足を踏み入れた瞬間、フラガの耳に姦しいとしか言いようがない声が届く。
「……何をしているんだ、お前達は」
 思わずこう口にしてしまう。だが、それがどこか楽しげな色を滲ませている……と言うことに自分自身気づいていた。
「いつものことだよ。キラの取り合い」
 あきれたように言葉を返してきたのはスティングだった。その表情から判断して、彼が自分に連絡を入れてからずっと続いているらしい。
「なるほどな」
 確かに、それはいつものことだ。
 しかし、キラが自分に話がある、というのであれば今はやめさせなければいけないだろう。そう判断すると、フラガは大股に三人に近づいていった。
「いい加減、放せよ!」
 キラが嫌がっているだろう! といいながら、アウルがキラの体を自分の方へと引き寄せる。
「嫌がってない」
 しかし、ステラも負けじとキラの腕に絡めた自分のそれに力をこめた。その結果、アウルに引きずられるように彼女も移動していく。
 そんな光景は、ある意味見ていて楽しいのだが……と思いながら、フラガは手を伸ばした。
「ネオさん?」
 キラがそんな彼の存在に気づく。
「ネオ?」
「ネオ」
 自分たちにとっての《絶対者》であるフラガには、彼等としても従わざるを得ないのだろう。その手から力が抜けた。その隙を見て、フラガはキラの体を自分の腕の中に閉じこめる。
「これは俺のだ、って」
 こう言いながら、キラの頬に唇を落とす。
「ネオさん!」
 まさか、彼等の目の前でこんな事までされるとは思っていなかったのだろうか。キラが慌てたように叫んだ。
「たまには貸してやるが、取り合いは禁止だ」
 いいな、とそれを無視して口にする。
「……ネオ、ずるい……」
 それに珍しくもステラが反論を返してきた。
「だから、貸してやるって言っているだろう?」
 そんな彼女の髪をなでてやりながら、フラガはこう告げる。
「何事にも優先順位がある。それだけだ」
 わかっているな、と言えば彼女は小さく頷いた。これならば大丈夫だろうとフラガは判断する。
「で? キラは何の用事だったんだ?」
 わざわざ自分を呼び出すのだ。重要な内容だったのだろう? とその瞳をのぞき込みながら問いかければ、キラはまぶたを伏せる。ひょっとして、三人の前では言いにくいことなのだろうか。そうも思う。
 しかし、彼等であれば何も心配はいらない。
 それはキラも知っていたはずだ。
 だが、今のキラはためらっている。と言うことは、そうさせる要因がある、と判断すべきなのだろう。
「……ミネルバの居場所はわかりませんが……目的地はわかりました」
 ためらいを滲ませながら、キラは言葉を口にする。
「ディオキア……だそうです。そこで……ラクス・クラインのコンサートがあるとか……」
 この一言で、キラがどうしてためらっていたのかをフラガは理解した。
 切り捨ててしまった仲間達。あるいは、そこに彼らがいるかもしれない、とキラは思っているのだろう。そして、自分の存在が見つかってフラガから引き離されてしまうことをおそれているのか。
「そうか」
 大丈夫だ、と言うようにその背中をなでてやる。同時に、自分たちがなすべき事をフラガは考えていた。

「バルトフェルド隊長」
 マリューがどこか不安そうに声をかけてくる。
「何、心配はいらないよ」
 そんな彼女に向かってバルトフェルドは軽い口調で言葉をかけた。
「二人とも、責任を持って俺が守るし……あちらにしてもそう考えているはずだよ」
 もっとも、その分こちらは手薄になってしまうかもしれないが……と彼は付け加える。
「こちらのことは大丈夫だとは思いますが……」
 海底に潜んでいれば、そう簡単に見つからないだろう、と彼女は口にした。
「ラクスさん達のこともそうですが……バルトフェルド隊長も決してご無理をなさらないでください」
 彼が傷ついても悲しいから……とマリューは微笑んだ。
「それは、キラ君も同じだ、と思います」
 自分のせいで誰かが傷つくと言うことを彼は嫌がる。それは、自分を救い出すと言うことにおいてでも同じだろう、と。
「なるほどね」
 確かに、せっかく取り戻してもそのせいで彼の心を傷つけてしまえば意味はない。
 体だけではなく、心も取り戻す。それが自分たちの願いであるのだ。
「せいぜい気を付けよう」
 バルトフェルドはこう言って頷いてみせる。
「……キラ君のことだけではありません……」
 少しためらった後、彼女はこう呟く。
「ラミアス艦長?」
「私も、貴方にケガをして頂きたくありませんわ」
 友人として……と彼女は付け加えた。その言葉の裏に複雑な感情が見え隠れしている。
「美しい女性を悲しませるのは、俺個人としても好ましいとは思えないからね」
 もちろん、気を付けるよ……と笑って見せた。そうすれば、彼女はほっとしたような表情を作る。
「もう……仲間を失いたくありませんから」
 戦いで……と彼女は付け加えた。
「そうだな。それに……生きているとわかっているものは帰ってきてもらおう」
 多少おまけが付いてきてもかまわないから……と声を立てて笑えば、彼女の笑みが深まる。
「では、行ってくる」
 その笑みが、大切だった相手のそれとよく似通っているように思えたのは何故なのか。すぐに答えは見つけられなかった。