴えてきた。それにラクスは苦笑だけを返す。
「貴方は貴方。私は私。決して同じ人間にはなれないのですわよ?」
 そして、ミーアがどれだけ賞賛されても、それは彼女に捧げられたものではない。あくまでも《ラクス・クライン》に向けられたものなのだ。それでもいいのか、とラクスは言外に問いかける。
「わかっています。でも、あたしがラクス様の身代わりをすることで、ラクス様はご自由に動けますでしょう? それに……あたしも、あの方にもう一度お会いしたいんです」
 キラ様に、とミーアは言い切った。
「ミーアさん」
 そんな彼女に何と言い返すべきか、ラクスは悩んでいるらしい。
「相変わらず、キラは人気者だ、と言うことだ」
 だからこそ、こうして手を貸してくれるものがいる。バルトフェルドが口にした。
「そうだな」
 だからこそ、自分たちは《キラ》を取り戻さなければならないのだ、とカガリは心の中で呟く。
「あるいは、あちらでもシンパを増やしているのかもしれないな」
 となると、連れてくる人数が増えるかもな……と軽い口調でさらに彼がこういう。
「それならそれでかまわん。キラのためなら、多少の無理は通す」
 死人をよみがえらせるようなことでもだ、とカガリは付け加えた。
「それは期待しよう」
 こう言い返してくる彼が《キラ》だけではなく《フラガ》も取り戻したがっていることをカガリは知っている。キラが彼を望むなら、それは当然のことだ、とカガリも考えていた。だから、彼が今、どのような立場にあろうともこちらに連れてくる、と。
「ただ……アスランはそう考えていないようだがな」
 確かに、それだけが不安要素だと言えるだろう。
「かまわん」
 キラの幸せのためなら、アスランだっていずれおれるはずだ。そうでないなら、それなりの対処をすればいい、とカガリは考えている。
「まずはお座りください。詳しい手はずは、それからでもかまわないでしょう」
 違いますか、とデュランダルが声をかけてきた。
「そうですわね。カガリ?」
「私もかまわん」
 そのためにここに来たのだ、とカガリはデュランダルを見つめる。そして、大股に示されたソファーに向かって歩き始めた。

「さて……」
 ディオキアはザフトの支配地域にあるとはいえ、まだまだ地球連合の影響も残っている。
 あちらが容易に隠れ家を用意できたのも、そのせいだろう、とフラガは考えた。しかし、とも思う。
「お前ら、ここには遊びに来ているわけじゃないとわかっているな?」
 特にアウルとステラ! と思わず名指しで言ってしまったのは、彼等のはしゃぎぶりが目に余ったからだ。
「……わかってるよ……」
 アウルの方はまだあっさりと引き下がる。
「海、行っちゃだめ?」
 しかし、ステラは違った。アウルが相手をしなくなった成果、その瞳は窓の外に見える海へと向けられている。
「後で、ね。ステラ」
 そんな彼女に向かってキラが優しい言葉をかけてやった。
「お仕事が終わったら、ネオさんも許可してくれるよ、きっと」
 どうせ、しばらくはここで待機なのだろうから……キラは付け加える。
「キラも?」
 その言葉に、ステラは目を輝かせた。
「残念だが、キラはここでも外には出られない。どこに、キラの顔を知っている連中がいるかわからないからな」
 恐い奴に見つかってしまえば、キラが連れ去られてしまう……とフラガはステラに向かって声を投げかける。だから、キラは隠しておかないといけないのだ、とも。
「そうなのか?」
 しかし、真っ先に反応を見せたのはアウルだった。
「オーブと同じだって事だろう」
 違うのか……とスティングが口を開く。
「ネオも同じ理由で出歩けないんだな?」
 そして、彼は確認のために問いかけてくる。その判断力と、他の二人よりも冷静な態度にフラガは信頼を置いていた。
「そう言うことだ。庭ぐらいならかまわないだろうがな」
 もっとも、キラには出歩いている暇もないだろうが……とフラガは思う。
 ここに来たのは、ミネルバの一件とラクスのことがあったから……と言うことは否定しない。だが、同時にあちらはもっと他の物も欲しがっていた。
 ザフトの最高機密。
 特に最新鋭の機体のデーターを、だ。
 キラであれば、それを入手することもたやすいだろう、と判断したのか。
「わかっています」
 そして、キラもそれに関しては納得しているらしい。ならば大丈夫だろう、とフラガは考える。
「ともかく、お前らは出かけてこい。あぁ、肝心の用事を忘れるなよ?」
 それが一番だ……と告げれば、三人は素直に頷いて見せた。